軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

《王の帰還》

聖都ルクスの大通りに、旅人の服を着た男が立っていた。

カレン、千年ぶりの外。

朝の光が──眩しいらしい。目を細めて、手を額にあてている。

「……まぶしいな。千年間、書斎の窓からしか光を見ていなかった」

「直に慣れるさ」

「お前は──まぶしくないのか」

「ここの光の荒野を歩き続けてきたからな。もう慣れた」

「ふふっ……私は千年かかっても慣れなかったぞ」

「千年は書斎にいたからだろう。外に出なければ直ぐに慣れる」

「はは……旅人らしい答えだな」

大通りを歩く。カレンの足取りがおぼつかない。ゲームのキャラクターにも関わらず、筋力が落ちているようだ。

「足がもつれるとは……情けない。千年前は、世界中を歩き回っていたのに」

「いいじゃないか、リハビリだと思え」

「リハビリか。──旅人がリハビリとはな」

セレスがトワの肩から、カレンを見ていた。

「カレン。あるくの、へた」

「……精霊よ、お前はその小さな身体で歩けるのか?」

「セレスは、トワのかたにのってるから、あるかなくていい。べんり」

「それは、歩いているとは言わないのでは……」

「トワがあるいてる。セレスはトワのいちぶ。だからセレスもあるいてる」

「……その理屈は、私には理解できないが──なるほど、お前たちの間では通用するのか」

「通用しない」トワが即答した。

「つうようしてる!」

「していない」

「してる!」

カレンが不格好に笑った。三度目の笑い。少しずつ上手くなっている。

大通りを歩いていると、プレイヤーたちの視線が集まり始めた。

「あの人、誰?」

「旅人の服着てるけど……見たことない顔だ」

「NPC? プレイヤー?」

「NPCっぽい。でも、大聖堂の方から歩いてきたぞ」

カレンがトワの横を歩いている。トワは有名人だ。そのトワと並んで歩いている旅人の男──プレイヤーたちが不審に思うのは当然だった。

「ちょっと! トワさん! その人誰ですか!?」

足早に近づいてきたプレイヤーが聞いた。Lv85の剣士。聖都にいたプレイヤーだ。

「カレンだ」

「カレン? ──カレンって……え、カレン!? 聖王の!?」

「王はやめた。──ただのカレンだ」

「嘘だろ──!? カレン王が、大聖堂から出てきた──!?」

大通りがざわめき始めた。「カレン王」の名前が、どんどん広がっていく。

「カレン王だって!?」

「本物か!?」

「トワさんの横にいるのが、カレン王!?」

「旅人の服着てるじゃん」

「王冠は? 鎧は?」

「ないな。完全に旅人だ」

カレンが居心地悪そうにしている。千年間一人だった男に、大勢の視線は辛い。

「トワ──この人数は」

「聖都のプレイヤーだ。お前の記憶封印を解くために、友好度レイドをやった連中だ」

「友好度──何だ、それは?」

「気にするな、気にしなくていいことだ」

プレイヤーが一人、カレンに近づいてきた。花屋フィオナの担当プレイヤーだ。

「カレン王──あ、カレンさん。──あなたが、この街の住人の記憶を消したんですよね」

カレンが身構えた。責められると思ったのだろう。

「ああ。──わたしが消した」

「フィオナちゃんの記憶も」

「ああ……」

プレイヤーが手を差し出した。

「ありがとうございます。あなたが出てきてくれたおかげで、フィオナちゃんの記憶が戻るんですよね。ずっと──名前を思い出せないフィオナちゃんを見てるの、辛かったんで。──早く、お願いします」

