作品タイトル不明
〈予兆〉
東の星峰から帰還した翌日。オルテリアで休息を取っていた。
七千メートルの登山と闇星獅子の浄化で、全員が消耗していた。タマキが高山病を治す薬を全員に配り、ハルがベッドで爆睡し、ゼクスが宿の隅で短剣の手入れをしている。
トワはオルテリアの広場のベンチに座っていた。セレスが膝の上で丸くなっている。テンがブーツの上で触覚をぴこぴこさせている。──平穏な朝だ。
しかしこの頃、フォーラムは騒然としていた。
【緊急・重要】新大陸の闇汚染まとめ【全プレイヤー必読】
──「星花の里の黒い花。東の星峰の闇モンスター。海底星殿の壁画の根。全部繋がってるな」
──「深淵の根が新大陸にも伸びてる。これはソルシアやルミナリアと同じ現象か」
──「トワが東の星峰で闇の守護獅子を浄化したらしいが……他の山にも闇が来てるかもしれない」
──「南の星峰は、大丈夫なのか?」
──「まだ、誰も南の星峰に到達してない。トワが行くまで待つしかない」
──「トワ頼みかよ」
──「トワ頼みじゃない。俺たちにもできることがある。──星花の里みたいに闇が地上に出た場所を見つけたら、浄化薬で封印できるんだろ?」
──「タマキさんの浄化薬の作り方を教えてほしい」
──「タマキさんがナハルの露店でレシピ公開したぞ。材料は、星の粉と陽光のポーション」
──「マジか。作るわ」
──「全プレイヤーで、黒い花を見つけ次第封印しようぜ」
プレイヤーたちが、自発的に動き始めていた。トワが全てを解決するのを待つのではなく、自分たちにできることをやる。浄化薬を作り、巡回し、黒い花が咲いたら封印する。
「ヴェノムから連絡が来てる」蓮がチャットを転送してきた。
ヴェノム:「ソルシアの第一の穴の周辺も、闇の活動が活発化している。旅人の集いのメンバーで監視を強化した。──新大陸だけじゃない。世界中で同時に起きている。急いだ方がいい。根の活動が──少しずつ、強くなっている」
まだ時間はあるが、その時は迫っている。
◇
リーリアが星読みの塔から降りてきた。
「トワ。今日も星の配列を読んでみたの。南の星峰について」
「何がわかった?」
「南の星峰は、北や東とは違う。闇の汚染は……今のところ、ない」
「汚染がない?」
「南の星峰は標高四千メートル。北の五千メートルや東の七千メートルより低い。──深淵の根は、高い場所から先に到達する。低い山にはまだ届いていない」
「つまり、南は安全か」
「安全だと思う。──でも、別の問題がある」
「別の問題?」
「南の星峰は、地元の人たちにとって聖地なの。星巡りの旅人たちが最後に登る山。『終わりの山』と呼ばれてる」
「終わりの山──」
「北が『始まりの山』、東が『試しの山』、南が『終わりの山』。三つの山には、それぞれ意味がある。南は旅の終わりに、自分自身と向き合う山」
「自分自身と向き合う、か」
「戦闘じゃない試練があるかもしれない。──星が、そう言ってる」
戦闘ではない試練。──知の試練でも力の試練でもない。自分自身と向き合う試練。
「どんな試練かは、行ってみないとわからないか」
「わからない。──でもトワ、一つだけ」
「なんだ」
「南に行く前に、少し休んでね。東の山で、無茶したでしょ。HP48まで削られたって、タマキさんが怒ってたよ」
「タマキが告げ口したのか」
「告げ口じゃないよ。心配したの。──トワは休まないから、みんなが心配するの」
セレスが膝の上で目を開けた。
「セレスも、しんぱいした。トワ、むちゃしすぎ」
「お前は寝ていただろう」
「ねてても、しんぱいできる」
「寝ながら心配するのか」
「する。セレスのとくぎ」
テンがブーツの上で一回光った。同意のつもりらしい。
「虫にまで心配されるとはな……」
「テンもなかま。なかまは、しんぱいするの。あしたまで、やすんで」
「……わかった。明日まで休む」
「やくそく」
「約束だ」
◇
その夜。──現実世界。
冬夜のアパート。スマホが鳴った。宮瀬からのメッセージ。
宮瀬:「ねえ久坂くん。明日の午後、空いてる?」
冬夜:「空いている。──ゲームは明日休むと約束した」
宮瀬:「約束? 誰と?」
冬夜:「セレスと」
宮瀬:「精霊と約束してゲームを休む彼氏……笑」
冬夜:「笑うな」
宮瀬:「笑うよ。──じゃあ明日デートしよ」
冬夜:「どこに行く」
宮瀬:「水族館。星海鯨のスクショ見てたらk、本物の海の生き物が見たくなった」
冬夜:「ゲームがきっかけで水族館に行くのか」
宮瀬:「いいじゃん。久坂くんと行きたいの」
冬夜:「わかった」
宮瀬:「えへへ」
トワは肩の力を抜いて、現実の空の見上げた。
星がたくさん出ている、いい夜空だった。