軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

〈禁域〉

中継拠点を三つ越えた。回廊の闇は進むほど濃くなっていく。第二拠点までは闇甲蟲の群れとの遭遇戦。第三拠点までは闇の壁蛇という新種が天井から落ちてきた。いずれもルーナの夜とトワの判断で切り抜けた。

そして今、第三中継拠点にいる。禁域の手前。最後の安全地帯。

【星の回廊・第三中継拠点「最後の灯り」に到達しました】

名前が不穏だった。最後の灯り――この先は灯りがないということだ。

全員が泉の水で回復した。タマキの特濃闇耐性薬を全員が飲んだ。

【特濃闇耐性薬を使用しました。闇耐性+50%。効果時間:1時間】

「一時間。禁域の三キロを通過するには十分なはずだ」

テンが光っている。ずっと光っている。第三拠点に着いてからも、点滅が止まらない。この先の闇の濃さを、常に感じ取っている。

「テンの反応が収まらないな。禁域の闇は、この距離からでも感じるほど濃いのか」

トワはマップを確認した。禁域は三キロ。その先に第四中継拠点。そして回廊の終点。

「セレス、ルーナ。【月夜の帳】の準備はいいか」

「いい、だいじょーぶ」セレスが頷いた。

「……いつでも」ルーナが影の中で答えた。

「行くぞ。禁域に入る」

第三拠点を出た。闇が壁のように立ちはだかった。

月夜の帳が展開された。薄紫の光。ルーナの夜とセレスの月光が融合した道。幅四メートル。先ほどまでの二メートルの倍。持続時間も倍。

だが禁域の闇は、それでも圧倒的だった。

月夜の帳の端が、闇に侵食されている。道の幅が、じわじわと狭まっていく。四メートルが三・五メートルに。三メートルに。

「道が狭まっている。闇の圧力が帳の展開を押し返しているんだ」

「セレス、もっとちからいれる」

「わたしも……もう少し……」

二人の精霊が全力を出している。だが、禁域の闇は二人の力を上回っている。このままでは、三キロの途中で帳が崩壊する。

五百メートル歩いた。道の幅が二メートルまで縮まっていた。融合前と変わらない。

「このペースだと、あと五百メートルで帳が消える。禁域の半分も歩けない」

「師匠。どうしますか」ハルの声が緊張している。

「……考えがある」

トワは足を止めた。全員に振り返った。

「ここから先は、俺一人で行く」

一瞬の沈黙。

「バカな……お前一人で?」ゼクスが眉をひそめた。

「帳の範囲が狭まっているのは、七人分の空間を維持しようとしているからだ。一人分なら、道の幅は一メートルでいい。セレスとルーナの負担が七分の一になる」

「でも、師匠一人で禁域の三キロを」

「一人ではない。セレスとルーナとテンがいる」

「そういう意味じゃなくて。戦力が師匠一人になるってことです」

「俺一人で十分だ。禁域のモンスターがどんなものかはわからないが、七千時間で倒せなかったモンスターはいない」

「HPが360しかないのに」

「HPが360だから、七千時間戦い続けてこられた。低いHPは俺の武器だ。一撃で死ぬからこそ、一撃も受けない」

ゼクスがトワを見つめた。三年間、このLv1の旅人を見てきた。PvPで戦い、ソルシアで共闘し、ルミナリアで闇を浄化し、新大陸で走った。

「わかった、行け」

「ゼクス」

「お前が一人で行くと言うなら、それが最適解だ。お前の判断を疑ったことはない」

アストレアが聖剣を握った。

「わたしたちはここで待ちます。帰ってきてください。必ず」

「帰る。約束する」

タマキが薬の束を押し付けた。回復薬十本。浄化薬三本。特濃闇耐性薬の予備二本。

「多すぎだ」

「トワさんが無茶するから多いんです。絶対に帰ってきてください」

「絶対か……それは分からない。死ぬこともあるかもしれない」

「死なないでください……お願いですから」

トワは彼女の目を見て、宣誓した。

「分かった。絶対に死なない、帰る」

「約束ですよ」

「ああ、約束だ」

ハルが杖を握りしめていた。

「師匠。わたし、ここで待ちます。師匠が戻るまで、この拠点を守ります。帰る場所がなくなったら困りますから」

「頼む」

「導師として、師匠の帰りを待つのも仕事です」

「いい仕事だ」

「……はい。いい仕事です」

一人になった。

いや、一人ではない。肩にセレス。影にルーナ。ブーツにテン。だが、人間は一人。

月夜の帳が一人分に縮小された。幅一メートル。だが光の密度が上がった。薄紫の道が、鮮やかに輝いている。七人分の広さを維持する必要がなくなった分、力が集中している。

「ルーナ。これなら持つか」

「……持つ。三キロ、持たせる」

「セレス」

「だいじょーぶ。セレスのちからは、ぜんぶルーナにわたす。トワをてらすのは、テンにまかせる」

セレスが角の光を抑えた。月光の全てをルーナの夜に注ぎ込んでいる。自分を照らす光を消して、ルーナの道に全力を注ぐ。

テンがブーツの上で光った。セレスの代わりに、トワの足元を照らす。小さな虫の光。頼りないが、確かな光。

「行くぞ」

禁域の闇の中を歩き始めた。

一歩目。闇が身体を押し返す。物理的な圧力。風ではない。闇そのものの重さ。歩くたびに、全身に冷たい圧がかかる。

二歩目。見聞録が完全に沈黙した。画面上の表示が消えていく。HPバー。MPバー。ミニマップ。全部消えた。闇がシステムの表示すら食っている。

