軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十七話 がんばれサニー!めげるなサニー!

皆既日食の昼から、二か月ほど経った。

俺は、腰痛ぇなぁと思いながら、放牧地を眺めていた。

「……あれ、ルドルフと違った意味で問題あるな」

目の前ではいつもどおり当歳たちが騒がしい。

「わー!」

「まてまてー!」

「そっちいくー!」

「ごはんのまえにあそぶー!」

「おれ、はやーい!」

「ぼくのほうがはやーい!」

まあ、いつもの光景だ。

そして、その中心にいるのは大体サニーボーイだった。

「はっはっは!見てろチビども!これが未来の無敗の三冠馬の走りだ!!」

相変わらずうるさい。

んー、でも確かにサニーの走りはイイ感じなんだよなぁ。

実際、売ってほしいって話来てるし。売らないけど。

うん、まあ問題なのはそっちじゃないんだ。

一頭だけ混じらずに、身体を確かめるように歩く当歳の方だ。

エクリプス。

他の馬が走り出せば、一応見る。

だが、「興味ないね」とでも言いたげだった。

「なあなあ!エクリプスも一緒に遊ぼうぜ!!」

いいぞ、サニー。

クラウンの血は、たぶん音量として遺伝している。

「……」

エクリプスは答えない。

ただ、少しだけ耳を動かした。

「なあなあ!あっちでみんな遊んでるぜ!!」

「うるさい」

サニーはめげない。

「えー!うるさくないだろ!?」

「うるさい」

「二回言うなよ!」

「なら黙って」

「それは無理!」

即答するな。

サニーはエクリプスの周りをぐるぐる回りながら、楽しそうに話しかける。

「俺は無敗の三冠馬になるんだぜ!!」

そこは遺伝しなくていいんだよ。

いや、正確に言うと、遺伝ではなく何故かずっと馬たちに口伝されてるんだ。

あいつ、何十年経っても影響力だけは残していきやがる。

「……」

「だから今のうちに俺と遊んどいた方がいいぞ!あとで自慢できるからな!!」

「……」

「なあなあ、聞いてる!?」

「聞こえてる」

「じゃあ返事しろよ!」

「する意味がない」

「ふっ、クール系を目指しているのか!それもありだな!!」

……やっぱり、クラウンの血だなぁ。

その血が、今、目の前で太陽みたいに跳ねている。

そして、その太陽が話しかけている相手は、皆既日食の日に生まれた馬だ。

偶然で片付けるには少し出来すぎている気がする。

「サニー、エクリプス」

俺が声をかけると、二頭がこちらを向いた。

サニーはぱっと顔を明るくした。

エクリプスは、ゆっくりと目だけを動かした。

「爺さん」

エクリプスが、短く言った。

そう呼ばれるのはまだ慣れないんだよなぁ。

エクリプスとサニーが、柵の近くまで歩いてくる。

「爺さん、聞いてくれよー」

サニーが柵のそばに来るなり、鼻先をぐいっと突き出してきた。

「こいつ全然他の馬と遊ばないんだ」

「見てたよ」

「当歳たちが『わー!』って走ってても、ぼーっとしてるんだよ!」

「ぼーっとはしてない」

エクリプスが静かに否定した。

「じゃあ何してるんだよ」

「考えてる」

「何を?」

「走り方」

その返事に、サニーは首を傾げた。

「走り方って、走ればいいじゃん」

「違う」

「何が?」

「全部」

うわぁ。

「エクリプスは、何かしたいことがあるのか?」

聞くと、エクリプスは少しだけ視線を遠くへ向けた。

放牧地の向こう。

柵の向こう。

もっと遠く。

まだ行ったことのないはずの場所を、もう知っているみたいな目で。

「……僕は、強い」

エクリプスは、そう言った。

誇るでもなく。

叫ぶでもなく。

「たぶん、誰よりも」

「なにおう!」

サニーが即座に反応した。

「俺の方が強いぞ!!」

エクリプスは見向きもしない。

「僕の内側で何かが言っている」

「内側?」

「……『僕は速い』って」

その声を聞いた瞬間、背中が少し冷えた。

ルドルフも、自分が強いことを疑わない馬だった。

だが、ルドルフには熱があった。

ストーンを喜ばせたい。

爺さんに褒められたい。

俺を助けたい。

牧場を大きくしたい。

