作品タイトル不明
〈海底都市〉
星珊瑚の浜。早朝。
ダリオの船が沖合に浮かんでいる。今日は海底都市の探索だ。
「メンバーは?」
「俺のチームから四人。お前の方は?」
「俺、ゼクス、タマキ、リーリア。四人だ」
「リーリアちゃんも潜るの?」
「海底都市は、専門外だからな。現地で案内できる人間がいないと、話にならない」
「なるほど。案内人込みのパーティか、頭いいな」
セレスがトワの肩の上から抗議した。
「セレスは、いかないの?」
「お前は前回びしょびしょになって、嫌がっていただろう」
「いやがってない。せんりゃくてきてったいしただけ」
「戦略的撤退って言葉、どこで覚えた」
「ゼクスがおしえてくれた」
「おい、余計な言葉は教えるなよ」
「余計な言葉とはなんだ、余計な言葉とは」
セレス、ルーナ、ハル、アストレアは陸上待機。
リーリアが潜水装備を渡された。ヘルメットを被ろうとして、髪が邪魔で入らない。
「あっ、入らない。髪が……」
「まとめろ。ダリオ、ゴムはあるか」
「あるぞ。ほら」
リーリアが髪を無造作にまとめてヘルメットを被った。
「初めての潜水装備……なんか、重いたね」
「水中に入れば浮力で軽くなる。最初だけ我慢しろ」
「随分と命令口調なんだんえ。……嫌いじゃないけど」
テンはトワのブーツにいるが、水中でも問題ないらしい。甲虫の甲殻が水を弾いている。
「テン、防水仕様なんだ」ハルが感心した。
星海の呼吸薬を全員が飲んだ。
【水中行動可能時間:105分】
「百五分。前回の倍以上あるし、余裕を持って探索できるな」
「タマキさんの薬に感謝だな。航海士ギルド全員が感謝してるよ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、頑張った甲斐があります」
覚悟を決めて、トワたちが海に飛び込んだ。
◇
海底。水深八十メートル。
前回の海底星殿よりも深い。だが呼吸薬のおかげで余裕がある。
そして、見えた。
海底都市。
城壁に囲まれた都市が、海の底に沈んでいる。建物は石造り。屋根が丸い。ナハルのオアシス都市に似ている。ただし規模が違う。ナハルの三倍はある。
「でかい……」ダリオが泡を吐きながら呟いた。
「これが、丸ごと海底に沈んだのか。天変地異でも起きたのか」
城壁の門に文字が刻まれている。トワが見聞録で解析した。旅人の文字ではなかった。
「『星読みの文字』だ。俺の見聞録では翻訳できない。リーリア、読めるか」
リーリアが城門に近づいた。潜水装備の中で目を細めて、文字を読んでいく。
「読める。……『星海の学都アビス。知を求める者よ、ここに入りなさい。ただし、知は与えられるものではなく、自ら掴むものである』って書いてある」
「学都か……海底は、学術都市だったんだな」
「リーリアちゃんを連れてきて正解でしたね」
タマキが言った。
「リーリアがいなければ、ここの文字は読むことすらできませんでした」
城門は開いていた。都市の中に入る。
【海底星都アビスに入場しました】
【アストラム踏破率:37.1%】
リーリアが足を止めた。水中で、都市の全容を見回している。
「すごい……わたし、文献でしか知らなかった。古代星王朝の学術都市が、本当にあったんだ。しかもこんなに大きい……オルテリアの十倍はある」
「知っていたのか、この都市のことを」
「文献ではね。でも、場所がわからなかった。海に沈んだって伝承はあったけど、どの海かわからなくて。ダリオさんが見つけてくれなかったら、永遠にわからなかったかも」
「情報は、繋がるんだ。旅人が歩いて、航海士が泳いで、星読みが読んで。一人では辿り着けない場所に、三人なら届く」
リーリアが頷いた。ヘルメットの中で、額の紋章が強く光っている。表情こそ淡泊だけど、一応興奮しているらしい。
「海底星都アビス。名前にアビスがつくのか」ゼクスが眉を上げた。
「アビスは深淵の意味もあるが、単に『深い場所』の意味かもしれない。決めつけるのは早いな」
都市の中を探索する。建物は無人。千年以上前に放棄されたらしい。だが、保存状態は驚くほどいい。海水が劣化を防いでいるのか、壁画も装飾も鮮明に残っている。
そして、ダリオが言っていた「NPCらしき反応」。
都市の中央広場に、光の球体が浮かんでいた。直径一メートル。水中で、輝いている。
「あの光は、何だ?」
「さあな、近づいてみよう」
光の球体に手を触れた。
【海底星都の管理者と接触しました】
【通信を開始しますか?──「はい」】
光の球体が、声を発した。
「来訪者よ。この都市が沈んでから、とても長い時間が経ちました」
老人の声。穏やかで、疲れている。グランやヴィアと同じ雰囲気。
「あなたは……?」
「この都市の管理者です。かつてはここに住んでいましたが、今は管理装置の中に意識だけが残っています」
「この都市は、何のために作られたんだ?」
「星の力の研究都市です。この大陸で最も進んだ文明がありました。光と影と夜と星、四つの力の関係を研究する学術都市でした」
四つの力の研究。光、影、夜、星。深淵の研究とは違う。世界を構成する力の研究。
「研究の成果は残っているか」
「図書館に。この都市の中央図書館に、全ての記録があります。ただし、図書館の鍵は管理者の認証が必要です。わたしが鍵を開けましょう。あなたは……旅人のようですね」
