作品タイトル不明
九月の空
日曜日。現実世界。九月。
大学の夏休みが終わり、後期が始まった。キャンパスに学生が戻ってきている。──まだ暑いが、朝晩に涼しさがある。
冬夜と宮瀬が大学の食堂にいた。昼食。隣同士で座っている。
「ねえ久坂くん。──わたしたち、付き合ってるって、蓮くんに言った?」
「言っていない」
「言わなくていいの?」
「蓮は察している。言う必要がない」
「察してるの?」
「お前が俺の隣で弁当を食べている時点で──蓮には伝わっている」
「お弁当で!?」
「蓮は『宮瀬さんが弁当を作ってきたら本気だ』と言っていた」
「いつ言ったの」
「一年前」
「一年前──!? あの時、まだ付き合ってなかったよ!?」
「蓮の予測は……まあ、正確だからな……」
宮瀬の顔が赤くなった。弁当箱を隠すように抱えた。
「……今日のお弁当、唐揚げ入ってるよ。久坂くん、好きでしょ」
「好きだ」
「唐揚げ、わたしが作ったんだからね」
「知っているし、味でわかる」
「味で……わかるの?」
「マーサのレシピの応用だろう。少しスパイスが強い。BCOの霧底の森のレシピに似ている」
「ゲームのレシピを、リアルの唐揚げに使ったのバレてる──!?」
「隠すつもりだったのか」
「隠すつもりだったの! ゲームの味付けそのまま使ったのバレたら、恥ずかしいじゃん──!」
「おいしい。現実でも通用するレシピだぞ」
「それ……褒めてるの、からかってるの?」
「褒めている」
「……えへへ。じゃあ、いいよ」
◇
午後。図書館で並んで課題をやっている。──が、宮瀬のノートにはまた星果実の成分分析が書き込まれている。
「宮瀬……課題をやれ」
「やってます。星果実の発光メカニズムを生化学の課題に応用しようとしてるの」
「それは薬学のレポートであって──」
「コミュニティ研究に繋がるんだよ。BCOの星果実の効果をリアルの生化学で分析することで、VRゲーム内の素材設計がどれだけリアルの科学に基づいているかを!」
「なるほど……一理あるな」
「あるでしょ!」
「あるが、教授が理解するかどうかは別の話だ」
「教授にはBCOの話はしません。──ちゃんと学術的に書きます!」
「書けるのか」
「書けます。マーサさんに教わった調合理論が、リアルの有機化学と整合性があるか検証するんです!」
「……ゲームのNPCの理論を、卒論にする気か……?」
「卒論はまだ先だけど──でも、面白くない?」
「面白い。それ自体を、否定はしないが……」
「えへへ。──久坂くんが面白いって言ってくれたら、もう十分」
「安心した。本気で、教授にこれを出すのかと思ったぞ」
「流石にそんなことはしないよ。ただ……久坂くんに、面白いって言ってほしかっただけ」
図書館の窓から、九月の空が見える。高い空。夏の名残と秋の気配が混ざっている。
「ねえ久坂くん。新大陸、どこまで歩いた?」
「22%。北の星峰に、明日登る」
「わたしも行く。薬師として」
「もちろんだ。お前がいないと、登頂後の回復が間に合わない」
「それって……回復要員として、だけ?」
「違う……一緒に登りたいからだ、言わせるな」
「……えへへ」
「宮瀬……その声、一日に何回言うんだ」
「久坂くんが嬉しいこと言うたびに出るの。──自動だもん」
「自動か」
「自動です、止められません」
二人は課題を進めながら、今日のログイン後のことについても想像を膨らませた。