軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

〈星巡りの塔〉

ナハルの西の丘に──塔があった。

古い石造りの塔。三階建て。壁に星の紋章……だが、オルテリアの遺跡とは違い、手彫りの素朴な紋章。手作りの塔。

「これは……組織が作ったものじゃない。個人が建てた塔だろう」

塔の入口に、見聞録でしか読めない文字が刻まれていた。旅人の文字。──BCOの旅人クラスにしか解読できない暗号。

【「この塔は、星巡りの旅人の記録所である。旅人よ、入りなさい」】

「見聞録がないと読めない文字……グランの扉と同じ仕組みだ」

「旅人にしか見えない、旅人のための場所」ハルが感動した。

塔に入った。中は一階が図書室、二階が居室、三階が展望台。図書室の本棚に旅の記録が並んでいる。

「星巡りの旅人たちの旅日記か。──この大陸を歩いた記録だな」

一冊ずつ手に取って読む。見聞録が翻訳してくれる。

【「大陸の南西に、星鯨の入江がある。星海鯨が繁殖する場所。近づくと鯨が歌う。綺麗な声だ」】

【「砂漠の地下に、水の道がある。オアシスを繋ぐ地下水脈。旅人だけが入れる隠し通路」】

【「遺跡の奥の試練の扉。鍵は──三つの星の欠片。大陸の三つの頂に、それぞれ一つずつある」】

「三つの星の欠片! 師匠、これです、試練の扉の鍵!」

「大陸の三つの頂──山の頂上に、星の欠片が一つずつある。三つ集めれば、試練の扉が開く」

「この大陸の最高峰が三つ──北の星峰、東の星峰、南の星峰だよ」リーリアが補足した。「全部登るの? 結構きつい山だよ」

「登る。──頂上に何があるか、見てみたい」

「トワさん、さっそくルート組みましょう」。

「その前に、この塔の本を全部読みたい。星巡りの旅人たちが残した記録には、この大陸の攻略情報が詰まっているはずだ」

本棚には三十冊ほどの旅日記がある。一冊ずつ読んでいく。

モンスターの弱点。NPCの好物。隠しエリアの場所。地形のショートカット。──先人の旅人たちが、何十年もかけて蓄積した知識。

「先人の遺産だ。これを読めば、この大陸の攻略が一気に進む」

「フォーラムに載せますか?」ハルが聞いた。

「……載せない」

「え?」

「この情報は……旅人にしか読めない文字で書かれていた。旅人のための記録だ。全世界に公開するものじゃない」

「でも、他のプレイヤーにも役立つ情報ですよ?」

「役立つ情報だからこそ、自分の足で見つけてほしい。旅日記の場所は教える。旅人クラスの者がここに来れば、自分で読める。それ以外の者は、自分の方法で攻略しろ」

「トワさん……相変わらず、直接会った人には教えるけど、フォーラムには載せないんですね」

「ああ、それが俺の流儀だからな」

ゼクスが横で「不器用だな」と呟いた。だが、口元は笑っていた。

塔の三階。展望台。砂漠が一望できる。

遠くに三つの山が見えた。北、東、南。三つの頂。それぞれの頂に、微かに星の光が見える。

「あの三つの頂に、星の欠片がある」

「全部登るんですか。一つ目はどこから?」

「北だ。一番近い」

「北の星峰は──標高五千メートル。この大陸で二番目に高い山だよ」リーリアが言った。

「二番目か。一番高いのは?」

「東の星峰、標高七千メートル。──この世界で最も高い場所」

「最も高い場所か……登りたくなるな」

「登りたくなるんだ……。普通、怖くならない?」

「怖い場所ほど、行く価値がある」

リーリアがトワを見た。不思議そうな目。

「あなた──本当に変な人。でも……星が言ってた通りだ。この大陸を歩き尽くす人が来るって」

「歩き尽くすかどうかはわからない。まだ22%だ」

「22%? が何かは分からないけど……随分と、楽しそうに言うね」

「残り78%もある。楽しみだろう」

リーリアが、ぽかんとした顔をしていた。

「楽しみ? わたし、知らない場所って怖いと思ってたけど。あなたは……怖くないの?」

「怖い場所もあるが、怖さと楽しさは別だ。怖くても楽しい場所は、たくさんある」

「変な人……でも、ちょっとわかる。わたしも星を読む時、知らない星の動きが怖いけど──知りたいって思う。それと、同じ?」

「たぶん同じだ」

「じゃあ……わたしたち、似てるのかな。旅人と、星読み」

「歩くか、見上げるかの違いだ。知りたいものが地面にあるか、空にあるかの」

リーリアが笑った。彼女の笑みは、初めて見たかもしれない。

「ねえ、トワ。わたし、この塔から出たことなかったの。ナハルとオルテリアの間を行き来するだけで。……でもあなたが港に来るって星が教えてくれて、初めて遠くに歩いたの」

「港まで歩いたのか。何日かかった?」

「四日、足が豆だらけになった。──でも、楽しかった。知らない景色がいっぱいあった」

「それが、旅だ」

「旅、か。わたしも、旅人みたいなこと、してたんだね」

「していた。四日間の旅人だ」

「四日間の旅人。──あなたは何日間?」

「七千時間。……日数に直すと、まだ計算していない」

「七千時間──!?」

リーリアの声が裏返った。

「それ──何年分なの!?」

「たった三年弱の合計プレイ時間だ」

「プレイ時間? が何かは分からないけど……それでも四日が豆だらけのわたしとは、桁が違うね……」

「最初は、俺も豆だらけだった。誰でもそうだ」

「そうなんだ。トワも、最初は豆だらけ」

「ああ──始まりの町を出た最初の日に、靴擦れで足を引きずっていた」

セレスが肩の上で口を挟んだ。

「トワ。そのはなし、はじめてきいた」

「言う機会がなかっただけだぞ」

「くつずれ。トワでも、くつずれするんだ」

「あくまでこの世界の話だが……する、旅人も人間だからな」

「セレスは、くつずれしない。かたにのってるから」

「お前は一生靴擦れしないだろうな」

「えへん」

リーリアがセレスを見て、くすりと笑った。

「その精霊、本当に面白いね。肩に乗ってるだけなのに、なんか──ずっと一緒にいるんだなって感じがする」

「ずっといっしょ。セレスは、トワのいちぶ」

「また言ってる」

「なんかいでもいう」

「わたしもトワさんの一部でいいですか?」

「タマキ……お前は違うだろう」

「いいえ、今から一部になります!」

「なるな」

「ダメです、なっちゃいます!」

星の塔の中で、決して静かだとは言えない読書の時間が、しばらく続いた。