軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

206

神は実在する。

――それが、本当にこれまで人類が伝承してきたものと同一かは別として。

これはダンジョンの深層に潜る人間であれば、誰もが認識している事実だ。

ナガにしたって、アヌビスとヴリトラ、含めるならば世界樹の3体に遭遇してしまっている。

アーサーを筆頭に、海外の探索者達や軍人も含めれば、多くの人類が神々との遭遇を果たしていた。

だが、誰も取り立てて話題にしない。

口にしてはならないと知っていたからだ。

ダンジョンに潜む神々の存在は、これまで人類が心の拠り所にしてきた信仰を大いに揺るがす。

『見てない奴らは、俺の配信を見ろ。アヌビスは分かりづらくても、ヴリトラは分かりやすいだろ。いかなる人類文明の攻撃でも傷一つつかなかったダンジョンの階段を、お散歩感覚で破壊する大蛇だ。遭遇したかつての人類が、神と呼び神話に記したものが、ダンジョンには現存する』

「言い切りましたか……!」

絵麻は首をさすった。強すぎるストレスで、喉を絞められているような錯覚に陥ったのだ。

彼女の権限で配信を強制終了することは出来る。情報はいつか漏れ出すにしても、そのXデーを先送りすることは出来る。

――だが、そうしない。

強いストレスに苦しみながらも、彼女の顔は紅潮していた。目は潤み、息が上がっている。

『認めろ。認めるんだ、お前ら。目を背けるな。かつての地球に神話は在った。そして、再びその時代が訪れようとしているんだ』

ナガは淡々とした表情で、世界に真実を突きつける。

『語り継いできたものと、これから遭遇するそれらが、果たして同じ姿をしているかは分からねえ。人類をどう思っているかも知らねえ。だが、神々はいたんだ』

「ああ、なるほど。この予感があったのかもしれません」

絵麻は、独り言を漏らした。

――私は、興奮している。

彼女は、元は特定地下探索者だ。それも、法整備が成されたあと十代のうちに潜り始めた、最初期の探索者である。

昔のダンジョンは、冒険者たちのものだった。

定職に就かず、居場所も未来もない男達が、一攫千金を夢見て命をベットする、言葉通りのアンダーグラウンド。

それが「一般人」に解放され探索が合法になった瞬間に飛び込んだ。

結局のところ、彼女だって未知と冒険を愛する探索者だったのだ。

わざわざ危険を冒し、商業主義の波に背中を押されて、平和な日本から殺し合いの世界に飛び込んだ一人なのだ。

『海は荒れ狂い、硫黄の火が降り注ぎ、多頭の竜が山を抉る。そんな世界が、またやってくる』

だからこそ、どうしようもなく嬉しくなってしまう。

ダンジョンという大変革が起きたのに、変わらなかった世界が――日常が、切り崩される予感に、胸が震える。

『危険だ危険だと言われるダンジョンの深層だって、かつては独立したどこかの世界だったんだ。地球だって、いつかはそうなる』

ナガが放った死の宣告。滅びの予言に、ますますコメントが加速していく。

同時接続、310万。すでにコメントの9割が外国語で書き込まれていた。

ちょろちょろと歩いていたゴブリンが、ナガに気づいて頭を下げた。ナガは鷹揚に手を上げ、軽い挨拶を交わす。

『ほら、こうなっちまえば悪い奴らじゃないだろ。ついさっきまで殺し合いしていたのに、まぁわかり合える……こともある。知らねえけど』

『ちゃんとしなよ』

『わかり合えた。うん』

世界に激震を与えているというのに、配信の様子は緩い。

温度差が、彼らの異質さを強調していた。

あまりにも、普通に暮らしている者とは違う経験を重ね過ぎている。

『俺ら探索者がダンジョンに挑み――複数の種族と手を結び、複数の階層に跨がって世界を広げていく。そうやって、ダンジョンそのものを打破していく。今日、ついに俺らは亜神の討伐を成した』

ナガは歯を剥き出しにした。

『だから、承認しろ。一緒に戦えとは言わねえ。命を懸けた者の遺体を回収するくらいは手伝え。戦いたい奴が、危機感を抱いた者が、家族を守りたいと思った戦士達が戦う。その亡骸を運ぶくらいは手伝ってくれ。俺は要求する。特定地下探索者協会に対し、県知事に自衛隊の災害派遣の要請を求めるように』

探索者がダンジョンに潜って戦い、それを行政が支援すること。

神々や他種族との地下での戦いを、便宜的に災害と捉えて自衛隊が支援すること。

それらの前例を作れと、全世界350万人が見ている中で、ナガが訴えた。

亜神討伐を成し、世界の終末とそれに抗う可能性を示した男が言った。

絵麻は立ち上がる。

その顔には決意が浮かんでいた。

「――協会も変わるときが来ましたね。まずは、未だ権限を残しているジジイ共にコンタクトをとりましょうか。牡羊の会経由でよろしいでしょうか?」