軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

〈虚空の門〉

門が──近づいてくる。

走り始めて三時間。虚花の台地を抜け、岩の多い高地に入った。風が強い。大陸の東端に近いのだろう。空気が変わる。乾いて、冷たい。

虚角鹿の群れが足を止めた。ここから先には行かないらしい。六頭が一列に並んで、こちらを見ている。

「ここで別れか。──ありがとう、案内してくれて」

セレスが鹿の背中から飛び降りた。──いや、降りようとして角に引っかかった。

「あ」

「何やってるんだ」

「つのにひっかかった。──たすけて、トワ」

「何やってるんだ……」

「いいから、たすけて、トワ」

「仕方ないな……」

トワがセレスの服の裾を角から外した。セレスがぽとりとトワの手の中に落ちた。

「……ありがとう」

「お前は鹿に乗るべきではなかったな」

「のれた。おりるのが、むずかしかっただけ」

ルーナがトワの影から手を出して、虚角鹿の脚にそっと触れた。鹿がルーナの紺色の手を舐めた。

「えっ──」ルーナの声がくぐもった。「舐められた。……冷たい舌。でも、やさしい」

「ルーナちゃん、いつもは影の中にいるから、動物に触れるの珍しいんじゃない?」タマキが覗き込んだ。

「珍しい。ずっと誰にも触れられなかったから。セレスの手と、トワの指先と、この鹿。──三番目」

「三番目の触れ合いが鹿か。いいじゃないか」

「うん、いい。……もうちょっと触りたい」

ルーナが影からもう少しだけ身を出して、鹿の脚を両手で抱きしめた。鹿が困ったように首を振ったが、振りほどかなかった。

「ルーナ。鹿が困っているぞ」

「もうちょっと。あと五秒」

「五秒だけだぞ」

「……十秒にして」

「交渉するな」

結局三十秒かかった。ルーナが名残惜しそうに影に戻った。鹿がほっとした顔をしていた。

高地を登り切った。

眼前に──それがあった。

虚空の門。

巨大な石のアーチ。見聞録の推定通り、高さ五十メートル以上。幅は二十メートル。一枚岩から削り出された門で、表面に原初の文字がびっしりと刻まれている。

門の内側は──空。何もない。門の向こう側に景色が見える。普通の空と、その先の海。つまり門はただの「枠」だ。通り抜けても、向こう側に何かがあるわけではない。

「開いている──? いや、閉じている?」

「物理的には開いているよ。でも、通り抜けても何も起きない」リーリアが門の文字を見上げた。「門としての機能が停止している。鍵がかかっているんじゃなくて、そもそも機能していない」

「機能──電源が入ってないようなものか。なにか、起動条件があるのか」

「たぶん。文字を読めばわかる。──待って、ここの文字は前より読みやすい。原初の文字の中に、星読みの言語と共通する単語がもっとある」

リーリアが門の柱に取り付いた。拓本を取るようにメモを走らせている。

トワは門の全体をスキャンした。見聞録のペンダント効果でスキャン範囲が広がっている。門の構造が見える。

【虚空の門──不活性状態】

【起動条件:未解明】

【門の内部エネルギー残量:0.3%】

「エネルギー残量が0.3%。ほぼ空だ。起動するには、膨大なエネルギーが必要になる」

「エネルギーって、どれくらいの?」

「見聞録の推定で──星の回廊の結晶体一個分に相当する。つまり、大陸の気脈を丸ごと動かすレベル」

「回廊を浄化した時に使ったエネルギーと同等か。──それは一朝一夕ではいかないね」

ゼクスが門の周囲を警戒しながら歩いていた。

「トワ。門の裏側に──何かある」

門の背面。正面は文字で覆われていたが、裏側には──壁画があった。回廊の最深部で見たものと同じ構図。三つの光。太陽、月、星。そして四つ目の光。

だが──壁画の下部に、回廊にはなかった追加の絵が描かれていた。

四つの場所を示す地図のような絵。四つの丸が、それぞれ線で門に繋がっている。門にエネルギーを供給する四つの源。

「四つの供給源。──これが起動条件か」

「四つの場所から門にエネルギーを送り込めば、門が起動する」リーリアが壁画を解読し始めた。「一つ目の丸──ここに星の紋章がある。『星の祭壇』。二つ目──月の紋章。『月の祭壇』。三つ目──太陽の紋章。『太陽の祭壇』。そして四つ目は──」

「紋章がない」

「ない。空白。四つ目の丸だけ何も描かれていない。ただし位置は示されている。この大陸の──北東」

「北東。まだ踏破していないエリアだ」

「三つの祭壇と、未知の四つ目。──全部を起動して門にエネルギーを送り込めば、門が開く。たぶん」

ハルがマッピングを進めていた。壁画の地図と、実際の新大陸の地図を重ね合わせている。

「師匠。三つの祭壇の位置ですが──一つ目の星の祭壇、これはオルテリアの星読みの塔の近くです。二つ目の月の祭壇は──海底都市の方角。三つ目の太陽の祭壇は──砂漠のナハルの南西、まだ行ったことのない場所です」

