作品タイトル不明
〈露店通り〉
ダリオとの合流まで一日ある。その間に、ナハルのオアシス都市に戻った。
ナハルは、一週間前とは別の街になっていた。
プレイヤーの露店が、大通りの両側にびっしりと並んでいる。新大陸の素材、料理、装備、アクセサリ。プレイヤー間取引が本格化して、ナハルが新大陸最大の商業都市になりつつある。
「すごい……露店が、百軒以上ある」
タマキがまじまじと見つめた。
「一週間前は、十軒もなかったのに」
「BCOプレイヤーの適応力は速いな」
ゼクスも露店を見て回っている。
「星の粉の相場が先週の半分に下がっていますね。全員に行き渡るのはいいことです、供給が増えたのでしょう」
「あ……タマキさんだ!」
露店の一つから、声がかかった。薬師プレイヤーだ。タマキのレシピを使って、星果実のジャムを売っている。
「タマキさんのレシピ、めちゃくちゃ売れてます! ありがとうございます!」
「よかった。みんなに使ってもらえて」
「あの、新レシピとかあったりします……?」
「さっき一つ作りました。星海の呼吸薬。潜水時間を延長する薬です」
「潜水時間延長!? レシピ、教えてもらえますか!?」
「もちろん。材料は星珊瑚の欠片と星の粉と星の雫。星の雫は海底星殿でしか取れないので、航海士さんに頼んでください」
「航海士との連携が必要なのか……異業種コラボみたいだ」
「MMOってそういうものですよ」タマキが笑った。
露店通りを歩いていると、さまざまなプレイヤーの「商売」が見えてきた。
武器鍛冶師が星鉱石の武器を売っている。防具職人が星珊瑚のアクセサリを販売している。料理人が新大陸の食材で作ったバフ料理を並べている。情報屋がモンスターの弱点情報を有料で売っている。
ゼクスが武器屋の露店で足を止めた。
「この短剣。──星鉱石製か。悪くない造りだ」
露店主の鍛冶師プレイヤーが反応した。
「お客さん、見る目がありますね! 星鉱石を月光の砥石で研いで、星の粉で刃紋を入れてるんです。ATK+720で、星属性付与!」
「なに……その性能は、見過ごせないな」
この謳い文句につられて、ゼクスが短剣を買った。3,500G。影属性の短剣と使い分けるつもりらしい。
「ゼクスさん、武器二本持ちですか」ハルが聞いた。
「場面によって使い分ける。影が効く相手には影の短剣、星属性の相手にはこっちだ。お前だって杖殴打と導師スキルを使い分けてるだろう」
「杖殴打はスキルじゃなくて、ただの苦肉の策ですよ……」
アストレアが防具職人の露店を覗いていた。星珊瑚のブレスレット。聖騎士の腕にはめると、祈りのスキルに星属性が上乗せされるらしい。
「聖属性と星属性の複合祈り……これは、深淵対策にもなるかもしれません」
「アストレアさんも買い物ですか」と、タマキ。
「経費です。聖騎士としての装備投資です」
「Excelで経費精算でもするんですか?」
「そうです、経費を……って、すみません。リアルの癖が出てしまいましたね」
NPC側の露店も賑わっていた。ナハルの住人たちが、プレイヤー向けに地元の特産品を売り始めている。星砂のガラス細工、香辛料、布地。NPCとプレイヤーの経済圏が融合し始めている。
町の長老がトワに声をかけてきた。
「旅人さん。お前さんたちが来てから、この街は随分と賑やかになったなあ。──昔を思い出すよ。星巡りの旅人がいた頃もこうだった」
「賑やかすぎて、困っていないか?」
「困るもんか。人が集まるのは良いことだ。──お前さんが歩いた道に、人が集まる。昔の旅人もそうだった。道を切り開く者の後ろには、いつも街ができる」
「だったら良かった。邪魔にならないのなら、落ち着いて旅ができる」
通りを歩いて行くと、ふとある商店に目が留まった。
「情報屋まで出てるのか」ゼクスが足を止めた。
「見てください。『星纏い猿の攻略法:500G』って書いてありますよ」ハルが看板を読んだ。
「それ、師匠が無料で教えてた情報ですよね。果物でリーダーを釣るやつ」
「直接聞けば無料。情報屋から買えば500Gか」
「師匠がフォーラムに載せないから、こういう商売が成立するんですよね」
「そう言うな。俺が全部公開すれば、情報屋は廃業だ。需要がある以上、それなりに必要な商売なんだろう。それに、自分の足で稼いだ情報で商売するのは、立派な冒険者の生き方だ」
ハルが少し考えて、頷いた。
「なるほど……これもまた、BCOのいいところなんですね!」
「わかるようになったな」
「師匠に鍛えられましたから」
情報屋の隣に、もう一軒の露店があった。「ガイドサービス:星砂の砂漠案内 1時間800G」。プレイヤーが他のプレイヤーをガイドするサービスだ。
「ガイドまで商売にしてるのか。すごいな」
「トワさんがやったら大繁盛ですよ。『トワさんのガイドツアー:全エリア踏破者が案内する新大陸!』とか」
「やらない」
「ですよね」
「俺は旅人であって、ガイドではない。──が、このガイドのプレイヤーは偉いな。自分が歩いた知識を、他人のために使っている」
「トワさんが言うと、重みがありますね。情報は隠すけど、情報を使う人は認める」
「隠しているんじゃない、見つけ方を教えないだけだ」
「それを隠すって言うんですけどね、普通は」
露店の一角に、タマキが陣取った。即席の薬屋を開く。今回の目玉は「星海の呼吸薬」。
看板を出した瞬間、行列ができた。
「潜水時間延長薬!? 海底探索が捗るぞ!」
「航海士ギルドが欲しがるやつだ!」
「タマキさんの薬は、いつも最先端だな」
「価格は?」
「一本1,200Gです! 材料が希少なので!」
「高い! 高いが……でも買う!」
「俺もだ! 10本くれ!」
「ちょっと、ひとりひとつでしょ!?」
「露店は早い者勝ちだ、お行儀良くなんて通じないぜ!」
タマキが忙しく薬を売りながら、嬉しそうに笑っている。
「トワさん。わたし、思うんですけど」
「なんだ?」
「薬師って、戦闘では地味じゃないですか。でも、こうやって薬を作って売って、みんなの冒険を支えるのも、すごく大事な仕事だなって」
「大事だ。お前がいなければ、この大陸の攻略は半分も進んでいない」
「半分も、は言い過ぎですけど。でも、ありがとうございます。そう言ってもらえると、薬師を選んでよかったって、本当に思います」
「俺も、お前が薬師でよかったと思っている」
「……えへへ」
「ゲーム内でリアルの癖を出すな」
「えへへは癖じゃないです。感情表現ですっ」
その日、トワは遅くまでタマキの薬売りを手伝った。
あまりに飛ぶように売れるため、今後の資金面にはしばらく困らなそうだった。