作品タイトル不明
〈虚空の庭〉
三日目。
集落を出発して、さらに東へ。石碑の間隔がさらに狭まっている。五百メートルごと。三百メートルごと。百メートルごと。──そして、十メートルごとに石碑が並ぶ区間に入った。
「石碑の列が、参道のようになっている」
「参道。──神社の」リーリアが頷いた。「門に至る道。聖なる場所に近づいている証拠」
地形も変わった。丘陵が終わり、平坦な台地に出た。虚花の群生。白い花が一面に咲いている。花畑──いや、庭だ。整然と植えられている。自然の群生ではなく、誰かが植えた庭園。
「花が植えられている。手入れされている──? 無人のはずなのに」
「NPCの反応はないです」タマキが周りを確認した。「プレイヤーもいません。でも花は生きてて、枯れてません。お水もやっていないのに……」
「虚晶の素材で建てられた集落が劣化しなかったのと同じだ。【虚花】も──時間の影響を受けない。植えられた時のまま、千年以上咲き続けている」
「千年咲き続ける花──」ハルが感嘆した。「ロマンチックですね」
「ロマンではなく、【虚晶系のエネルギー】の循環だろう」
「師匠はロマンを殺すのが得意ですね」
「事実を述べただけだ」
花畑の中を進んだ。虚角鹿がまだ先導している。途中で仲間が増えた。二頭目。三頭目。六頭の虚角鹿が、パーティの周りを歩いている。護衛のように。
「鹿が増えた。──歓迎されてるのか」
「歓迎か威嚇か、判断がつかないな」ゼクスが短剣に手を添えた。
「攻撃はしてこない。非敵対のままだ」
「セレスちゃんの光に集まってきてるみたいですよ」タマキが観察した。「セレスちゃんの角が光るたびに、鹿が近づいてくる」
「セレス、にんきもの。──トワ、うらやましい?」
「いや、俺は人気者にはなりたくない」
「でも、トワはセレスのにんきものだよ」
「それならいいな」
「うん、それならいい」
台地の中央に──泉があった。
円形の泉。直径十メートル。水面が──光っている。虚花の光ではない。水そのものが発光している。透明な水の底に、金色の光が沈んでいる。
泉の周囲に──虚角鹿が集まっていた。十頭以上。水を飲んでいる。こちらに気づいても逃げない。むしろ、場所を空けてくれた。
「水場を譲ってくれてるのですね……いい子です」
タマキが鹿の鼻先にそっと手を伸ばした。鹿が──手を舐めた。
「見ましたか、トワさん。いま……鹿さんが、わたしの手を舐めました!」
「タマキさん、なついてますよ」ハルが羨ましそうだ。
「触っていいですか、師匠」
「好きにしろ。非敵対だ」
ハルが鹿の背中を撫でた。鹿が気持ちよさそうに目を細めた。毛並みが──柔らかい。
「ふわふわです、師匠! 師匠も触ってください!」
「触らない」
「触ってください。これは導師としての推薦です。BCOのモフモフ体験は旅人の職務に含まれます」
「含まれない」
「セレスちゃんは、触りたい?」
「さわりたい!」
セレスがトワの肩から飛び降りて、虚角鹿の頭の上に乗った。鹿がきょとんとしている。角の上に精霊が座っている。
「ふわふわ。──トワ、ここきもちいい」
「お前は鹿の上に住む気か」
「すまない。でも、かんがえとく」
「考えるな。降りろ」
「やだ」
リーリアが泉を分析していた。学者モードに入っている。
「この泉──【虚晶のエネルギー】が溶けた天然水だけど、もっと純度が高い。集落の井戸より、ずっと濃い。飲んだら……何かわかるかも」
【虚空の泉を発見しました】
【効果:HP・MP全回復。全デバフ解除。見聞録の未スキャンエリアを一定範囲可視化】
「未スキャンエリアを可視化!?」
「飲みましょう、トワさん。システムメッセージが出てるから安全です」
「飲む。全員、泉の水を飲め」
全員が泉の水を飲んだ。
【全員のHP・MPが全回復しました】
