軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百六話 太陽は沈まない

『エクリプスだあああああああああああ!!』

実況の声が、冬の中山競馬場の空を突き破るみたいに響いた。

歓声。

拍手。

叫び声。

『二着にはサニーボーイ!ラストラン、逃げに逃げましたが、最後はエクリプスが差し切りました!三着にゴールデンウイスキ!四着はテンザンブラック!五着にマンハッタンティーか!』

うん、俺は二着だ。

その実況を聞きながら、俺はしばらく脚を止められなかった。

止めたら、そのまま倒れる気がした。

背中の騎手さんが俺の首を何度も叩く。

「よく走った、サニー!よくやったぞ!」

……泣いてねぇか、騎手さん?

まあ、「ずっとありがとな!」という気持ちを込めて「ヒヒン」と軽く鳴いておく。

聞こえていないのはわかっている。

でも、答えたかった。

ありがとう。

俺に乗ってくれたのがあんたで本当に良かった。

俺のことを最後まで信じてくれてありがとうって。

『エクリプスがジャパンカップの雪辱を果たし!!有馬記念制覇!!』

エクリプスが、少し前で流している。

誰にも言わないが、正直今回は無理かな?と思っていたのは本当だ。

爺さんの好きなゲームみたいに能力を数字にしたら、絶対エクリプスに勝てないし。

でも今日も、全部を出した。

その上で、負けた。

少し前を流していたエクリプスが、ゆっくりこちらへ寄ってきた。

昔を思うと、それだけでちょっと面白い。

「僕の勝ちだね」

その声は、いつもより少しだけ弾んでいた。

勝ったからか。

それとも、楽しかったからか。

たぶん、両方だ。

だから、俺は思いきり笑うように鼻を鳴らした。

「……ああ、チクショウ!負けたぜ!」

ちゃんと、でかい声で言ってやった。

いいんだよ。

負けたら悔しい。

でも、負けたことを認めるのも競馬だ。

エクリプスは、勝った事実を確認するみたいに、小さく頷いた。

「これでジャパンカップと有馬記念で一勝一敗だね」

「宝塚記念は!?」

即座にツッコんだ。

エクリプスが、少しだけ首を傾げる。

「一緒に走ってたっけ?」

「お前、そういうところあまり成長してねぇな!?」

そこは覚えておけよ!

俺いたよ!

ワインと激戦を繰り広げてたよ!

「そうだっけ」

「そうだよ!」

「覚えてないってことは遅かったんだよ」

「言い方!」

悪気はない。

たぶん。

本当に大丈夫か、コイツ?

周りの馬たちが吹き出した。

「これはヒドイ」

「まあ、あの頃のエクリプス、ほぼ誰も見てなかったしな」

「ワインがこの会話知ったらブチギレるぞ、アイツ」

「エクリプスだしな」

お前らもさらっとひどいな。

エクリプスが、少しだけ胸を張るように言った。

「でも、僕が勝ったから、また走ろうね」

「俺、これで引退なんだけど!?」

思わず叫んだ。

エクリプスは、本気で驚いたみたいな顔をしている。

お前、知ってただろ。

いや、知ってたけど理解してなかった顔だな、それ。

「え、僕勝ったのに?」

「何その理論!?」

勝ったら相手の引退が取り消せるの!?

どういう競馬ルールだよ!