カレンが目を丸くした。

「怒らないのか……?」

「怒ってもフィオナちゃんの記憶は戻りませんし。それより、早く返してくれた方が嬉しいです」

「お前たちは……合理的だな」

「ゲーマーですから」

「ゲーマー……」

カレンがトワを見た。「ゲーマーとは何だ」という目をしていた。トワは「気にするな」と目で返した。

別のプレイヤーが声をかけてきた。

「カレンさん! 旅人なんですよね!? 旅人の先輩じゃないですか! 何かアドバイスください!」

「アドバイス──? 千年間引きこもっていた男にアドバイスを求めるのか」

「引きこもりからの復帰者の方が、リアルなアドバイスくれそうじゃないですか」

「……返答に困る質問だな」

「カレンさん、強いんですか?」

「千年前は、そこそこ強かった」

「そこそこって──大聖堂の試練の五戦目、カレンさんの幻影ですよね? あれ『そこそこ』なんですか?」

「……若い頃の記録だ。今のわたしは──あれの十分の一も動けない」

「それでも、旅人としては最強クラスでは──」

「最強はそこにいる」カレンがトワを指した。

「あ、はい。──それはまあ、そうですね……」

シロがカレンの足元をうろうろしている。プレイヤーの一人がシロに気づいた。

「あ! シロだ! シロー! こっちおいで!」

シロが尻尾を振ってプレイヤーに駆け寄った。頭を撫でられて喜んでいる。

「シロ、すっかり聖都の人気者だな」ゼクスが呆れている。

「トワさんより人気あるかもしれませんよ」ハルが言った。

いまいち、トワは否定できなかった。

聖都の住人たちが、カレンを見ている。

だが──誰も、カレンだとわからない。

「こんにちは! 良い天気ですね!」

すれ違う住人が、いつもの笑顔で、いつもの定型文を言った。カレンに向かって。

カレンの足が止まった。

さっきまでプレイヤーたちに囲まれて賑やかだった空気が、一瞬で冷えた。

「……こんにちは」

「良い天気ですね!」

「ああ。──良い天気だ」

住人は笑顔のまま、通り過ぎていった。王を目の前にしても、わからない。記憶が封印されているから。

カレンの表情が暗くなった。プレイヤーたちの前では平静を保っていたが、住人の笑顔を見た瞬間、堪えきれなくなったらしい。

「わたしが消したんだ。あの笑顔を。あの言葉を。──全部」

「ああ。お前が消した。──だからお前が、返す」

「……そうだな」

パン屋のエリーの前を通った。いつもの行列。プレイヤーたちがルーチェのパンを買っている。

エリーが、カレンを見た。

「いらっしゃい! パンはいかがですか?」

定型文ではなかった。友好度が高いエリーは、自分の言葉で話せる。だがカレンの顔を見ても──

「初めてのお客様ですね。──この街には、最近いらしたんですか?」

初めて。──千年間この街を治めていた王を、「初めて」と言った。

カレンが、唇を噛んだ。

「……ああ。最近来た。──久しぶりに」

「そうですか! じゃあルーチェのパン、ぜひ食べてください。この街の名物なんですよ」

「知っている。──昔から」

「昔から? 不思議なことを言うんですね」

エリーは笑っていた。カレンを知らない笑顔で。

カレンがパンを買った。二個。

「あら、二個も。お連れの方にも?」

「……一個は自分のだ。もう一個は──」カレンがセレスを見た。

セレスがトワの肩の上から、きらきらした目でカレンを見つめている。

「あの精霊にやる」

「まあ! 精霊さん、パンが好きなの?」

「すき! エリーのパン、だいすき!」

「ふふ。──ありがとう。いっぱい食べてね」

セレスがパンを受け取って、もぐもぐ齧り始めた。カレンが自分のパンも齧った。二人で並んでパンを食べている。

「カレン。──エリーのパン、おいしい?」

「おいしい」

「あした、エリーが──カレンのことおもいだしたら、もっとおいしくなるかもね」

「……そうだな」

トワはカレンの横に立った。

「明日だ。──明日、封印を解く。エリーから始める」

「……ああ」

「準備はいいか」

「千年待った。準備は十分だ……いや──十分すぎるほどだ」

その夜。トワの要請を受けて、蓮がフォーラムに投稿した。

【告知】聖都の記憶封印を解除します。全プレイヤーの協力を求めます【明日実施】

──「記憶封印の解除!? やっとか!」

──「どうやって?」

──「カレン+アストレア+トワ+タマキの四人で、NPCの封印を一人ずつ解除するらしい」

──「一人ずつ!? 聖都のNPC、何人いると思ってるんだ」

──「推定百五十人以上」

──「時間かかるな……」

──「だから協力を求めてるんだろ。友好度レイドの再来だ」

──「今度は友好度じゃなくて──封印解除レイド?」

──「記憶返却レイドだろ」

──「命名センスがトワ並み」

──「それは褒め言葉じゃないぞ」

──「そういえば、カレン王が聖都に出てきてたぞ、旅人の服着て。セレスちゃんと一緒にパン食べてた」

──「聖王がパン食ってるの、絵面がシュールすぎる」

──「でもなんかよかったよ。普通の人って感じで」

──「悪い人じゃないのかな?」

──「分からんけど、楽しみだな。またみんなで協力できるのか」

──「とにかく明日だな。明日が来てみないと、なんとも言えない」