クラウンや当歳に美味いご飯を食べさせてやりたい。

ビールに勝ちたい。

りんごが食べたい。

そういう、どうしようもなく馬らしい欲と甘えがあった。

エクリプスには、それが薄い。

強い。

速い。

勝つ。

その言葉だけが、最初から刻まれているみたいだった。

「そうか」

俺は、そう答えるしかなかった。

エクリプスは静かに頷く。

「だから、遊んでる暇なんてない」

「でも、遊んだほうが楽しいぞ!?」

サニーが真っ直ぐに言う。

本当に真っ直ぐだった。

そして、とても大事なことだった。

「みんなで走って、転んで、怒られて、また走った方が楽しいだろ!」

「僕は走って、勝てれば、それでいい」

サニーが「こいつマジかよ……」みたいな顔をしている。

俺も、わりと似たような気持ちだった。

「エクリプス」

「ん?」

「強いのは、たぶん本当なんだろう」

「うん」

「でも、まだ今は当歳だ」

「知ってる」

「だから、今しかできないこともあるぞ」

エクリプスは、少しだけ考えるような顔をした。

けれど、結論は変わらないらしい。

「……今のうちにもっと速くなること?」

実は、馬生二週目だったりする?

夏。

放牧地の草が濃くなったころ。

「なあなあ、日陰で休もうぜ!」

「一頭で休む」

「一緒でいいだろ!」

「うるさい」

「暑い時はみんなでだらけるのが一番だぞ!」

「意味がわからない」

「意味じゃなくて気分!」

「興味ない」

「むかつくー!」

サニーは相変わらずエクリプスに構っていた。

エクリプスは相変わらず無視していた。

それでも、サニーは毎日話しかける。

そしてエクリプスは、黙々と走っていた。

当歳たちがじゃれ合っている横で、一頭だけ違う時間を過ごしているようだった。

秋。

空が高くなり、風が冷たくなってきた頃。

「なあなあ、エクリプス!」

「……」

「葉っぱが赤くなってるぞ!」

「知ってる」

「すごくない!?」

「普通」

「普通なのか!?」

「毎年なるんでしょ」

「たぶん!」

「じゃあ普通」

「でも綺麗だぞ!」

「走るのに関係ない」

「あるかもしれないだろ!気分とか!」

「いらない」

サニーが「ぐぬぬ」と言っていた。

エクリプスは、そこでまた走り出す。

冬。

放牧地が白くなり、息も白くなった頃。

「なあなあ、エクリプス!」

「……」

「雪だぞ!雪!走ると楽しいぞ!」

「危ない」

「危ないのも楽しい!」

「馬鹿なのか?」

「馬鹿じゃない! サニーだ!」

「……同じ意味では?」

「違う!!」

サニーは、本当に太陽みたいな馬だと思う。

そして本人は、それが特別なことだとまるで思っていない。

その光景を眺めながら、俺は小さく息を吐いた。

ルドルフには最初から牧場の匂いがあった。

ストーンに甘えて、爺さんに懐いて、クラウンと高笑いして、俺や弥生ちゃんに駄々をこねて。

どれだけ強くなっても、あいつは桜井牧場の馬だった。

エクリプスはなんというか、最初から少し遠い。

どこか、この牧場の外を見ている。

もっと言うなら、誰もいない場所を一頭で走っているように見える。

「ルドルフ」

気づけば、俺は空を見上げていた。

「クラウン」

もちろん返事はない。

「ストーン」

風が鳴るだけだ。

「爺さん」

厩舎の木が、きし、と音を立てた。

「……俺はどうしたらいい?」

答えはない。

わかっている。

それでも、聞きたくなる時がある。

エクリプスは強い。

でも、あの馬は勝つことだけを見ている。

それもまた一つの馬の形なのか。

俺が勝手に「楽しんでほしい」と願っているだけなのか。

わからない。

視線の先で、サニーがまたエクリプスに話しかけていた。

「なあなあ!明日も一緒に走ろうぜ!」

「走らない」

「じゃあ隣で走る!」

「邪魔」

「邪魔しない!」

「する」

「しない!」

「うるさい」

「知ってる!」

強いな、サニー。

その強さは、たぶんエクリプスにはないものだ。

絶対に折れない強さ。

誰かの想いを大切にする強さ。

「頼むぞ、サニー」

俺は小さく呟いた。

少しだけ祈るような声になっていた気がした。