作品タイトル不明
〈海底の星〉
北の星峰から下山した翌日。
ナハルのオアシス都市に戻ると──航海士のダリオが待っていた。
「トワ! 約束の海の情報、持ってきたぞ!」
「流石、仕事が早いな」
「航海士は約束を守る。──海の男の矜持ってやつだ」
ダリオが地図を広げた。新大陸の沿岸部の海図。プレイヤーが手書きで作成した海図だ。BCOには自動マッピングがあるが、海中はマッピングが追いつかない。航海士が目視で書き足している。
「砂漠の沖合──ここに海底神殿がある。深さ約百メートル。潜水装備がないと到達不可能。──で、潜水装備はうちのギルドで確保した」
「潜水装備は航海士専用か?」
「いや、誰でも使える。──ただし水中行動時間に制限がある。素の状態で三十分。装備の質で延長できるが……うちの装備だと四十五分が限界だ」
「四十五分……短いな」
「だから誘ったんだ。お前の見聞録があれば、海底の構造を解析して、最短ルートを割り出せるだろ。俺たちだけだと、手探りで時間が足りない」
トワは地図を見た。海底神殿。──未踏エリア。誰も中を見たことがない場所。
今日はBCOで最も高い山に登る予定だったが……海底とは、興が乗る。
「行こう。──パーティ構成はどうする?」
「俺の航海士チームから三人。お前のパーティから、何人来られる?」
「今居るメンバー……俺、セレス、ゼクス、タマキの四人だ」
アストレアとハルは今日はまだログインしていない。
二人には悪いが、一足先に探索に出かけよう。
「分かった。それじゃあ、早速行くぞ」
◇
港町から、ダリオの船で沖合に出た。
航海士の船は探索船ステラ号とは違う。小型の高速艇。八人乗り。帆ではなく、星のエネルギーで動く推進装置。新大陸の技術だ。
「この船はいったい……」
「星力駆動。新大陸の素材で作った。海の上なら、何より速い」
白い波を切って、砂漠の沖合に出た。透明な海。底が見える──深い青の中に、星の光が散らばっている。海中にも星の力が浸透している。
「潜水装備を配る。つけてくれ」
ダリオが装備を渡した。ヘルメット型の呼吸装置と、水中行動用のフィン。
【潜水装備を装着しました。水中行動可能時間:45分】
「四十五分のカウントダウンが、画面右上に出ているな」
「時間との勝負だ。──準備はいいか」
「ああ、行くぞ」
八人が、海に飛び込んだ。
◇
水の中。
VRの水中体感が、すごかった。水の重さ。浮力。音がくぐもる。視界が青に染まる。泡が上に昇っていく。
BCOの海はこれまで、ナミなどの海中生物なしではまともに海に潜れなかった。それが今──深さ百メートルの海底に向かって潜っていく。
「トワ。うみのなか──ふしぎ」セレスが呼吸装置の中から声を出した。精霊は溺れないが、水圧は感じるらしい。角がいつもより弱く光っている。
「セレス、大丈夫なのか」
「だいじょうぶ。でも、ちからがよわくなる。みずのなかは、つきのひかりが、とどきにくい」
水深五十メートル。海底が見えてきた。──白い砂の海底に、珊瑚のような構造物がある。珊瑚ではない。星の鉱石でできた柱。自然物なのか、人工物なのか、わからない。
そして──海底に、大きな建造物があった。
【海底星殿に到達しました】
【アストラム踏破率:26.8%(海底エリア含む)】
海底神殿──いや、星殿。半分が砂に埋まっているが、入口が見えている。星の紋章が刻まれたアーチ。
「これが、海底星殿か……でかいな」ダリオが口笛を吹こうとした。水中で口笛は鳴らなかったが。
「タイマーは──」
【水中行動可能時間:残り38分】
「三十八分で中を探索して戻る。──見聞録で構造を解析する」
星殿の入口に触れた。見聞録が内部構造を読み取る。──通路、部屋、階段。三階層構造。最深部に──何かがある。エネルギー反応が大きい。
「三階層。最深部まで……最短ルートを通れば片道十分。往復二十分。探索に十八分使える」
「ここまで最短ルートが見えるのか。──見聞録、すげえな」ダリオが感心した。
「見聞録がなければ、何時間あっても足りない構造だ。分岐が多い。罠もある」
「罠──?」
入口をくぐった瞬間──床が光った。トラップ。水流が発生し、侵入者を押し戻そうとする。
「水中だから──水流トラップか!」
八人が壁にしがみついた。強烈な水流。でも、五秒で止まった。
「五秒間の水流。──見聞録で床のトリガーが見える。光っている床を踏まなければ発動しない」
「お前──先に言ってくれ!」ダリオが泡を吐きながら叫んだ。
