作品タイトル不明
〈黒い花〉
ナハルに戻ると、ログインしていたたハルとアストレアが待っていた。
「師匠! 大変です!」
「どうした?」
「オルテリアのリーリアから連絡がありました。東の星峰に向かう街道に、見たことのないモンスターが出現したって」
「見たことのない──?」
「星属性じゃないんです。──リーリアが言うには、黒いモンスターだって」
黒いモンスター。嫌な予感がした。
「詳しく聞かせろ」
「オルテリアの東にある中継集落……『星花の里』。そこの畑が、一夜で枯れたそうです。畑の跡に……黒い花が咲いていたって」
「黒い花……」
「NPCの住人が怯えてるみたいです。見たことのない花で、触ると冷たいとか、何とか……」
冷たい。──【闇】の冷たさ。
トワは、走った。
◇
『星花の里』──オルテリアの東、東の星峰に向かう街道沿いの小さな集落。
着いた時、集落は騒然としていた。NPCの住人たちが畑を取り囲んでいる。そして──
畑に、黒い花が咲いていた。
星の光を帯びた作物が全て枯れて、その跡に真っ黒な花が咲いている。花弁が光を吸い込んでいる。周囲の空気が──冷たい。
「やはり……この花は」
トワが見聞録を起動した。──解析結果。
【不明な植物体。属性:不明(「闇」に類似)】
【周囲の星属性エネルギーを吸収して成長している】
【警告:この植物は深淵の根から養分を得ている可能性があります】
「【深淵】の根──! 海底の壁画に描いてあったやつだ」
「ここにも、【闇】が来てるのでしょうか……」タマキが顔を強張らせた。
「来ている。海底だけじゃなかった。陸にも、根が地下を通って──地上にまで顔を出し始めている」
黒い花の周囲に──モンスターがいた。
【 闇花(やみはな) の 蟲(むし) Lv?? HP:??? ×5体】
レベルもHPも表示されない。見聞録でも読めない。これは──【闇】のモンスターだ。
「見聞録が、効かない。間違いない……闇側の存在だ」
蟲──昆虫型のモンスター。黒い甲殻。星の光を帯びていない。BCOの世界にあってはならない属性のモンスター。
「師匠! 星属性じゃありませんが……これ、ソルシアの【闇】と同じですか!?」
「同じだ、同じ【闇】属性。光も影も効かない。──ルーナ」
「ん……呼んだ?」
ルーナがトワの影から飛び出した。
「夜の力で、消せるか」
「やってみる」
ルーナの夜が展開された。半径五十メートル。──闇花の蟲が、夜に包まれた。
蟲が──動きを止めた。夜に反応している。……だが、ソルシアの闇とは違う反応だった。夜に包まれても──消えない。弱くもならない。
「消えない──!? ルーナちゃんの夜が効かないのですか!?」
「……おかしい。夜は【闇】を飲み込むはずなのに……この【闇】は、夜に馴染んでいる。飲み込めない」
星属性が混ざっている。ソルシアの純粋な【闇】ではなく、星の力を吸収した【闇】。星と【闇】のハイブリッド。ルーナの夜は純粋な【闇】には効くが──星の闇には、効果が薄い。
「新種の闇か──!」ゼクスが舌打ちした。
「属性の掛け合わせだ。【闇】が星のエネルギーを吸って変質している。ルーナの夜だけじゃ足りない」
「じゃあ、どうするんだトワ」
トワは影銀形態でも夜銀形態でもなく、白銀のまま剣を構えた。
「弱点を探す。──見聞録が効かなくても、目で見る」
蟲の動きを観察する。三秒、五秒──見えた。
甲殻の隙間に──星の光が一瞬だけ漏れる場所がある。闇に覆われているが、中に星の光が閉じ込められている。星と闇が混ざっている──その境界面が、最も脆い。
「甲殻の……右の付け根。星と闇の境界面、そこが脆い」
「見聞録なしで、弱点を──!?」
「目で見た。──七千時間は伊達じゃない」
踏み込んだ。白銀の剣で──甲殻の右の付け根を突いた。
亀裂が走った。甲殻が割れ、中から──星の光と闇が同時に漏れ出す。
「今──! ルーナ、【闇】だけを食え! セレス、星の光を受け止めろ!」
「わかった!」
ルーナの夜が、漏れ出した闇の部分だけを飲み込んだ。セレスの月光が、残った星の光を受け止め、中和した。
闇と星が分離された瞬間、蟲が崩壊した。
【闇花の蟲──討伐】
「倒した──!」
「まだだ。まだ一体……残り四体だ」
同じ手順で、一体ずつ処理していく。甲殻の境界面を見つけ、白銀で割り、ルーナとセレスが闇と星を分離する。
だが、一体ごとに、【闇】の濃度が上がっていた。最後の一体は甲殻が完全に【闇】で覆われて、星の光がほとんど見えない。
「最後の一体……弱点が見えない。【闇】が濃すぎる」
「師匠、これはいったいどうしたら……!」
「待て。──別のアプローチだ」
トワは、【記憶干渉】を使った。
蟲に手を触れる。闇に触れる。──冷たい。だが、怯まない。
記憶干渉の第三段階。──蟲の「元の記憶」を読む。この蟲は、元は星属性の普通のモンスターだった。【闇】に汚染される前の記憶が──残っている。
【記憶干渉:対象の本来の属性記憶を復元中──】
蟲の【闇】が揺らいだ。本来の星属性の記憶が──【闇】を内側から押し返し始めた。
「元に戻りかけている! 今だ!」
セレスが月光を当て、ルーナが闇を食い、トワが白銀で境界面を叩いた。三段連携。
最後の蟲が倒れた。だが……倒れた蟲の体内から、星の光が残った。小さな虫が……闇のない本来の姿で、地面に転がっている。
「死んでない。闇を剥がしたら、元の虫に戻ったな」
「殺さずに……闇だけを除去したんですか」タマキが驚いた。
「【記憶干渉】で元の属性を思い出させた。──ルーナの時と同じ原理だ」
「モンスターにも……名前を呼ぶように、記憶を思い出させるんですね……」
元に戻った虫が、てくてくと畑の跡を歩いて行った。
だが、黒い花はまだ残っている。花の根が──地中に深く伸びている。
「花は、モンスターとは違う。【闇】の根そのものだ。──【記憶干渉】では除去できない」
「じゃあ、引っこ抜くか?」
「やめろ。根を無理に引くと、【深淵】が反応する可能性がある。大聖堂のセラフの時と同じだ」
「じゃあ──放置するのか、この花を」
「今は、封印する。タマキ、浄化薬で花の周囲を囲めるか。成長を止めるだけでいい」
「やってみます──!」
タマキが浄化薬を花の周囲に撒いた。薬の効果で、花の成長が止まった。枯れてはいないが、広がりもしない。一時的な封印。
「これで、当面は大丈夫だな。もちろん、根本的な解決にはならないが……」
「根本的な解決は……【深淵】の根を断つことか。つまり、【深淵】に行くこと」
「ああ、できるだけ急ぐ必要が出てきた」
黒い花が、新大陸にも現れた。【深淵】の根が世界中に伸びている。ソルシアの第一の穴。ルミナリアの大聖堂。そして──新大陸の星花の里。
トワは忌ま忌ましげに、BCOにはびこる【闇】を睨み付けた。