作品タイトル不明
〈中継拠点〉
一時間歩いた。いや、最後の二十分はほぼ走っていた。
中継拠点の光に飛び込んだ瞬間、闇甲蟲が一斉に退いた。星の苔の光が結界のように蟲を拒んでいる。
「着いた……!」タマキが膝をついた。
「全員、入ったか」
「入りました。七人。全員無事!」
ルーナがトワの影の中で、ぐったりしていた。五キロの闇の中で、一時間近く夜を維持し続けた。精霊にも限界がある。
「ルーナ。休め」
「……うん。ちょっと……休む……」
ルーナの声が消えた。影の中で眠りに落ちたらしい。
セレスが肩の上から影を覗き込んだ。
「ルーナ、ねちゃった」
「疲れたんだ。起こすな」
「おこさない。でも──ルーナのぶんのおやつ、とっておく」
セレスがエリーのパンの欠片を影の縁に置いた。ルーナが起きた時に食べられるように。
「戦わずに走るの、師匠らしくないですね」ハルが息を整えながら言った。
「戦うべき敵と、逃げるべき敵を見極めるのも、旅人の技だ」
「導師流に言うと『戦略的前進』ですね」
「それはゼクスの台詞だろう。戦略的撤退は」
「いいんです。セレスちゃんも使ってたんですから」
「せんりゃくてきてったい。しよーりょー、ちょーしゅー。おやつか、ぱん」
「おい待て、人が教えた言葉に使用量を科そうとするな」
「だめ、これ、せれすのことば」
「大人しくおやつを上げた方が良いぞ、ゼクス」
「なぜ、俺が!?」
中継地点の中は明るい。星の苔が壁と天井に群生している。ルーナの夜がなくても歩ける明るさ。
【星の回廊・中継拠点「星灯りの間」に到達しました】
【この場所では闇のモンスターが出現しません】
「闇が入れない安全地帯か。星祭りの広場と同じ原理だな」
中継拠点は広い部屋だった。天井が高い。中央に泉がある。星の苔が壁を覆い、部屋全体がプラネタリウムのように輝いている。地下水脈の地下湖と似た雰囲気。だがここは地下水脈よりも遥かに深い場所にある。
「きれい……」タマキが泉の水を手ですくった。「この水、飲めますか?」
「飲める。星の力が宿った清水だ」
全員が泉の水を飲んだ。
【星の清水を飲みました。HP・MP全回復。全デバフ解除】
「全回復!? 泉の水で!?」
「中継拠点のボーナスだな。ここで態勢を立て直せる」
アストレアが泉の縁に座り込んだ。重装備の鎧を少し緩めて、深呼吸している。
「アストレアさん、大丈夫ですか」ハルが声をかけた。
「大丈夫です。ただ、あの闇の中を鎧で走ったのは、さすがにきつかった。聖騎士の矜持で走りましたが、膝が笑っています」
「鎧、脱いだ方がいいんじゃないですか……」
「脱ぎません」
「矜持……」
ゼクスが壁にもたれて、短剣の刃を確認していた。闇甲蟲を弾いた時に刃が欠けている。
「短剣がダメージを受けてる。闇の存在は物理的にも刃を蝕むのか」
「タマキ、修復薬はあるか」
「装備修復薬、三本あります。はい」
「助かる。ダリオの星鉱石の短剣に切り替えるか。星属性なら闇に蝕まれにくいかもしれない」
「試す価値はある。次の区間で検証しよう」
タマキが薬の在庫を確認していた。几帳面にメモを取りながら。
「闇耐性薬、残り十二本。回復薬、二十八本。浄化薬、八本。装備修復薬、あと二本。星海の呼吸薬は不要。高山病対策薬も不要。新薬の試作品が三本。合計五十三本」
「五十三本の薬を持ち歩いている薬師は、お前くらいだ」
「でも、足りないくらいですよ。師匠のパーティは、消耗が激しいので」
「俺のせいか」
「師匠が無茶をするたびに薬が減ります。因果関係は明白です」
部屋の壁に地図が刻まれていた。星の回廊の全体マップ。
トワが見聞録でスキャンした。全員を呼んで、地図の前に集まった。
「回廊の全体構造が見える。西口から東口まで二十キロ。中継拠点は四つ。今いるのが最初の一つ。次の拠点まで七キロ。その先にもう一つ。そして最深部に最後の拠点がある」
「師匠。この地図、蓮さんに見せたら卒倒しますね」ハルが地図を写していた。
「写す暇があったら休め」
「導師は記録するのが、仕事です」