「わかるのか?」
「見聞録を持つ者は、この世界では旅人だけです。あなたの見聞録が、わたしの管理装置に触れた時にわかりました」
「なるほど。とりあえず、全ての記録があるという、その図書館に行きたい」
「案内します。ただし、注意を。図書館には『守護者』がいます。古い自動防衛装置です。わたしにも、止められない存在だ」
「『守護者』か……大聖堂のセラフと同じようなものか」
「あれと似ていますが、こちらの方が小さい。その代わりに、数が多い」
数が多い。嫌な予感がする。
「多いとは……具体的に、何体だ?」
「最後に確認した時は、百二十八体でした」
「百二十八体!?」ダリオが声を裏返した。
「水中で百二十八体の自動防衛装置と戦うのか」ゼクスが目を細めた。
「全部倒す必要はない、図書館まで到達できればいいんだ。すり抜ける方法を考えてみる」
トワは見聞録で都市の構造を解析し始めた。水中行動可能時間は残り八十七分。図書館までのルートを割り出す。
「最短ルートは中央通りだが、守護者の密度が一番高い。迂回ルートなら密度は低いが、時間がかかる」
「どっちにする」
「どちらでもない、第三のルートだ」
見聞録で都市の排水路を発見した。建物の地下を走る水路。守護者は建物の中にはいるが、排水路にはいない。
「排水路を使う。建物の地下を這って、図書館の真下に出る」
「排水路って、水中都市の排水路は、何を排水するんだ……?」ダリオが首を傾げた。
「沈む前は、陸上だったんだ。排水路は、沈む前の設備だろう」
「なるほど。昔は陸の都市だったのか」
排水路に潜入。暗い。狭い。でも、守護者がいなくて安全だ。見聞録のセンサーで道を選びながら、図書館の地下まで進んだ。
排水路の天井に、開閉可能なハッチを見つけた。図書館の床下に出るはず。
「ここだ、上がるぞ」
ハッチを開けた。図書館の床が見える。静かだ。守護者の気配は。
テンが光った。一回。微弱。守護者はいるが近くにはいない。
「テンの反応は微弱……この部屋には守護者がいない、安全だ」
「虫が偵察してくれるの、ほんと便利だな」ダリオが感心した。
図書館の内部。水中にもかかわらず、本が腐っていない。特殊な保存魔法がかかっている。
棚に並ぶ書物の背表紙を見聞録で読む。「星の力の基礎理論」「四属性の均衡について」「古代星王朝の歴史」。学術書が数百冊。
「これは宝の山だな。蓮が見たら卒倒しそうだ」
「全部、持ち帰れそうか?」
「無理だ、数が多すぎる。重要なものだけ選ぶ。――それと、管理者に写本の許可をもらう」
管理者の光球体が図書館にも端末を持っていた。再び彼と通信する。
「書物の持ち出しは許可できません。ですが、見聞録で内容を記録することは構いません」
「ありがたいな。時間の許す限り、記録させてもらおう」
見聞録で書物を片っ端からスキャンしていく。一冊三十秒。残り時間六十二分。百冊以上は記録できる。
その中に一冊だけ、他とは異なる本があった。……背表紙が黒い。
手に取ると、テンが二回光った。中程度の【闇】の反応。
「【闇】の本が混ざっている。【深淵】に関する研究書か」
開いた。中身は星読みの文字で書かれている。見聞録では翻訳できない。
「リーリア、この本を読んでくれ」
リーリアが本を覗き込んだ。ページをめくる手が、途中で止まった。
「これ……【深淵】について書かれてる。古代の星読みが、【深淵】の根の観測記録を残してたんだ。根がどこから来て、どう広がっていくか。どの季節に活発になるか。……すごい、こんな記録が残ってただなんて」
「それは、重要な内容か?」
「すごく重要。【深淵】の根は季節によって活動量が変わるって書いてある。秋から冬にかけて活発化するらしい。今が、まさにその時期だよ」
「秋から冬に活発化……。今、新大陸に【闇】が出始めているのは、季節的な要因もあるのか」
「たぶん。この本があれば、根の活動をある程度予測できるかもしれない」
「全ページスキャンする。後でじっくり解読してくれ」
「うん。任せて」
【水中行動可能時間:残り18分】
「そろそろ時間だ、撤収する」
「了解。十分な収穫だな」ダリオが親指を立てた。
排水路を戻り、都市を出て、海面に浮上した。残り時間三分。ギリギリではなく余裕を持って帰還。前回の反省が活きている。
船の上でダリオが大の字に寝転がった。
「はー、疲れた。でもすげえ収穫だ。海底都市の図書館の中身を百冊スキャン。これ、BCOの歴史に残る探索だろ」
「歴史に残るかどうかは知らないが、有用な情報は大量に得た」
「トワさんの見聞録スキャン、速すぎて動画みたいでしたね。一冊三十秒って」
「水中だから、少し遅くなった。陸でなら、十秒以内に終わらせられる」
「あの……トワさんって、何ができないんですか?」
「俺が何が不得意かは、タマキの方がよく知っているだろ」
「確かに、気持ちを伝えるのは不得手ですよね」
「ゲームにリアルの話を持ち込むな」
「先に持ち込んだのは、トワさんの方ですよ」
「……」
「トワ、まけ。ろんぱ」
「セレス、今日のおやつはなしだからな」
「だめ! それだけは、ぜったいに、だめぇ!」
セレスがぐいぐいとトワの襟を引っ張る中、タマキの笑い声が聞こえた。