「なんで?」

エクリプスが心底不思議そうな顔で聞いてくる。

「なんでって……」

なんて言えばいいんだろうな。

「……俺は、もう十分走った」

自然と、そんな言葉が出た。

皐月賞と菊花賞を勝った。

ダービーは負けてすげー悔しかったけど楽しかった。

全部を賭けて、本気の本気で全部を出し切ってジャパンカップでやるべきこともやった。

そして、今日も最後まで本気でみんなと走れた。

これは、たぶん、幸せなことだ。

これ以上を求めたら、きっと近い未来俺は壊れる。

爺さんは、それを嫌がる。

俺も嫌だ。

牧場に帰りたい。

チビどもに自慢したい。

爺さんに撫でてもらいたい。

皐月や梅さんにも褒めてもらいたい。

でも、そんなことはエクリプスに言うことじゃない。

だから、俺は笑って言った。

「まあ、あれだ」

「何」

「俺は、伝説になるんだよ!」

エクリプスが、露骨に「何を言っているんだろう」という顔をした。

こいつめ。

「ジャパンカップでお前に勝った太陽の馬として語られるんだ!」

「自分で言うんだ」

「自分で言わないと誰が言うんだよ!」

「たぶん、爺さん」

「それはそう!」

爺さんは言ってくれる気がした。

もしかしたら皐月とかも言ってくれるかもしれない。

「だから、もういいんだよ」

エクリプスが、本気でわからないという顔をした。

まあ、俺も競走馬である以上気持ちはわかるけどな。

「おいおいおい、二頭だけで勝手に感動の最終回してんじゃねぇぞ!」

横から、うるさい声が飛び込んできた。

ゴールデンウイスキだった。

こいつはこいつで、エクリプスと俺の後ろで、最後まで脚色が鈍らなかった。

正直、三歳でこれなんだからこいつも十分怪物側だと思う。

「今日のところは俺様の負けを認めてやる!」

「うん」

「だが、次は俺様が勝つ」

「僕、来年は海外かも」

「なら海外まで追いかける!」

「え」

「『え』じゃねぇ!俺様はどこまでも追いかけてでもお前を倒す!」

「そうなんだ」

「そうなんだよ!」

ウイスキの声は本気だった。

有馬記念で三着。

それでも、もう次を見ている。

たぶん、こういう馬がいるから、競馬は終わらない。

俺が引退しても。

みんながいる。

次のレースがある。

次の物語がある。

「お前ら、ゴールした直後から元気すぎないか?」

マンハッタンティーだ。

こいつも相当タフである。三歳馬怖いな。

「マンハッタンティー」

エクリプスが名前を呼ぶ。

「強かったな、エクリプス」

「マンハッタンティーも強かったよ」

エクリプスが、すぐにそう返した。

マンハッタンティーが、一瞬だけ目を丸くする。

俺も、ちょっと驚いた。

おお。

エクリプスが、ちゃんと褒めた。

すごい。

成長している。

マンハッタンティーは、咳払いするように鼻を鳴らした。

「まあ、今日は負けだ。認める」

「うん」

「だが、俺はお前に勝つまで諦めねぇ」

「知ってる」

「知ってるならよし」

そう言いながらも、マンハッタンティーの目は少し楽しそうだった。

負けた悔しさはある。

でも、いいレースを走り切った馬の顔だった。

他の馬たちも、疲れ切った顔をしながら、こちらを見ていた。

「エクリプス、強かったな」

「サニーもすごかった」

「ウイスキもマンハッタンティーも、よく食らいついたな」

「今年の有馬、三歳にやられすぎだろ」

「でも、面白かった」

「めちゃくちゃ悔しいけどな」

「来年覚えてろよ、エクリプス」

エクリプスは、そちらを見た。

前なら、たぶん何も返さなかった。

聞こえていても、必要がないと言ったはずだ。

でも今は違った。

「うん」

エクリプスは、短く頷いた。

「また走ろう」

その一言で、周りの馬たちの空気が少し変わった。

「おう」

「次はもっと近くに行く」

「いや、俺は勝つ」

「天皇賞春、出てこいよ」

「海外行くなら勝ってこいよ」

ああ。

いいな。

すごくいい。

エクリプスの周りに、馬がいる。

ちゃんといる。

みんな、負けて悔しがっている。

でも、エクリプスに話しかけている。

もう、こいつは独りじゃない。

そのことが、俺は嬉しかった。

「みんな強かったよ」

エクリプスは、真面目な顔で言った。

「でも、やっぱり僕が一番強い」

「それを言わなければ良い話っぽかったのに!」

俺は叫んだ。

ウイスキも吠える。

「調子に乗るなよ、エクリプス!」

「事実でしょ」

「事実だから余計に腹が立つんだよ!」

「じゃあ、勝てばいいのに」

「お前、やっぱり成長してねぇな!?」

周囲の馬たちがまた笑う。

その時、観客席からさらに大きな歓声が起こった。

エクリプス。

エクリプス。

エクリプス。

ウイニングランを待っている歓声だ。

エクリプスが、そちらへ少し視線を向けた。

「ほら、歓声が呼んでる。ウイニングラン行ってこい」

エクリプスは、じっと俺を見た。

それから、小さく頷いた。

「またあとで」

「ああ、またあとでな!」

そのままエクリプスは、ゆっくりとウイニングランへ向かっていった。

歓声が、また大きくなる。

エクリプスの名前が、中山競馬場に響く。

俺はその背中を見送った。

俺と、同じ牧場で生まれた後輩。

俺が、独りにせずにすんだ馬。

――その姿を。

「おい、サニー」

ウイスキが横から声をかけてきた。

「ん?」

「行くぞ」

「ああ!」

他の馬たちと並んで歩き出す。

「サニーは、最後までうるさかったな」

「サニーだもんな」

「なんだかんだ、いなくなると寂しくなるよな」

「でも、いいラストランだったんじゃねぇの」

その言葉に、俺は一瞬だけ黙った。

けど、すぐに胸を張ることができた。

「ああ!最高だったぜ!!」