「最深部の手前に、闇の密度が最も高い区間があるな」ゼクスがマップを見た。「この赤い区間。長さ約三キロ。『禁域』と書いてある」
「禁域か」
「古代の時代から立入禁止だったんだろう。闇が最も濃い場所。ここを突破しないと、回廊の東口に辿り着けない」
「禁域の前後に中継拠点がある。禁域の手前で態勢を整えて、一気に通過する。通過後にまた休める」
「三キロの禁域。ルーナの夜で道を作りながら歩くと四十分。薬の効果時間内に通過できる計算だ」
ルーナが影の中から目を覚ました。パンの欠片が影の縁に置いてある。もそもそと食べた。
「……おいしい。エリーのパン」
「おきた? ルーナ、だいじょうぶ?」セレスが覗き込んだ。
「大丈夫。少し寝たら回復した。泉の水も飲む」
ルーナが影から手を出して泉の水をすくった。飲む。紺色の髪がゆらゆらと揺れる。
「ただし」ルーナが真剣な顔になった。「禁域は、さっきの五キロの闇よりずっと濃い。わたし一人だと四十分持つかわからない」
「持たなかったら」
「道が消える。全員が、闇の中に放り出される」
部屋が静まった。
「対策を考えよう。ルーナの負担を減らす方法を。セレスの月光で、ルーナの夜を補助できないか」
「やってみる。セレスのげっこうは、ルーナのよるとちがう。でもまぜたら、つよくなるかもしれない」
「月光と夜光を混ぜる。やったことはないが……やる価値はある」
「やったことないからこそ、やる。師匠の信条ですよね」ハルが言った。
「俺の信条ではない、旅人の信条だ」
「同じですよ、それ」
中継拠点で休息を取りながら、セレスとルーナが「月と夜の融合」の練習を始めた。セレスの銀色の月光と、ルーナの紺色の夜光を重ねてみる。
最初はうまくいかなかった。二つの光が弾け合う。属性が違いすぎる。
「あわない……セレスのひかり、つよすぎて、ルーナのよるがおされる」
「わたしの夜が……セレスの月光に負けちゃう……」
「じゃあ、セレスがよわくする。ルーナにあわせる」
「わたしも……もう少し強くする。セレスに近づく」
他のメンバーは精霊たちの練習を見守りながら、それぞれ準備を進めていた。
ゼクスが星鉱石の短剣に持ち替えて素振りをしている。重さと間合いの感覚を確かめている。
アストレアが聖剣ルミナスに祈りを込めている。光の貯蓄。禁域で三回分使えるように、今のうちにMPを聖剣に蓄えておく。
タマキが闇耐性薬の濃度を調整している。禁域用に、通常の倍の濃度の特製薬を作り始めた。
「タマキさん、何やってるんですか」ハルが覗き込んだ。
「闇耐性薬の特濃バージョンです! 効果時間は短くなるけど、耐性が50%に上がります。禁域の三キロを一気に駆け抜けるなら、こっちの方がいいと思って」
「師匠。タマキさんが、また新薬作ってますよ」
「好きにさせろ、タマキの薬は信用している」
「信用されると張り切っちゃうんですよね、わたし」タマキが調合の手を速めた。
十分間の調整。二人の精霊が、互いの力の出力を微調整していく。セレスが光を抑え、ルーナが夜を強める。
そして、重なった。
銀色と紺色が混ざった。薄紫の光。月でも夜でもない。二つの精霊の力が融合した、新しい光。
【セレスティアとルーナの精霊融合技「月夜の帳」が発動しました】
【効果:ルーナの夜の展開範囲と持続時間が倍増。セレスの月光が夜に溶け込み、闇耐性の道を生成する】
「範囲と持続時間が倍になった! これなら禁域の三キロも持つ!」
「すごい! 二人の力が合わさると──」タマキも興奮していた。
セレスとルーナが手を繋いでいる。小さな精霊二人が、融合技を完成させた。
「セレスとルーナ、なかよし」
「うん……なかよし」
「なかよしだから、ちからもなかよし」
「それは……論理的には間違ってるけど……結果は合ってる」
「けっか、あってればいー」
テンがブーツの上で三回光った。闇の警告ではない。
精霊たちの融合技を見て、嬉しそうに光っている。
「テンまで喜んでるな」
「テンもなかま。なかまがつよくなると、うれしー」