作品タイトル不明
〈東の異変〉
新大陸アストラム。回廊の転送ポイントで東口に飛んだ。
回廊開通後、初めて東のエリアに足を踏み入れる。パーティはトワ、ゼクス、タマキ、ハル。アストレアは聖都で虚晶のコーティング作業をガルドに預けている。
東口を出た。山の斜面。眼下に広大な平原が広がっている。踏破率58%。東半分はまだ未踏。見聞録のミニマップが真っ黒だ。これから一歩ずつ埋めていく。
斜面を下ると平原に出た。草が腰まで伸びている。
タマキが草に手を伸ばした。
「この草──星属性のエネルギーが宿っているです。回廊の気脈が通ったことで、地表にまで星のエネルギーが浸透し始めてるんだ」
「素材として使えるか」
「使えそうです。採集していいですか」
「好きにしろ」
タマキが草をむしり始めた。薬師のサガだ。目の前に素材があると止まれない。
三十分歩いた。見聞録でスキャンを続けている。地形データ、モンスターの分布、NPCの有無。いつもの踏破作業。
だが……何かがおかしかった。
「モンスターが出ない」
ゼクスが辺りを見回した。三十分歩いて、一体も遭遇していない。新大陸の西側では、十分歩けば星牙狼や星角鹿に出会った。東側は、静かすぎる。
「見聞録の反応はあるか?」
「反応はある。──だが、全部地下だ。地表にモンスターがいない。全部、地面の下にいる」
地表は空だが、地下五メートルから三十メートルの範囲に、大量の生体反応。モンスターが全員、地面の下に潜っている。
「なんで、地下に?」ハルが首を傾げた。
「何かを恐れているか、何かに引き寄せられているか。どちらにしても異常だ」
テンがブーツの上で光った。二回。三回。不規則な点滅。禁域の時のような闇の反応ではない。何か別の──戸惑うような光り方。
「テンも戸惑っている。闇ではないが、何かを感じているのか」
さらに十分歩いた。平原の真ん中に──石碑があった。
古い石碑。風化している。だが表面に文字が残っている。見聞録で読み取った。
【通常の文字ではありません。翻訳不可】
「また翻訳できない文字か。回廊の壁画と同じ、原初の文字だ」
「リーリアに写真を送りましょう」ハルが石碑を撮影した。
石碑の周囲の地面が少し違っていた。草が生えていない。円形に、半径三メートルほどの範囲で草が枯れている。枯れているのではない──生えていない。最初から。土が露出していて、その色が赤い。
「この土、赤いな」
「赤い土?」タマキがしゃがんで土を手に取った。「普通の赤土じゃないです。星鉱石の粉塵に近い成分ですけど、星属性のエネルギーがない。空っぽの星鉱石。殻だけ残って中身が抜けてるみたいな」
「空っぽ──」
見聞録でスキャンした。石碑の周囲の赤い土からは何のデータも返ってこなかった。属性なし。レベルなし。ステータスなし。BCOのシステムに認識されていない物質。
「システムに認識されないもの……か」
石碑は一つだけではなかった。平原を見渡すと、遠くにもう一つ。さらにその向こうにも。等間隔に、直線上に並んでいる。
「石碑が並んでる。──道標か?」
「どこに向かって?」ゼクスが目を細めた。
「東だ。大陸のさらに東に向かっている」
トワはチャット欄を開いた。
いつもは遅れないはずの送信対象に……NPCのリーリアがいる。特殊なイベントなのかもしれない。
トワは直ぐにリーリアにチャットを送った。
トワ:「東の平原に原初の文字の石碑が並んでいる。等間隔で東に向かっている。石碑の周囲の土が赤くて、見聞録に認識されない」
返信がすぐ来た。
リーリア:「それ! わたしも今朝、星の配列を見て気づいたの。東の空に──今まで見えなかった星が一つ増えてる。新しい星じゃない。今まで何かに隠されていた星が、見えるようになった。回廊の浄化で気脈が通ったせいかもしれない」