「三つのうち二つは既知のエリアの近く。一つは未踏。そして四つ目は北東で完全に未踏」

「四つの祭壇を巡る旅──ですね」

「ああ。だが全部をすぐに回る必要はない。まずは情報を整理して、近い場所から順に」

アストレアが門の前に立って、聖剣を掲げた。

「虚空の門に──聖騎士の祈りを。いつかこの門が開かれる日が来ることを」

「アストレアさん。祈りを捧げるの好きですよね」ハルが笑った。

「新しい場所には祈りを。聖騎士の──」

「矜持、ですよね」

「はい」

「知ってました」

門の周辺を探索した。見聞録のスキャン範囲が広がっているおかげで、門の土台部分に──微弱な空洞反応が見えた。

「ゼクス。門の裏の、右柱の根元。石が一枚だけ色が違う」

「これか」

ゼクスが石を押した。石が沈み込んで──カチッと音がした。

土台の一部がスライドして、下に続く石段が現れた。

その瞬間、画面が光った。

【隠しエリアを発見しました!】

【「虚空の門・地下管理区画」が解放されました】

【実績「門の番人」を達成しました──虚空の門の全構造をスキャンした最初のプレイヤーです】

【称号「虚空を覗きし者」を獲得しました】

【新規クエスト「四つの柱」が発生しました】

【クエスト目標:四つの祭壇を巡り、虚空の柱を集めよ】

【──星の祭壇(オルテリア南方・山岳地帯)】

【──月の祭壇(南方海域・海底エリア)】

【──太陽の祭壇(ナハル南西・砂漠深部)】

【──???の祭壇(北東部・詳細不明)】

【虚空の門・地下管理区画のマップが追加されました】

【ヒント:地下管理区画には、門の起動に関する重要な情報があります】

【アストラム踏破率:62.1%(隠しエリア含む)】

画面にシステムログが積み重なっていく。全員の画面に同時に表示されている。

アストレアがシステムメッセージを見て目を丸くしていた。

「クエストの目標に四つの祭壇の場所が出ていますね」

「祭壇とは……いったい」

「これを見る限りは、隠しクエストの太陽と四つ目の祭壇は、自力で見つけろってことでしょうか」

「未踏エリアの隠しダンジョン……探索のしがいがあるな」

入口は狭い。一人ずつしか通れない。石段が下に伸びている。

石段を降りた。地下は──思ったより広かった。円形の部屋。直径二十メートル。天井に虚晶の結晶が埋め込まれていて、淡い金色の光で照らされている。

部屋の中央に──台座があった。何かを置くための台座。四つの窪みがある。

「祭壇とは、間違いなくこれのことだろう。しかし……四つの窪み。──四つの祭壇から何かを持ってくるのか?」

「たぶん。祭壇で鍵のようなアイテムを手に入れて、ここに嵌め込む。四つ揃えば門が起動する」

台座の横に、文字が刻まれていた。リーリアが読む。

「『四つの柱を集めし者よ。虚空の彼方へ至る資格を得る。ただし──この試練を越えずして、柱は手に入らない』」

「試練──?」

「祭壇にはそれぞれ試練がある。試練をクリアしないと、鍵が手に入らないということだ」

「ダンジョンか。各祭壇がダンジョンになっている」

BCOらしい構造だった。門という最終目標。そこに至るために四つのダンジョンを攻略する。王道のMMOの大型クエスト。

「やることが見えたな」ゼクスが短剣を取り出す。「四つの祭壇を巡って、試練をクリアして、鍵を集める。──面白いじゃないか」

「面白い。──やるべきことが明確で、しかも多い。旅人にとっては最高の状況だ」

「師匠、目が輝いてますよ。装備の時より、もっと」ハルがにやにやしている。

「輝いていない」

「輝いてます。見聞録で自分の顔をスキャンしてみてください」

「見聞録は自分の顔をスキャンする機能はない」

「あったら面白いのに」

ルーナが影の中から声を出した。

「わたし──この部屋、好き」

「好き?」

「天井の光が──やさしい。虚晶の光は闇でも光でもないから、わたしの夜を邪魔しない。──ここなら、影の外に出ても大丈夫」

ルーナが影から出てきた。全身。紺色の髪が揺れている。紫の瞳が虚晶の金色に照らされて、不思議な色になっている。

「あ」タマキが息を呑んだ。「ルーナちゃん──きれい」

「きれい?」

「きれいです。髪が──星空みたい」

ルーナが恥ずかしそうに髪を触った。影の外に出ている時のルーナは、セレスより少し大きい女の子。

「恥ずかしい。──みんなに見られてるの、慣れない」

「慣れなくていいですよ。ルーナちゃんは、ルーナちゃんのペースで!」

「……タマキ、やさしい」

「薬師は患者にやさしいのが仕事です」

「わたし、患者じゃない」

「友達にもやさしいです」

ルーナが微かに笑った。影の外で笑うルーナは、珍しい。

セレスがルーナに駆け寄った。

「ルーナ! そとにでてる! いっしょにあるこう!」

「うん、ちょっとだけ。疲れたら影に戻る」

「じゃあ、つかれるまで。──ルーナのて、つめたくてきもちいい」

セレスがルーナの手を握った。銀色と紺色。月と夜。二人の精霊が手を繋いで歩いている。

「トワ。ルーナ、そとにでれたよ」

「ああ、よかったな」

「よかった。──ルーナが、わらってる」

「笑ってるな。──きれいだ」

「トワもわらって」

「笑っている」

「うそ。くちもとだけ。──もっとわらって」

「これが限界だ」

「トワのえがおは、しなもの。きちょーひん」

「人を品物扱いするな」

両肩に精霊を乗せながら、トワは先を歩いた。