そして──見聞録が変わった。ミニマップの真っ黒な部分が、ぼんやりと浮かび上がっていく。完全な可視化ではないが、輪郭が見える。地形の起伏。建物の位置。そして──東端に、巨大な構造物の影。
「見える。東の果てに、何かがある。巨大な構造物」
「門……なの?」リーリアが身を乗り出した。
「輪郭だけだが──門のような形。ここから約十キロ。半日で着く」
「半日──!」
全員の目が東に向いた。
台地の東端に立って見渡した。地平線の向こうに、うっすらと何かが見える。肉眼では霧のように朧げだが、見聞録の補助で輪郭が浮かんでいる。
巨大なアーチ。石造りの門。高さ──見聞録の推定で五十メートル以上。星の回廊の扉より遥かに大きい。
「でかい」
「でかいですね」
「でかいな」
「でかいです」
「おおきい」
「大きいな」
六人と一匹が、同じことを言った。
「……行こう。半日で着く。今日中に」
虚角鹿の群れが先に走り出した。門の方角に。パーティもそれに続いた。
石碑の参道を走る。虚花の庭を駆け抜ける。見聞録のマップが一歩ごとに塗られていく。踏破率が上がっていく。62%。63%。64%。
星巡りの靴が地面を蹴るたびに、星の光の足跡が残る。その光を追って虚角鹿が走る。白い鹿と星の足跡。花畑の中を駆ける一行。
しかし走りながら、ハルが叫んだ。
「師匠! フォーラムが大変なことになってます!」
「何だ」
「『東の果てに巨大な門がある』ってリアルタイム情報が出回って──プレイヤーが殺到してます!」
「なにっ……いったい、どこから情報が漏れた?」
「そりゃあまあ、お前は超の付く有名人だからな……誰かにつけられてたんじゃないか」
「師匠の知名度を思えば、不思議ではありませんが――プレイヤーたちが、回廊の転送ポイントから東口に飛ぶ人が、数百人単位で!」
「やはり、俺たちの後を追っているのか」
「追ってきてます! 東の平原が、人だらけです! モンスターがいないからみんな好き勝手に走ってます!」
フォーラムのスレッド。
【祭り】東の果てに門!? トワパーティが発見!【全員集合】
──「門がある! でかい! 行くぞ!」
──「転送で東口に飛んだ。平原を東に走ればいいんだな?」
──「石碑を辿れ。道だ」
──「走れ走れ走れ!」
──「千人以上が東に向かって走ってる。MMOの大移動だ」
──「虚角鹿がめちゃくちゃいる。白い鹿きれい」
──「虚花の花畑やばい。スクショ百枚撮った」
──「お前撮りすぎだろ」
──「トワパーティが先頭走ってるぞ。追いつけ!」
──「旅人に追いつけるわけないだろ。あの人走るの速すぎ」
──「セレスちゃんが鹿に乗ってた。かわいすぎて死ぬ」
──「鹿に乗る精霊。BCOにそんなコンテンツあったか?」
──「ない。セレスちゃんが勝手にやってる」
──「BCOの大冒険。リアルタイムで参加できるの最高すぎる」
──「参加っていうか、尾行してただけじゃね」
──「ちょっとモラル的にどうなんだ、これ」
──「まあでも、うーん……みんな未踏破エリアが羨ましいからなあ……」
千人以上のプレイヤーが東に向かって走っている。
「師匠……後ろから、大群が来てます!」
「知っている。俺の後を付けていたこと自体は、思うところがあるが──別にいいだろう。今回は大勢で行ってみる。門を開けるのは俺たちでも、見届けるのはみんなでいい」
「師匠がそういうこと言うの、珍しいですね。いつもは一人で行きたがるのに」
「今回は違う。──新大陸は、みんなの旅だ」
セレスが虚角鹿の背中に座ったまま、後ろを振り返った。平原を走る千人超えのプレイヤーの姿。
「トワ。みんな、はしってる」
「ああ」
「たのしそう」
「楽しいだろうな。──俺も楽しい」
「トワがたのしいっていうの、めずらしい」
「たまには言うぞ」
「じゃあ、セレスも──たのしい!」
セレスが角をぴかっと光らせた。月光が走る六人を照らした。虚角鹿の群れが鳴いた。花畑の虚花が風に揺れた。
東の果てに──門が待っている。