トワ:「隠されていた星──方角は?」
リーリア:「大陸の東端。まだ誰も行ったことのない場所。──トワ。石碑の文字を、わたしに遅れる?」
トワ:「ああ、写真を撮ったから転送する。……こういった石碑がいくつもあるようだが、解読できるか?」
リーリア:「すぐに全部は難しいわ。でも、一つだけは直ぐに解読できる。原初の文字のうち、一つだけ星読みの言語と共通するものがあるの」
トワ:「そこには、何と書いてあるんだ」
リーリア:「『 虚空(こくう) 』」
「虚空──」
「師匠。虚空って何ですか」
「まだわからない。だが、四つ目の光に関係しているだろう。回廊の壁画にも虚空の文字があった」
ゼクスが石碑の列を見つめた。東へ伸びる道標。
「この石碑を辿れば、四つ目の光に近づけるかもしれないな」
「ああ……だが、いったん今日はここまでにしよう」
「帰るのか。お前にしては、珍しく慎重だな」
「準備なしで未知の領域に突っ込むのは旅人じゃない。まずは、リーリアの全石碑の解読を待つ。ガルドの虚晶装備が揃ってからでも、遅くない」
「トワさんが慎重なの、怖いですよ。いつもは、直ぐ突っ込むのに」
「いつも突っ込んでいるわけではない」
「回廊の禁域に一人で行ったのは?」
「あれは……適切な判断だ」
「海底都市に排水路から潜入したのは?」
「あれも……適切な判断だ」
「闇星獅子に記憶を書き込もうと突撃したのは?」
「──わかった。いつも突っ込んでいる。今回は珍しく慎重だ、それでいいだろう」
「素直ですね……えへへ」
「トワ、すなお」
トワは情報収集がてら、BCOのフォーラムを開いた。
フォーラムにも、東エリアの異変が報告され始めていた。
【情報】東の平原、モンスターが地表に出てこない
──「マジで出てこない。一時間歩いてゼロ」
──「地下に潜ってるらしいぞ。見聞録持ちの旅人が言ってた」
──「石碑があるってよ。歩いてたら、同じエリアにトワがいたぞ」
──「トワが見つけた=ヤバい何かがある。いつもそうだ」
──「このゲーム、トワが歩くと毎回世界が変わるの何なの」
──「Lv1が世界を変えるのはBCOの仕様です」
──「仕様にするな(二度目)」
帰り際、平原の端から空を見上げた。新大陸の夜空。双子星。いつもの空。
だが──東の空に、一つだけ。見慣れない光点があった。
リーリアが言っていた「隠されていた星」。今まで何かに覆われていたものが、気脈の正常化で露出した。
薄い。肉眼ではほとんど見えない。だが見聞録のスキャンには映る。色は──ない。金色でも銀色でも白色でもない。ただ、光っている。
「セレス。あの星、見えるか」
「……みえる。ほそい。でも──ある。いままでみえなかったのに」
「あの星が、四つ目の光か」
「わからない。でも、きになる」
「俺もだ。次は、あの星の方角に歩く」
「あるくの?」
「歩く、石碑を辿って。リーリアの解読が終わったら」
「じゃあ、おやつ、いっぱいもっていかないと。あたらしいたび、おなかがへるから」
「お前の基準は常に食料だな」
「だいじなものから、じゅんばんにかんがえてる。いちばんだいじなのは、おやつ」
「一番はおやつか。トワは何番だ」
「トワは──ぜろばん。おやつよりまえ。かぞえるまでもない」
セレスが照れたように角を光らせて、トワの襟に顔をうずめた。
「いま、ちょっとはずかしいことをいった。わすれて」
「いや……忘れないが?」
「わすれて!」
「忘れない。ありがとう、セレス」
「……えへへ」
新大陸の東の空に、見えなかった星が光っている。石碑の道標が東へ伸びている。虚空の文字。地下に潜ったモンスター。赤い土。新大陸の謎が──近づいている。