作品タイトル不明
〈闇の行軍〉
回廊の中は静かだった。
足音だけが石の床に反響する。七人分の足音。規則正しく、同じリズムで。ルーナの紫の道が前方五メートルほどを照らしている。それ以上先は闇。後ろも闇。横も闇。
一歩進むたびに、ルーナの道が前に伸びて、後ろが消える。常に五メートル分だけの世界。
「師匠。前が見えないの、怖いです」ハルが小声で言った。
「前が見えないのは、いつものことだ。ゲームを始めた時もそうだった。マップが真っ暗で、一歩ずつ埋めていった」
「それとこれは違いませんか。物理的に、暗いんですけど……」
「同じだ。一歩ずつ進めば、道は見える」
五分歩いた。回廊の壁が見聞録で読み取れた。石壁。古代星王朝の建築。等間隔に柱がある。天井は高い。馬車が通れる幅。かつてはここが大陸の大動脈だったのだ。
十分。テンの警告が変わった。点滅の速度が上がっている。
「テンの反応が強まっている。何かが近い」
闇の中から、音が聞こえた。
かさかさ。かさかさかさ。
虫の足音。たくさんの虫の足音。闇の中を何かが這い回っている。
【???が接近しています】
「モンスターか」
「見聞録で読めるか」
「読めない。闇の存在だ。ただし、テンの反応パターンから推測する。複数。小型。群れ」
ルーナの紫の道の端に、何かが見えた。黒い甲虫。テンと似た形だが、大きさが三倍。そして全身が闇に覆われている。
【 闇甲蟲(やみこうちゅう) Lv?? HP:??? ×多数】
「テンの同族が、【闇】に汚染されたやつか!」
テンがブーツの上で激しく明滅している。同族の闇バージョンを前にして、何かを訴えている。
「テン、落ち着け。わかっている」
闇甲蟲が紫の道の端に集まってきた。ルーナの夜に触れると動きが鈍る。だが消えない。星と闇のハイブリッド。東の星峰の闇モンスターと同じタイプ。
「数が多い。見える範囲だけで二十体以上。道の両側から来ている」
「全部、浄化するのか?」
「時間がかかりすぎる。回避する方法を考える」
トワは見聞録が使えない闇の中で、目と耳で情報を集めた。闇甲蟲の動き。ルーナの道に触れると鈍る。だが道の外は闇甲蟲の領域。挟まれている。
「ルーナ。道の幅を、一瞬だけ広げられるか。十メートルに」
「十メートル……三秒なら。それ以上は持たない」
「三秒で十分だ。道が広がった瞬間に、全員走る。蟲が鈍っている間に突破する」
「三秒で走り抜けるのですか!?」ハルが声を上げた。
「走り抜けるんじゃない。蟲を押し退ける。ルーナの夜が広がった瞬間、蟲は鈍る。その間に前に進む。蟲の群れを踏み越える」
「踏み越えるって……虫を……」
「虫の上を走るんだ。星巡りの靴なら、足元が光る。蟲は光に怯むはずだ」
靴の光を武器にする。星巡りの靴の足跡が星の光を残す効果。走れば、足元に光の道ができる。闇甲蟲は光に弱い。
「準備はいいか」
「いいです」タマキが薬の瓶を握った。
「師匠の後ろにつきます」ハルが杖を構えた。
「走る準備はできている」ゼクスが姿勢を低くした。
「ルーナ。カウントする。三、二、一で広げろ」
「わかった」
「三」
全員が構えた。
「二」
ルーナの紫の光が強まった。
「一。今だ!」
ルーナの夜が爆発的に広がった。紫の光が半径十メートルに展開。闇甲蟲が一斉に動きを止めた。光に怯んで身体を縮めている。
「走れ!」
七人が走った。トワが先頭。星巡りの靴が地面を蹴るたびに、星の光が足跡として残る。光の道。闇甲蟲がその光に怯えて散っていく。
三秒。ルーナの展開が縮小した。道が元の二メートルに戻る。だがその三秒で三十メートル以上進んだ。蟲の群れを突破していた。
