作品タイトル不明
〈回廊への口〉
西の断崖海岸。サーラの洞窟。
前回は洞窟の奥で絵の具を見つけて引き返した。だが星巡りの旅日記に「断崖の奥に回廊の入口がある」と記されていた。サーラの洞窟のさらに奥に、道が続いている可能性がある。
パーティはトワ、セレス、ルーナ、ゼクス、アストレア、タマキ、ハル。七人。リーリアはオルテリアの星読みの塔で翻訳作業の続き。ダリオは海上でルート調査中。
「師匠。前回は宝箱のところで引き返しましたけど、奥に何かあったんですか?」ハルが聞いた。
「あの時は気づかなかった。だが旅日記を読んだ後で見聞録のログを見直したら、洞窟の奥の壁に微弱なエネルギー反応があった。隠し通路の可能性がある」
「見聞録のログって、後から見返せるんですか」
「七千時間分の全ログが保存されてるぞ。過去に通った場所のデータを遡って解析できる」
「七千時間分……容量おかしくないですか」
「サーバーに一番負荷をかけている男だとも言われているな」
サーラの洞窟に入った。壁の落書きが星の光で輝いている。サーラが描いた旅人の絵、星の絵、海の絵。前回見た時と変わっていない。
セレスが壁の絵を見つめていた。
「サーラのえ、まだひかってる。よかった」
「星の塗料だからな。千年経っても消えない」
「せんねんたっても、きえない。サーラのきもちも、きえてないんだね」
宝箱があった場所を通り過ぎて、奥へ進む。洞窟が狭くなっていく。天井が低くなる。横向きにならないと通れない隙間。
「狭い……。アストレアさん、鎧で通れますか」
「通れます。聖騎士は、狭い場所でも通ります」
「矜持の使い方が間違ってないか……?」ゼクスが目を細めた。
隙間を抜けると、広い空間に出た。天然の洞窟ではない。石壁。アーチ型の天井。床は敷石。人工物だ。
「これは……建造物だ。洞窟の奥に古代の構造物が埋まっている」
壁に星の紋章が刻まれている。海底都市と同じ意匠。古代星王朝の建築様式。
そして、正面に巨大な扉があった。高さ五メートル。石の両開き。扉の表面に星の紋章が刻まれ、中央に文字がある。
「リーリアがいれば読めるが……見聞録では翻訳できない。星読みの文字だ」
「スクショして、後で訳してもらいましょう」タマキが提案した。
「いや。待て」
トワが扉に手を触れた。紋章が反応した。だが開かない。何かを要求している。
【星の回廊・西口。入場には「星巡りの靴」の装着が必要です】
「星巡りの靴! ラシードが残した靴!」
トワの足元を見る。星巡りの靴を装備している。靴が淡く光り、扉の紋章と共鳴した。
【星巡りの靴を認証──星の回廊・西口を開放します】
扉が開いた、中から冷たい風が吹き出してくる。
そして同時に、テンが光った。
一回。二回。三回。四回。五回。六回。七回。八回。九回。十回。十一回。十二回。
止まらない。東の星峰の時と同じだ。いや、あの時以上に。テンの甲殻が点滅し続けている。小さな虫の全身が、限界まで警報を発している。
「東の星峰で十回だった。今回はそれ以上。回廊の中に、尋常じゃない闇がある」
扉の向こうを覗き込んだ。暗い。星の苔の光すらない。完全な暗闇。地下水脈のような幻想的な空間ではない。ただの闇。
ルーナがトワの影の中から声を出した。
「……冷たい。この先の闇、すごく冷たい。ソルシアの闇より濃い。大聖堂のセラフの時より濃い。東の星峰の獅子より濃い」
「今まで遭遇した闇の中で、最も濃いと」
「うん。でも……わたしの夜なら、道を作れる。広くはないけど。一本だけ」
「一本で十分だ。道があれば歩ける」
ゼクスが扉の縁に手を触れた。
「この回廊、どれくらいの長さだ」
「旅日記によると、西口から東口まで約二十キロ。途中に中継拠点が三つある」
「二十キロの闇の中を歩くのか」
「歩く」
「正気か」
「正気だ。闇の中を歩くのは初めてじゃない、ソルシアの深層でもやった」
「あの時は、俺の影潜りがあった。ここでは影が使えるかわからない」
「やってみないと、分からないだろ。だったらまずは、歩くだけだ」
「お前のその台詞は、今日で何回目だ?」
「師匠は三回目ですね」
「おいまて、記録するなハル」
「師匠の名言は記録します、導師の仕事です!」
「随分と楽な仕事だな」
セレスがトワの肩の上で、闇の扉を見つめていた。角の光が弱まっている。闇の気配がセレスの力にも影響を与えている。
「トワ、ここくらい。セレスのひかり、よわくなる」
「大丈夫か」
「だいじょーぶ。よわくなるだけ。きえない。セレスはトワのいちぶだから。トワがあるくかぎり、セレスはひかる」
「頼もしいな」
「でも、おやつはほしい。くらいと、おなかがへる」
「暗さと空腹に因果関係はないだろう」
「ある。セレスのてーり」
「定理か。だったら、証明してくれ」
「しょーめい。くらい→こわい→おなかへる。いじょー」
「論理が飛躍しすぎだろ……」
「ゼクスさん。セレスちゃんの理論に反論しても無駄ですよ」タマキが笑った。
「わかっている。だが、突っ込まずにはいられない……」
準備を整えた。タマキの回復薬を全員に配布。浄化薬の予備。高山病対策薬ではなく、今回は闇耐性のバフ薬。タマキが新大陸の素材で開発した新薬。
【星光の耐闇薬を使用しました。闇耐性+25%。効果時間:2時間】
「二時間。回廊は二十キロ。走れば二時間で通過できるが、闇の中で走るのは危険だ」
「歩いたら四時間。薬を追加で飲む必要がある」
「予備は十分にある。だが最初は中継拠点まで行って、状況を確認する。中継拠点までは約五キロ」
「五キロの闇を歩く。一時間ちょっとか」
「ああ。行くぞ」
七人が、闇の回廊に足を踏み入れた。
ルーナの夜が展開された。紺色の光。闇の中に、一本の紫の道が生まれた。幅は二メートル。ルーナの限界。
「この道の上を歩け。道の外に出るな。闇に触れる」
「了解」
一列になって歩き始めた。先頭にトワ。最後尾にゼクス。中間にタマキ、ハル、アストレア。セレスはトワの肩。ルーナはトワの影からに道を維持している。テンはブーツの上で光り続けている。
闇の回廊。ルーナの紫の道だけが、唯一の光。