軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

208

「絶対に入れるなよ……何が何でも、侵入させるな!」

「無理です、止められません!」

男の怒号と、悲鳴が響く。

鹿児島県庁特定地下災害――ダンジョンにまつわる地上の災害――の対策本部は阿鼻叫喚の巷と化していた。

スーツをボロボロにした若い男が、よろめきながら部屋に転がり込んだ。這いつくばり、顔だけ上げて叫ぶ。

「知事! お逃げください!」

その視線の先。額に汗を浮かべた中年男性は周囲を見回す。厳重にブラインドが閉じられた窓に目をやった。

「逃げると言っても……窓か!?」

「ダメです、窓の外にも貼り付いています!」

「ガラスに!? 協会理事は本当に人間か!? 警察はまだか!?」

「警察は車道に大量の市民がいて通れません!」

「なんということだ……!」

バキャッと勢いよく扉が破砕される音が鳴る。部屋は静まりかえり、全員の視線がそこに向けられた。

艶のある上等なスーツで分厚い胸板を包んだ老人が、ゆったりとした足取りで入ってくる。右手と左手それぞれで、屈強な警備員の顔面を掴んで引きずっていた。

どさり。警備員が落とされる。彼らは力なく横たわった。

「安心せい。殺しちゃいない」

「これが……これが協会のやり方か!?」

「そうだ。協会は、そういう組織になったのだ」

知事の糾弾に、理事は力強く即答した。自信に満ちた表情である。一切悪いことをしたと思っていない。

「お、脅すつもりだろうが、災害派遣の要請はしないぞ」

暴力の匂いを前に体を震わせながら、それでも知事は強がった。

ムキムキの老人は指の関節をコキリと鳴らす。

「理由を問おう」

「暴力により手続きを進行し、暴力の安全装置を外すことなど認められん……! そもそも、民間の軍事力である探索者が勝手に行った戦闘行為を、自衛隊が支援するなどあってはならん! 文民統制が崩壊するぞ!」

ダンジョン内では他国の勢力と衝突する可能性だってある。探索者などに勝手に開戦の火蓋を切って落とされるなど、あってはならない。

「遺言はそれでいいか?」

「普通は言い争うところだろ! 結論が早い!」

「それもそうか。言い争ってみるか」

老人は頷いた。素直である。

文民統制。軍事に対する決定権を、軍人ではなく市民が選んだ政治家に委ねることで、軍の暴走を防ぐという考え方である。

軍人が自由に軍を動かすようになれば、クーデターを簡単に起こせるようになり、民主主義そのものが崩壊する。

軍人ですらない、規範の薄い暴力の徒。それが探索者だ。

そんな探索者が勝手に起こした戦闘のたびに、自衛隊を好き勝手呼び出せるようになれば、軍事の決定権を探索者が持つに等しくなる。

「それに、あの男……永野といったか。奴を支援してはならん。行政が奴を認めたという前例を作れば、軍閥化する……。ただでさえ、薩摩クランは地方の軍閥に成り得る存在だったというのに、手を結ばせてはならん……!」

「軍閥。軍閥な。それもそうだ」

知事は目を丸くした。老人が素直に認めたことが意外だったのかもしれない。

老人は自らの太くなった腕をさする。

「そうだな。あの男が望まずとも、軍閥化は起きうる。歴史は繰り返すと言うが、独裁者は民主主義からも生まれるのだから」

ナガは比較的法に従うが……法に則った選挙運動から独裁者になった者もいる。

「民主主義が暴走し始めたときに歯止めを掛けるのも、政治家の務めだ」

「賢い男だ」

老人は知事を褒めた。その上で、凶悪な表情を浮かべる。

「だが、分かっていない」

「何をだ」

知事の喉が上下した。

「楽しい」

「一体何が……」

「戦うのは楽しい。死ぬかもしれないと思いながら戦っていると、心の底から生きたいと思える。倒した相手の皮を剥がし、臓物の臭いを嗅ぎ、焚き火の熱を感じながら肉を喰らうのは楽しい。左右に同じ表情をした仲間が居ると、自分が生まれてきた意味を実感する」

知事は絶句した。目の前にいるのは大組織の長老だというのに、野蛮人じみた楽しみを語りだしたのだ。

「昨日の愚痴を語り、今日の苦労をねぎらい合い、顔役の活躍を賞賛する。単純なことだ。ただ、それだけで満たされる」

「た、楽しそうなのは理解するが、だからどうした」

老人は笑った。

「この数年を振り返れ。楽しくないだろう。儂は楽しくなかった。競争に勝ち地位を手にして、何が楽しくなる? 使い切れない金で、価値ある物で身辺を囲んで、どうすればいい? 死ぬことを恐れなくて良い中で、どうやって死ぬか……あるいはどうやって死を先延ばしにするかをぼんやりと考える日々だ!」

一歩。大胆な歩みで、老人が知事に近づく。誰も割って入ることは出来ない。

「どれだけ成功しても、もっと成功した奴が見える。些細な喪失に苦しむ奴も目に入る。それだけ人が目に入るのに、何かを一緒に成し遂げる喜びも、仲間との団結を感じる瞬間も足りていない。足りていない」

「社会的孤立は分かる! だからって、軍閥には関係が――」

「ある。自分達の為に頑張る、強い男。それを応援し、力になり、ときには同じ環境に身を置いてみる。同好の士と仲間意識が生まれる。頑張る意味が生まれる。死と近い存在を見ることで、生きることを意識出来る」

太く、ゴツい親指が立てられた。

「推しを作ると、社会的孤立は解消される」

「結論可愛いなぁ!?」

「いや、本当に。ただ、今の市民が求めている『推し』を推すと、軍閥化する。それが望まれている。諦めろ、青二才。世の中が不足に喘いでいるものを、永野という存在は、インスタントに暴力で提供してしまったのだ」

知事はわなわなと手を震わせたあと、やがて、据わった目で拳を構えた。多少は武の心得を感じる構えである。

「暴力の渦を止めるのもまた、暴力かもしれん。自衛隊を呼ばせたければ、私を倒してみるが良い!」

老人は目をカッと開くと、スーツの懐から棍棒を取り出した。

「良い覚悟だ! 殺してやる!」

「待て待て待て待て!!!! 殺すな!! どこに入ってた!?!?」

戦いの結末は、見るまでもない。棍棒は、強いのだ。