「突破した!」
「全員無事か!」
「無事です!」タマキが数えた。「七人います!」
「テンは!」
ブーツを見る。テンがいる。しがみついている。甲殻が震えている。同族の闇バージョンを見て、怖かったのだろう。
「テン。よくやった。お前の警告がなければ、不意打ちされていただろう」
テンが一回光った。弱い光。怖かったけど、頑張った光。
だが安心する暇はなかった。背後から、かさかさという音が追ってくる。
「追ってきてる! 蟲が!」
「走れ。止まるな!」
七人が走った。ルーナの紫の道の上を、一列になって。闇甲蟲が道の両側を並走している。ルーナの夜に触れられないが、道の端で待ち構えている。足を踏み外せば、蟲に囲まれる。
「道の外に出るな! ルーナの道の上だけを走れ!」
「わかってます──! でも道が、二メートルしかないんですけど!?」ハルが叫んだ。
「二メートルで十分だ。一列なら通れる!」
二十分走り続けた。闇甲蟲はルーナの道の端にびっしりと張り付いて、こちらを見ている。黒い甲殻が闇の中でかすかに光っている。何百体もいる。
「数が増えてる。最初は二十体だったのに、今は百体以上見えます」タマキが息を切らしていた。
「道の奥に行くほど、蟲の密度が上がっている。回廊全体に繁殖しているんだ」
アストレアが聖剣を構えた。
「トワさん。わたしの聖属性の光で、蟲を散らせませんか」
「ああ、試してみてくれ!」
アストレアが聖剣ルミナスを掲げた。金色の光が刃に灯る。ルーナの紫の道の外に向けて、光を放った。
闇甲蟲が一斉に後退した。聖属性の光にも弱い。だが数秒でまた戻ってくる。
「効くけど、一時的だ。常時振り回すわけにはいかない」
「MPが持ちません。あと三回が限界です」
「三回分は温存しろ。いざという時に使う」
三十分。四十分。走り続けた。ルーナの声が小さくなっている。
「ルーナ。大丈夫か」
「……だいじょうぶ。でも、あと二十分が限界。それ以上は……道を維持できない」
「あと二十分で中継拠点に着く。持ちこたえてくれ」
「……がんばる」
ゼクスが最後尾で短剣を構えていた。道の端に近づきすぎた蟲を、短剣で弾いている。
「こいつら、じわじわ道を狭めてきてるぞ。ルーナが弱ると、道の幅が縮まっている」
「ルーナの力が落ちると、道が細くなる。蟲がその分押し寄せてくるんだ」
「悪循環だな。ルーナが疲れるほど、蟲が近づく。蟲が近づくほど、ルーナの負担が増える」
「だからこそ──急ぐ」
トワが速度を上げた。全力疾走。星巡りの靴が星の光を撒き散らす。光の道が背後に延びる。
「ついてこい! 止まるな! 最後の直線だ!」
セレスが肩の上で角を光らせた。月光は闇には弱いが、仲間を照らすことはできる。セレスの角の光が、後続の六人を照らしている。小さな灯台のように。
「セレス。そのまま照らし続けろ」
「うん。──セレスのひかりは、よわい。やみにはきかない。でも──なかまをてらすことはできる。それでいい」
セレスが肩の上で小さく、でも確かに光り続けた。
前方に光が見えた。紫ではない。青白い光。星の苔の光。
「虫におやつをやるのか」
「あげる。パンのかけら」
セレスがエリーのパンをひとかけら、ブーツの上のテンの前に置いた。テンが触覚でパンに触れ、もそもそと食べ始めた。
「食べるのか……虫が、パンを……」
「たべた。テンもパンがすき。セレスのなかま、かくてー」
「パンで仲間認定するのやめろ」
「やめない。セレスのきじゅん」
回廊の闇の中を、七人と一匹が歩き続ける。ルーナの紫の道。セレスの角の光。テンのブーツの上の光。三つの小さな光が、闇の中を進んでいく。