軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十四話 蝕を照らすのは

宝塚記念。

阪神競馬場、芝二千二百メートル。

GⅠ。

強いやつが集まる。

ここで勝てば、夏の間ずっとでかい顔ができる。

つまり、俺にぴったりのレースだ。

「ふっ」

俺は、ファンファーレを聞きながら軽く首を上げた。

うん。

今日の俺は調子がいい。

なんたって、初めてアイツと走るんだからな!

「エクリプス!久しぶりだな!」

エクリプス。

皆既日食の日に生まれた、桜井牧場の馬。

一歳下のかわいげが足りない後輩。

声をかけると、あいつは、こちらをチラリと見た。

それから、いつもの淡々とした声で言った。

「……誰」

「誰ぇ!?サニーだよ!!」

忘れるか?

あ、もしかしてコイツGⅠ三つ勝ったから俺のことは忘れていいルール!?

帰省中もあれだけ話しかけたのに!?

「……ああ、うるさいGⅠ二勝馬か」

「その数え方辞めない!?」

ちょっと刺さるから!

春の天皇賞は惜しかったんだよ!!

すると、隣から低くて偉そうな声が割り込んできた。

「おう、そいつがサニーがよく言ってる後輩か」

ゴールデンワインだ。

ダービーで俺を差し切って。

そして有馬記念も勝った馬。

さらに今年、大阪杯まで勝って、ますます態度がでかくなった。

いや、元々でかかったけど。

ゴールドファームの馬って、だいたいそうなんだろうか。

「おう!エクリプスってんだ!仲良くしてやってくれ!!」

俺が胸を張って紹介すると、ワインはふんと鼻を鳴らした。

エクリプスは、ワインの方を見る。

「……誰」

「俺様を知らんのか!」

ワインの声が跳ねた。

今の「誰」は、だいぶ効いたらしい。

「ダービーと有馬!そして大阪杯を勝った三冠馬様だ!!」

「ワイン!それは三冠じゃねぇ!」

「こまけぇこたぁいいんだよ!!」

「細かくねぇだろ!?」

なぜゴールドファームの馬はこうなのか。

いや、俺も人のこと言えないかもしれないけど。

ワインは得意げに首を上げた。

「とにかく!俺様はゴールデンワイン!貴様を今日泣かせる現役最強馬だ!!」

「勝手に最強名乗るなよ!?」

エクリプスはワインを見た。

「……そう」

「そう、じゃねぇんだよ!!」

ワインが叫んだ。

「お前なぁ!もう少しこう、あるだろ!『望むところだ』とか!『あなた程度では無理ですね』とか!」

「無理だと思う」

「それはそれで腹立つな!?」

ワインが本気で悔しそうにしている。

俺はちょっと笑ってしまった。

エクリプスは、やっぱりエクリプスだ。

そのやり取りに、少しだけ周囲の馬たちが笑った気配がした。

「アレが噂のエクリプスか」

「皐月もダービーも派手だった」

「宝塚でも同じ顔して勝つつもりか?」

「だが、未だ若い」

色んな声が飛ぶ。

でも、エクリプスはそれらにほとんど反応しなかった。

ワインが、少しだけ声のトーンを変える。

「おい、エクリプス」

「何」

「今日は古馬もいる。春の締めだ。ガキが簡単に勝てる場所じゃねぇ」

エクリプスは、少しだけワインを見た。

「でも勝つのは僕」

おお、ちょっと面白い。

ワインが、ほんの少しだけ目を細めた。

「言うねぇ」

明らかに周囲の馬たちのボルテージが上がる。

うん、こういう雰囲気なら俺は嫌いじゃない。

「エクリプス!!」

エクリプスは、面倒そうにこちらを見た。

「……なに?」

「ダービー終わってすぐだし、ケガしないようにな!!」

「……」

その声が届いているのは間違いないが、エクリプスはそのまま顔を背けてゲートに向かって行った。

「おい、サニー」

ワインが、少し声を落として言ってきた。

「ん?」

「あいつ、いつもああなのか」

「ああだな」

「昔から?」

「昔から」

「友達いなかったのか」

「俺がいた!」

「一方的に話しかけてただけでは?」

「……」

痛いところを突くな。

「いや、でも!」

「でも?」

「聞いてはいた!」

「返事は?」

「うるさい、が多かった」

「それは会話なのか?」

「俺は会話だと思ってる」

ワインは、少しだけ呆れた顔をした。

それから、ふっと笑った。

「お前、うるさいけど悪いやつじゃねぇな」

「うるさいは余計だろ!」

「事実だ」

「ワインも十分うるさいぞ!」

「俺様は華があると言え」

「言わねぇ!」

そんなやり取りをしていると、少しだけ気持ちが軽くなった。

ゲートへ向かう。

宝塚記念。

春のグランプリ。

爺さんは、見てるだろうか。

きっと馬主席にいる。

爺さんは俺を見る時、いつも少しだけ優しい顔をする。

俺は知ってる。

爺さんは時々俺のことを、クラウンの血だと言ってる。

うるさいところ。

すぐ調子に乗るところ。

金の銅像とか言い出すところ。

そういうところは、確かにその血なんだろう。

でも、俺は俺だ。

サニーボーイだ。

太陽の子だと、誰かが言ってくれた。

なら、俺は誰かが暗い場所にいるなら、そこまで走っていく。

うるさいと言われても。

邪魔だと言われても。

それでも、話しかける。

だって、俺はサニーボーイだから。

ゲートに一頭ずつ収まっていく。

金属の枠の中で、呼吸を整える。

視界が狭い。

でも、その先には芝がある。

空がある。

歓声がある。

強いやつらがいる。

そして、隣のどこかに、エクリプスがいる。

今日の俺の目標は、勝つこと。

当然だ。

ゲート内の空気が張り詰める。

人間の声が遠くなる。

馬たちの息が聞こえる。

全部が、一点に集まる。

楽しい。

もう、楽しい。

まだ走っていないのに、胸の奥が走り出している。

俺は小さく笑った。

「さあ」

誰に言うでもなく、呟く。

「行こうぜ」

ガシャンッ!!

ゲートが開く。

俺は、先頭に立つべく飛び出した。

――宝塚記念が、始まった。