作品タイトル不明
〈終わりの山〉
南の星峰。標高四千メートル。
北の五千メートル、東の七千メートルに比べれば低い。だが「終わりの山」と呼ばれるだけの理由が、すぐにわかった。
この山には──モンスターがいない。
一体も。
登山道は整備されている。石段が頂上まで続いている。──だが、人の気配がない。NPCもプレイヤーも。トワたちだけ。
「モンスターが──いない」ゼクスが周囲を警戒した。「罠か?」
「罠じゃないよ」リーリアが首を振った。「南の星峰は──聖域なの。モンスターも、闇も、入れない。星の結界で守られてる」
「結界で、モンスターごと排除しているのか」
「排除じゃなくて、ここは星の力が特別に強い場所。モンスターが近づけないほど。──だからこそ、旅人が自分と向き合える場所になってる」
テンが光らない。闇の気配がゼロ。完全に安全な場所。テンがブーツの上で眠り始めた。安心しきっている。
「テンまで寝てる……」ハルが笑った。
「安全すぎて、警戒する必要がないんだろう」
石段を登る。一段一段。四千メートルだから高山デバフはあるが、東の七千メートルに比べれば軽い。タマキの対策薬で十分対処できる。
問題は、静けさだった。
音がない。風の音すらない。自分の足音と、息遣いだけが聞こえる。仲間の気配も、なぜか薄い。
「師匠。なんか、静かすぎませんか」ハルが不安そうだ。
「ああ、異常なほど静かだ」
標高二千メートル。三千メートル。石段を登るにつれて、仲間の声が遠くなっていく。隣にいるのに、声が薄い。
「トワ。セレスのこえ、とおくなってく」セレスが耳を押さえた。
「俺も……お前たちの声が遠い。だが、姿は見えている」
「見えてるけど……聞こえにくい。この山、なにかしてる」
標高三千五百メートル。仲間の声が、ほとんど聞こえなくなった。
隣にいる。見える。だが──声が届かない。まるで、一人で登っているような感覚。
【南の星峰の効果:「孤独の道」──標高が上がるにつれ、仲間の声が届きにくくなります】
「孤独の道──!? システムで、声を遮断してるのか!?」
「チャットも……繋がらない」ゼクスが確認した。「外部のVCも不可。──完全に孤立させる気だ」
「リーリアが言っていた。自分自身と向き合う山。仲間の声が届かない場所で、自分の内面と対峙させる。──それが、この山の試練か」
全員が、互いの顔を見た。声は聞こえないが、表情は見える。
タマキが、口パクで「大丈夫」と言った。
ハルが、杖を握って頷いた。
ゼクスが、黙って歩き出した。
アストレアが、聖剣に手を触れて、目を閉じた。
セレスが、トワの襟をぎゅっと握った。
トワは、歩いた。
◇
標高三千八百メートル。
完全に、一人だった。
仲間がすぐ後ろにいるはずだが──振り返ると、姿が霞んでいる。声は聞こえない。セレスの角の光は見えるが──温かみが感じられない。
一人。
七千時間の旅で、この感覚は初めてではなかった。
始まりの町で二年間、一人で歩いていた頃。グランの扉を見つけるまでの長い時間。誰にも理解されず、誰とも話さず、ただ歩いていた。
あの頃の──孤独。
思い出す。食堂で一人で飯を食っていた大学生活。蓮以外の友人がいなかった日々。人付き合いが苦手で、言葉が下手で……ゲームの中でも最初は一人だった。
孤独だった。本当に。
だが──
足元で、テンが光った。一回。
闇の警告ではない。ただの一回。テンはここに闇がないことを知っている。この光は、「ここにいるよ」の光。
肩の上で──セレスの角が、ぽわっと光った。声は聞こえない。だが、温かい。
影の中で──ルーナが、トワの足に触れた。冷たいけど、そこにいる。
「……」
一人じゃない。
声が聞こえなくても。姿が見えなくても、ここにいる。肩に、影に、足元に。そして後ろを歩いている、六人が。
孤独の道は、一人で歩く道ではなかった。仲間がいても孤独を感じる。その孤独と、どう向き合うかの道だった。
冬夜は歩いた。一歩ずつ。
始まりの町で二年間歩いたのと同じように。だが、あの頃とは違う。あの頃は、孤独が全てだった。今は孤独の中にいても、温かいものが残っている。
標高四千メートル。──頂上。
声が、戻った。
「トワ!」セレスの声が、耳に飛び込んできた。「きこえるーー? トワのこえーー!」」
「聞こえる、お前の声も」
「こわかった。こえがきこえなくなって、でも、トワのかた、あったかかったから、だいじょうぶだった」
「ああ、俺も大丈夫だった」
仲間が、次々に頂上に到着した。全員の声が戻る。
「師匠、無事ですか!」ハルが駆け寄ってきた。
「無事だ」
「わたし、途中で泣きそうになりました。声が聞こえないのが……こんなに怖いなんて」
「怖かったか」
「怖かったです。──でも、師匠の背中が見えてたから。ずっと前を歩いてる背中が。だから、歩けました」
タマキが目を赤くしていた。
「トワさん、わたしも怖かった。でも、ブーツの上のテンが光ってるのが──前から見えて。ああ、トワさんはちゃんとここにいるんだって」
「テンの光が……」
「うん。テンの光が、灯台みたいでした。あの光を目指して歩いたら、頂上に着いたんです」
テンが三回光った。闇の警告ではない。テンなりの「どういたしまして」なのかもしれない。
頂上に祭壇があった。三つ目の星の欠片。
【星の欠片(南)を発見しました】
手を触れる。──今までの二つとは、感触が違った。北は温かかった。東は熱かった。南は──柔らかい。包み込むような温度。
【星の欠片(南)を入手しました】
【星の欠片:北(済)・東(済)・南(済)──全て揃いました】
【古代星王朝の遺跡・試練の扉が開放されます】
「三つ……揃った」
頂上からの景色。南の星峰からは──海が見える。来た方角の海。表の世界に繋がる海。
「ここからだと、帰り道が見えるんですね」アストレアが呟いた。「来た道と──これから行く道の、両方が」
「終わりの山は……振り返る場所でもある、ってことか」ゼクスが海を見つめた。
「振り返って、確認する場所。自分が歩いてきた道を、自分が何を得てきたかを」
トワは振り返った。
北に東の星峰が聳えている。七千メートルの頂。あそこで闇星獅子を浄化した。
西にオルテリアとナハルの街が見える。リーリアと出会った場所。ダリオと取引した場所。タマキが露店を出した場所。
東に海。港町。表の世界に繋がる海路。始まりの町。グラン。カレン。ヴィア。エリー。──全ての出発点。
「随分と、歩いてきたな」
「トワ。いっぱいあるいた」
「ああ、まだ歩く」
「うん、まだあるく」