軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

〈秋の手紙〉

土曜日。現実世界。十月。

秋が深まっていた。キャンパスの銀杏が色づき始めている。空が高い。講義棟の前のベンチに、落ち葉が積もっている。

冬夜は図書館でレポートを書いていた。隣に宮瀬。いつもの風景。窓の外から、テニスサークルの声が聞こえる。金木犀の匂いが、開いた窓から流れ込んでくる。

宮瀬が、レポートの手を止めた。鞄から封筒を取り出す。

「それは、何だ?」

「手紙だよ、久坂くんに」

「手紙? 隣にいるのに、手紙を書くのか?」

「うん。直接言うのが恥ずかしいことって、手紙の方が言えるから」

「メッセージではダメなのか」

「手書きがいいの。気持ちが伝わるから。活字だと、全部同じ温度に見えちゃうでしょ。手書きなら、震えてる文字とか、力が入ってる文字とか、わかるから」

「……なるほど」

確かに、手書きの文字には温度がある。見聞録のテキストログとは違う。

冬夜は封筒を受け取った。白い封筒に、宮瀬の丸い字で「久坂冬夜さまへ」と書いてある。「さま」の文字が少し大きい。力が入ったのだろう。

「今読んでいいのか」

「帰ってから読んで。ここで読まれたら……恥ずかしすぎて、死ぬ」

「死ぬのは困るな」

「ただの比喩ですー」

「お前が死んだら、パーティの回復が消える。それは全滅を意味するだろう」

「もう、感想がゲーム脳すぎるよ」

封筒をカバンにしまった。レポートの続きを書く。宮瀬が隣で自分のレポートを書いている。だが顔が赤い。手紙を渡した緊張がまだ残っているらしい。ペンを持つ手が、微かに震えている。

「久坂くん」

「なんだ」

「新大陸、楽しいね」

「ああ」

「星珊瑚のアクセサリ、わたしも作ったよ。毎日つけてたら、星属性耐性が15%になった」

「半分まで来たか。あと十五日で上限だ」

「うん。毎日コツコツ育てるの、なんだか楽しい。観葉植物を育てるみたい」

「ゲームの中でも薬草を育て、現実でもアクセサリを育てるのか」

「育てるのが好きなの。何かが少しずつ、成長していくのを見るのが」

「ゲームのキャラクターも成長しているか?」

「成長した。わたしのタマキは、もう初心者の薬師じゃない。新大陸でレシピを開発して、露店で薬を売って、航海士さんたちにも頼られてる。すごいよね。BCOを始めた頃は、回復薬の作り方も知らなかったのに」

「宮瀬が成長したんだ。タマキが成長したんじゃない。タマキを動かしている、宮瀬が」

「久坂くんは、そういうこと言うよね。ゲームとリアルを分けないで、全部ひっくるめて認めてくれる」

「分ける必要がないからな。ゲームで努力したことは、現実でも身につく。逆もそうだ」

「BCOで学んだ調合理論で、薬学のレポート書いてる時点で、久坂くんの言う通りだよね」

「教授は、何と言っていた?」

「『着眼点が独創的だが、もう少し学術的な裏付けを』って」

「妥当な評価だな」

「半分は冗談だけどね。教授も、冗談だって分かって返してくれてるし」

図書館の窓から、夕日が差し込んできた。銀杏の金色と夕日のオレンジが混ざって、図書館の床に長い影を作っている。秋の日は短い。

「そろそろ暗くなるね。帰ろっか」

「ああ」

図書館を出た。キャンパスの通り道。銀杏並木。足元に落ち葉が敷き詰められていて、歩くとかさかさ音がする。

「久坂くん。この銀杏の色、星珊瑚に似てない?」

「似ている。金色の光だ」

「BCOの景色がリアルに見えるようになってきた。金色を見ると星の粉を思い出すし、夜空を見ると双子星を探しちゃう」

「……大丈夫か? 日常生活に支障を来すレベルだぞ」

「久坂くんに言われたくない。七千時間やってる人に」

「……否定できない」

秋の図書館の帰り道。二人で歩いている。宮瀬の右手の薬指に、星珊瑚のアクセサリがある。ゲームの中ではなく、現実で。三Dプリンターで作った自作の珊瑚モチーフのリング。