「見聞録が死んだ。UIも消えた、HPすら見えない」

「トワ。めをつかって」セレスが耳元で囁いた。

「ああ、目で見る。耳で聞く、足で感じる」

五十歩。百歩。足音だけが響く。自分の足音だけ。

闇が身体に触れている。帳の外側の闇が、薄紫の道の端から腕のように伸びてくる。触れると冷たい。骨まで凍るような冷たさ。

決してVRと侮ることはできない、今すぐにでも引き返したくなる恐怖と冷たさがここにはある。

だが……闇が身体に浸透しようとするたびに、トワのは記憶を思い出した。

セレスとの出会い。月光の森で、小さな精霊が肩に乗った日。

ルーナの救出。闇の中で名前を呼んで、紫の瞳が開いた瞬間。

カレンとの対話。パンを食べて泣いた聖王、長かった孤独。

宮瀬の笑顔。一緒に歩きたいという言葉。

蓮の声。「行ってこい、見てる」。

記憶が光になる。闇が触れるたびに、記憶が発熱して闇を弾く。一つ一つの出会い。一つ一つの戦い。一つ一つの風景。全てが光になって、心の闇を押し退ける。

「正直、心が持つか心配だったが……意外と、歩けるものだな」

「トワのきおくは、ぶあつい。せんねんのカレンよりぶあつい。なぜか、わかる?」

「それは……なぜだ?」

「カレンは、ひとりだった。トワは、ひとりじゃなかった。なかまのきおくは、じぶんのきおくよりもあつい」

千歩。二千歩。禁域の半分を過ぎた。

闇の圧力がさらに増した。帳の道が一メートルから七十センチに縮まっている。身体の横を闇が掠める。

「ルーナ。持つか」

「……持たせる。あと半分」

「無理をするな。限界なら──」

「限界じゃない。わたしは夜の精霊。闇の中はわたしの領域。負けない。千年間闇の中にいたんだから。千年分の経験がある」

ルーナの声に力が戻っていた。千年間の闇の記憶が、ルーナの強さになっている。カレンの孤独が弱さになったのとは逆に。

「お前は強いな、ルーナ」

「……えへ」

三千歩。四千歩。禁域の終わりが近い。

闇の中に何かが見えた。巨大な影。回廊の中央を塞いでいる。

テンが光った。限界を超えた明滅。十五回。二十回。甲殻が焼けるほどの速度で点滅している。

「テン、落ち着け。見えているさ」

闇の結晶体。回廊を完全に塞ぐ巨大な黒い結晶。高さ十メートル。幅は回廊の壁から壁まで。これが回廊を閉ざしていた元凶だ。

【???を検知しました】

UIが一瞬だけ表示を返した。名前すら読めない。闇がシステムを食っている。

「こいつを浄化しないと、回廊は開通しない」

結晶体が脈動している。ドクン、ドクン。大聖堂の壁と同じ鼓動。深淵の根の心臓。この結晶体が、回廊全体に闇を送り込んでいる。

「セレス。ルーナ。テン。俺が合図をしたら、全力を出せ。帳の維持じゃなく、結晶体に直接ぶつけるんだ。月光と夜光と虫の光。全部。一点に集中して」

「それは、いつ?」

「俺が結晶体の弱点を見つけた時だ。見聞録が使えないから、時間がかかる」

結晶体に近づいた。闇が身体に触れる……冷たい。だが怖くはない。

目で見る。結晶体の表面。黒い結晶の中に、何かが見える。光が残っている。微かに。結晶体の元の姿。星の回廊のエネルギー源だった頃の光。

冷たい。骨の髄まで凍るような冷たさ。だが怯まない。これまでの記憶が、手を温めてくれる。

結晶体の「元の記憶」を読む。千年前、この結晶は星の力の塊だった。回廊全体に光を送るエネルギー源。古代星王朝が作った、大陸の心臓。

そして、【闇】が来た。深淵の根が回廊に侵入し、心臓に食い込み、光を闇に変えた。心臓が闇の結晶に変質した。

「見えた。元の記憶が残っている。結晶体の中心部に、星の光の核がまだある。闇に完全には飲まれていない。核に光を送り込めば、内側から闇を押し返せるが……核は、どこだ」

記憶干渉の第三段階。封印された記憶を復元する力。ルーナの時は名前を呼んだ。カレンの時はアルヴァの魔力パターンを引き出した。闇星獅子の時は守護者の記憶を書き込んだ。

今度は、結晶体の中心にある「星の光の核」に、星の回廊の本来の記憶を書き込む。

「今だ、全力でかかれ!」

セレスの月光が結晶体に向かって放たれた。銀色の光。

ルーナの夜光が続いた。紺色の光。

テンが甲殻の全てを使って光った。星の光。小さいが、純粋な星の力。

三つの光が結晶体の表面に当たった。闇が弾き返そうとする。だがトワの記憶干渉が、三つの光を結晶体の内部に導いている。闇を掻き分けて、奥へ。奥へ。中心の核に向かって。

トワの手が凍りついている。闇の冷気で指先の感覚がない。だが手を離さない。

核に、触れた。

星の光が灯った。結晶体の中心から、金色の光が放射状に広がっていく。闇を内側から押し返していく。

【記憶干渉:対象の本来の属性記憶を復元中──】

結晶体の黒い表面に亀裂が走った。亀裂から金色の光が漏れ出す。

闇が、剥がれ落ちていく。黒い結晶の破片が、砂のように崩れていく。中から金色の結晶が現れる。星の回廊の本来の心臓。

【闇の結晶体──浄化に成功しました】

【星の回廊のエネルギー源が復活します】

金色の光が回廊全体に広がった。壁に埋め込まれた星の紋章が次々に点灯していく。天井に星の苔が光り始める。床の敷石が輝く。

闇が退いていく。回廊を満たしていた闇が、金色の光に押されて消えていく。

回廊が、明るくなった。