「すまない、踏む前に気づくべきだった」
「いまはいい、先へ急ごう」
トワが先導して、罠を避けながら通路を進む。見聞録が床のトリガーを可視化し、安全なルートを示す。八人が一列で、トワの足跡を正確にトレースしていく。
「トワさんの足跡の通りに歩けば安全──これ、ダンジョン攻略の教科書ですよ」タマキが後ろで言った。
「教科書っていうか、トワが歩いた道がそのまま正解なんだよ」ダリオが笑った。
水中モンスターが出現した。
【 星水母(ほしくらげ) Lv92 HP:78,000 ×8体】
水母──クラゲ型のモンスター。透明な身体に星の光が脈動している。触手から電撃を放つ。
「クラゲ──! 触手に触れるな! 感電する!」ダリオが叫んだ。
「水中で感電は──範囲が広いぞ」ゼクスが顔をしかめた。
トワが見聞録で解析。弱点は、傘の頂点。星の光が最も集中している場所。だが、水中では移動速度が遅い。地上のような高速戦闘ができない。
「水中では、剣よりも、槍だ。リーチで勝負する」
【果ての道標】を槍に変形。水の中で──突く。水の抵抗を利用して、槍の穂先に水流を纏わせる。穂先が回転しながら、クラゲの傘を貫通した。
【弱点攻撃:52,000】
「水流を纏わせた──!? 水中で水を武器にしてる!」
「水の中にいるなら、水を使え。属性じゃない。環境だ」
ダリオの航海士チームも戦い始めた。航海士のスキル──【潮流斬り】。海水を刃に変える水中専用技。
「航海士のスキルは水中で真価を発揮するのか」
「当然だ! ここが俺たちのホームだぜ!」
航海士チームが水を斬り裂いていく。陸ではトワに遠く及ばなかったダリオが──水中では別人のように動いている。
「やるな」
「水の中じゃ、俺の方が速いぜ!」
「認めよう、水中はお前の方が上だ」
「なにっ……あのトワに、認められた……?」
「事実を述べただけだ」
「いや──嬉しいんだが。めちゃくちゃ嬉しいんだが!?」
「戦いながら感動するな。──クラゲが来てるぞ」
「おっと──!」
八体全滅。
【星水母×8──討伐】
【ドロップ:星水母の触手(素材)×4】
【ドロップ:星の雫(希少素材)×1】
星の雫──希少素材だ。
◇
星殿の最深部。
【水中行動可能時間:残り14分】
最深部の部屋に──壁画があった。海底にも壁画。遺跡と同じモチーフ。三つの光が描かれている。だが──遺跡の壁画にはなかった情報が追加されていた。
壁画の下部に、海の絵。海の底に、星の光が集まっている。そして海の底から、黒い根が伸びている。
「黒い根」トワが目を凝らした。「この壁画……深淵の根が、海の底にも伸びていることを示している」
「海にも──!?」
「ソルシアとルミナリアだけじゃなかった。──深淵の根は、新大陸にも到達している。海底から」
ゼクスが壁画を見つめた。
「大聖堂のセラフに食い込んでいた【闇】と同じか」
「同じだ。──【深淵】の根は、三つの世界全てに伸びている。新大陸も例外じゃない」
壁画の隅に、文字が刻まれていた。
【「星の大地を汚す根を断つには、【深淵】の門を開き、根の源を絶つしかない。それができるのは──三つの祝福を持つ旅人だけ」】
「やはり……【深淵】に行くしかない。根を断つためにも」
「でも今は、まだ祝福が揃っていない」
「ああ、だが新大陸にも【闇】が来ていることは、知っておく必要があった」
【水中行動可能時間:残り8分】
「戻るぞ、八分あれば間に合う」
最短ルートを戻る。罠を避けて、通路を抜けて──星殿の入口から海底に出た。上を見る。太陽の光が水面を通して揺れている。
海面に浮上した。呼吸装置を外す。──潮風が肺に入る。
「何とか、時間内に戻れた」
「残り二分。──ギリギリだったな」ダリオが船に上がりながら笑った。「でも、すげえもん見た。海底神殿の壁画。深淵の根。──この海の下にも、【闇】が迫ってるのか」
「迫っているが、今すぐどうこうなるものじゃない。根はかなり前から伸びている。急に広がりはしないさ」
「……お前は冷静だな」
「冷静じゃない。急いでも仕方がないことを、知っているだけだ」
船がナハルに向かって走り出した。海風が髪を乱す。セレスが肩の上で、濡れた髪を手で拭いている。手のひらサイズの精霊が、ちっちゃな手で髪を絞っている。
「セレス。濡れてるな」
「うみのなか、びしょびしょ。──いやだった。つぎはいきたくない」
「次は行かなくていい。陸の仕事があるだろう」
「りくのしごとは──おやつ」
「仕事ではない」
「だめ、しごと」