「それ、自分で作ったのか」

「うん。BCOの星珊瑚をモデルに。虹色にはならないけど、形は似てるでしょ」

「似てる。よくできているな」

「久坂くんにも作ろうか?」

「俺にか」

「ペアリング、お揃いだよっ」

「……考えておく」

「考えておく、じゃなくて、欲しいでしょ」

「……欲しい」

「えへへ……作るね。ちょっと待ってて」

冬夜は窓の外を見た。銀杏の葉が金色に染まっている。BCOの星珊瑚と同じ色だ、と思った。ゲームの色が、現実に滲んでいるようだった。

夜。アパートに帰ってから、宮瀬の手紙を開いた。

部屋の電気をつけて、机に座って。封筒の糊を丁寧に剥がす。便箋が二枚。丸い字。ところどころインクが滲んでいる。書きながら迷った痕跡。何度か書き直した形跡もある。

「久坂くんへ。

付き合い始めて一ヶ月が経ちました。

一ヶ月前、図書館で『一緒に歩きたい』って言った時、心臓が口から出るかと思いました。久坂くんが『一緒に歩こう』って返してくれた時は、耳から蒸気が出ました。たぶん出てました。

毎日が楽しいです。一緒にレポートを書くのも、一緒にBCOにログインするのも、一緒に帰るのも。全部。

久坂くんはいつも『事実を述べただけだ』って言うけど、わたしにはそれが一番嬉しいです。お世辞じゃなくて、本当のことを、本当の言葉で言ってくれるから。

新大陸で、タマキが薬を売ってる時、久坂くんが『お前がいなければ攻略は半分も進んでいない』って言ってくれたこと。覚えてます。あれ、ゲームの中での話だけど、わたしには現実の言葉として聞こえました。

わたしの居場所が、久坂くんの隣にあるんだって。ゲームでも、現実でも。

あと、これは恥ずかしいからゲームの中では言えないんだけど。セレスちゃんがトワさんの肩にいるの、わたしはちょっとうらやましいです。いつもいつも、一番近くにいるから。わたしもあのくらい近くにいたいなって思う時があります。でもリアルではわたしの方がセレスちゃんより近いはずだから、そこはわたしの勝ちです。

これからも一緒に歩いてね。七千時間に追いつくまで。追いついてからも、ずっと。

宮瀬環」

冬夜は手紙を読み終えて、便箋を封筒に戻した。

しばらく天井を見つめた。

セレスよりリアルの方が近いから勝ち、という部分で、少しだけ口元が緩んだ。ゲームのキャラクターに対抗心を持つ彼女も、それを手紙に書いてしまう彼女も、どちらも宮瀬環だった。

スマホを手に取った。

冬夜:「手紙、読んだ」

三十秒後、返事が来た。

宮瀬:「どうだった?」

冬夜:「耳から蒸気は出ていなかった。あの日。確認している」

宮瀬:「そこ!? 感想、そこ!?」

冬夜:「それと、セレスとお前の距離の話だが」

宮瀬:「読んだの!? あの部分!? 恥ずかしいって!!」

冬夜:「お前の方が近い。事実だ」

二十秒、返事が来なかった。

宮瀬:「……ずるい。そういうの、文字で言うのずるい」

冬夜:「お前が先に文字で書いただろう」

宮瀬:「そうだけど! そうだけど!!」

冬夜:「それと」

宮瀬:「まだあるの?」

冬夜:「ありがとう。大事にする」

一分間、返事が来なかった。

そして。

宮瀬:「えへへ」

冬夜はスマホの画面を見て、少しだけ笑った。

手紙を、本棚の一番上の段にしまった。大事なものを置く場所に。BCOの攻略メモと、蓮にもらった誕生日のカードと、同じ棚に。