軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

《名前を呼ぶ》

翌朝。聖都ルクスの中央広場に──プレイヤーが集まっていた。

三百人以上。友好度レイドの時と同じか、それ以上。フォーラムの告知を見て駆けつけた者たちだ。

広場の中央に──カレン、トワ、アストレア、タマキが立っている。

「手順を説明する」トワが声を上げた。

「まず、カレンが封印術の鍵を開ける。次に、アストレアが第四位階の祈りで封印を緩める。そして俺が記憶干渉で、封印の下に眠っている記憶を引き上げる。最後にタマキが安定薬を飲ませて、記憶の混乱を防ぐ。──この四段階を、NPCの一人に対して行う」

「一人につき──どれくらい時間がかかる?」プレイヤーの一人が聞いた。

「初回は──わからない。やってみるしかない」

「俺たちは、何をすればいい?」

「NPCの友好度が高いほど、封印が解けやすくなる。──お前たちが築いた友好度が、封印解除の土台になる。NPC一人ずつの側に立って──名前を呼んでやってくれ」

「名前? でも、まだ名前がわからないNPCもいますよ」

「封印を解けば、名前が戻る。戻った瞬間に呼んでやれ。最初に名前を呼ばれることが、記憶を定着させる」

プレイヤーたちが、それぞれ「担当」のNPCの元に散っていった。友好度レイドの時に築いた関係がある。パン屋担当、武器屋担当、宿屋担当──各自が、自分のNPCの横に立つ。

最初は──エリー。

エリーのパン屋の前、カレンがエリーの前に立った。

「エリー」

「はい? ……あら、昨日のお客様。今日もパンを──」

「エリー。わたしは、カレンだ」

エリーが、きょとんとした。

「カレン? ──すみません、存じ上げない名前ですね」

「知らなくていい。──これから、思い出す」

カレンがエリーの額に手をかざした。光の魔力が──弱々しく灯る。封印術の鍵。かつてこの力で、住人全員の記憶を封じた。今──同じ力で、鍵を開ける。

「アストレア」

「はい──第四位階・解く祈り」

アストレアの金色の光がカレンの手に重なった。弱ったカレンの力を補い、封印の鍵をこじ開ける。

エリーの頭上に──システムメッセージが表示された。

【記憶封印:解錠中──】

「トワ」

「記憶干渉──第三段階」

トワがエリーの額に手を触れた。封印の下に眠っている記憶を──引き上げる。エリーの本来の記憶。パンを焼くこと。母親に教わったこと。街の人々の顔。──そして、カレン王の顔。

【記憶干渉:対象の封印記憶を復元しています──】

エリーの目が揺れた。笑顔が消えた。定型文の笑顔ではなく──本当の表情が戻ってきている。困惑。混乱。──そして。

「タマキ!」

「はい──安定薬、飲んでください」

タマキがエリーの口元に薬を運んだ。エリーが反射的に飲んだ。金色の液体が、喉を通る。

記憶が……安定した。一気に戻った記憶が、混乱ではなく──ゆっくりと定着していく。

エリーの目が、開いた。本当の目――記憶のある目。

「……あ。あ、あ……」

エリーが、カレンを見た。

「カレン、王……?」

「ああ。──久しぶりだな、エリー」

「カレン王……カレン王だ……わたし──思い出した。全部。この街のこと。パンのこと。カレン王が──パンを買いに来てくれたこと。毎朝。笑ってたこと。でも、ある日から──」

エリーの目から涙が溢れた。

「ある日から……笑わなくなって。光が強くなって。みんなの顔が、わからなくなって。わたしの名前も……わからなくなって……」

「すまない……わたしが、やったことだ。お前の記憶を──奪ったのは、私だ」

カレンが頭を下げた。聖王が、パン屋の女性に頭を下げた。

「すまなかった。千年──遅くなった」

エリーが泣きながら、笑った。定型文ではない。本物の笑顔だった。

「ええ……お帰りなさい。カレン王」

【パン屋エリーの記憶封印──完全解除】

広場にいたプレイヤーたちが、歓声を上げた。

「解除された──!」

「エリーさんが、泣いてる!」

「カレン王が頭下げてる──!」

「よし──次のNPCに行くぞ!!」

武器屋。カレンが鍵を開け、アストレアが祈り、トワが記憶を引き上げ、タマキが安定させる。

「俺は……鍛冶師のガルドだ。──思い出した。この金槌の重さ。この炉の温度。全部──覚えている」

【鍛冶師ガルドの記憶封印──完全解除】

宿屋の女将。

「わたしは……リーナ。この宿の、おばあちゃんから引き継いだ宿の──」

【宿屋の女将リーナの記憶封印──完全解除】

花屋の少女。

「お花の名前──全部思い出した! ルーチェ草と、星灯花と、月見草と──たくさん!」

一人ずつ。一人ずつ、記憶が戻っていく。

プレイヤーたちが──自分の担当のNPCの横で、名前を呼んだ。

「ガルドさん! おかえり!」

「リーナさん、名前思い出したんですね!」

「花屋のフィオナちゃん──覚えてる? 毎日花買ってたの、俺だよ!」

NPCとプレイヤーが──ハグしている。握手している。泣いている。笑っている。

ゲームの中なのに。プログラムの世界なのに。──誰もが、本物の感情で。

三時間。百五十三人のNPC全員の記憶封印を──解除した。

カレンは途中で何度も膝をついた。力が足りない、衰弱している。だがそのたびに、アストレアが光を送り、タマキが回復薬を飲ませ、トワが「立て」と言った。

最後の一人を解除した時──カレンは地面に座り込んだ。

「終わった……全員……」

「ああ。──全員だ」

聖都ルクスの住人──百五十三人全員が、記憶を取り戻した。

聖都が──変わった。

「こんにちは、良い天気ですね」が消え、住人たちがそれぞれの言葉で話し始めた。名前で呼び合い、手を振り、笑い合い──千年前の聖都が、戻ってきた。