作品タイトル不明
〈秋深まる〉
水曜日。現実世界。十月半ば。
大学の後期中間試験が近づいていた。冬夜は図書館で教科書を開いている。隣には蓮。向かいに宮瀬。その隣にミコト。四人で勉強会。
「ミコト、お前も来たのか」
「はい。中間テスト前なので……配信は一週間休みます」
ミコトは高校二年生。冬夜たちの大学とは違うが、近くの高校に通っている。テスト期間が重なったので、ミコトが参加したいと声を上げた。最近ゲーム内ではあまり遊べなかった。ちょうどいい機会だろう。
「すみません……わたしその、あまり成績が良くないので、教えていただけたら……」
「気にしないでいい、四人で勉強した方が捗ることもあるだろう」
「あ、ありがとうございますトワさん……!」
「久坂だ。現実では現実の名前でいい」
「はい、久坂さん……!」
皆で教科書を広げる。冬夜は情報工学。蓮は文学部。宮瀬は薬学部。ミコトは高校の数学と英語。
「ミコトちゃん、何の教科がやばいの?」宮瀬が聞いた。
「数学です……配信ばっかりやってて、二次関数が全然わからなくて……」
「二次関数は俺が教えられる」冬夜が言った。
「久坂さんに数学教わるの、なんか緊張します……」
「ゲームの見聞録と同じだ。パターンを見つけて当てはめる」
蓮が笑った。
「宮瀬さんはBCOの素材で薬学のレポート書いてるし、冬夜はBCOの思考法で高校生に数学教えてるし。BCOが学問に侵食してるな」
「侵食じゃない。応用だ」
「ミコトは将来、何やりたいんだ?」蓮が聞いた。
「配信を続けたいです。大学ではメディアコミュニケーションを勉強したくて。VRMMOの配信文化を研究する学部があるって聞いて」
「BCOの配信を学問にする気か」冬夜が言った。
「はい。久坂さんの活動を三年間配信してきたデータがあるので、いつか研究に使えると思って」
「俺は研究対象か……?」
「将来的には、最高の研究対象になると思います」
「同盟はやめろ。ギルドみたいだ」
「ギルドでいいだろ。学術ギルドだ」
勉強会は結局、半分がBCOの話になった。試験前なのに。
だが残りの半分は、ちゃんと勉強した。冬夜がミコトに二次関数を教え、蓮が文章構成を宮瀬のレポートに応用し、宮瀬が有機化学の基礎をミコトに教えた。
「宮瀬さん、教え方うまいです! おかげで、とってもよく分かります!」
「薬師だから。人にわかりやすく伝えるのは得意なのかもしれません」
「ゲームと現実の相互作用ってすごいですね。わたしも配信で培ったプレゼン力が学校の発表に活きてて……」
「ミコトちゃんの配信力が、学校の発表に?」
「はい。三百万人の前で喋ってると、三十人のクラスが楽に感じます!」
「それはいいことだけど、ミコトちゃん。現実とゲームは違うんじゃないか?」
「いや、ミコトはまだ若いからな。適応力があるし、何でもできる」
「俺もお前も若いだろ、なにおっさんみたいなこと言ってんだ」
「高校生からすると、大学生もおっさんだろ」
「うぐっ……やめろよ冬夜、その言葉は俺に効くぜ……」
ミコトが、蓮と冬夜のやり取りを見て笑った。
「蓮さんと久坂さんって、本当に仲いいですよね」
「仲がいいんじゃない、腐れ縁だ」蓮が言った。
「幼馴染って、いいなあ……」
「ミコトさんは、幼馴染いないの?」宮瀬が聞いた。
「いません。引っ越しが多くて。──だから、長く付き合える友達がうらやましいんです」
「じゃあ、わたしたちが長く付き合う友達になろうよ」
「は、はい……! よろしくお願いします……!」
◇
勉強会の後。冬夜と宮瀬が並んで帰っている。蓮とミコトは別方向。秋の夕暮れ。銀杏が金色に染まって、落ち葉がかさかさと音を立ててる。
「久坂くん。ペアリング、できたよ」
宮瀬が小さな箱を取り出した。中に白い樹脂のリング。星珊瑚の形を模したデザイン。小さな突起が珊瑚の枝を表現していて、光に透かすとかすかに虹色に見える。
「三Dプリンターで出力した後に、手作業で磨いたの。一週間かかった」
「一週間か。手間をかけたな」
「久坂くんのためだもん、手間はかけるよ。右手の薬指にはめていい?」
「……ああ」
宮瀬がリングを冬夜の右手にはめた。冬夜のゴツゴツした指に、宮瀬の手作りのリングが収まった。思ったよりフィットしている。
「サイズ、合ってる?」
「合っている。よく測ったな」
「久坂くんが寝てる時に測りました」
「いつ寝た」
「図書館で。先週。レポート書いてる途中で寝落ちしたでしょ。そっと指に、糸を巻いて測った」
「糸を巻いたのか。──気づかなかった」
「気づかれたら台無しでしょ。サプライズなんだから」
二人で歩いた。銀杏並木の下。左手にリングをはめた宮瀬と、右手にリングをはめた冬夜。
「ゲームのアイテムがモデルのペアリングって、わたしたちらしいよね」
「そうだな」
「久坂くん。BCOで出会えてよかった」
「BCOで出会ったわけじゃない、大学で同じ講義を取っていただけだ」
「でもBCOがなかったら、こんなに近くにいなかった。久坂くんはゲームの中の人で、わたしはゲームの外の人のままだった」
「……そうかもしれない」
「だからBCOに感謝してるの。久坂くんの世界に、入り口を作ってくれたから」
銀杏の葉が風に舞った。金色の葉が二人の間を通り過ぎていく。
「セレスちゃんに報告しなきゃ」
「何をだ?」
「ペアリングのこと。セレスちゃんは、わたしの味方だから」
「味方って、何だ」
「わたしが久坂くんの隣にいることを、応援してくれる味方。セレスちゃんはいつも肩にいるけど、わたしが来るとちょっとずれてくれるの。気づいてた?」
「気づいていなかった」
「気づいてなかったんだ。──セレスちゃん、気が利くよね」
次のログインでセレスに確認しよう、と冬夜は思った。たぶん「セレスはトワのいちぶ。タマキもトワのいちぶ。だからセレスとタマキはなかま」とか言うのだろう。いや、絶対に。