作品タイトル不明
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「特定地下探索者の方に、配信をして欲しくないと思うのは初めてですね」
特定地下探索者協会多摩支部。
支部長室の中央に大きなホログラム画面を展開しながら、高坂絵麻は呟いた。
ホログラムの中では、ナガとスイが薩摩クランの拠点を並び歩きながら配信をしている。
ナガの上半身は薄汚れていて、目を逸らしたくなるほど無数の傷跡が刻まれていた。まさに肉に残された戦闘記録だ。彼が何を口にしようが、その外見こそが最大の説得力になることだろう。
「思えば、出会ったときからイレギュラーでしたか」
彼女は指先で前髪を押さえ、整え直した。
いつ、何者がここを訪問してくるか分からない。
ナガを見いだし、特例的な処置でダンジョンに送り込んだのは他ならぬ高坂絵麻だ。ダンジョンで25年間生き延びた、異例の経歴に目をつけ、利があると考えたのだ。
類い希なダンジョンでの生存技術。蓄積された情報。
彼女が期待したそれらとは裏腹に、ナガは自由かつ無軌道に、ダンジョンに隠された神話を勝手に掘り起こし始めたのだが。
――世間的には、責任者は私だ。
彼女は身震いした。
ナガという男の恐ろしいところは、暴力性でも生存力でも、はたまたカリスマですらない。それらを備えてなお、社会の中で絶妙に居場所を作っているところだ。
ルールを遵守はしないが、大きく乱しはしない。モラルこそないが、人情に篤い。
多少のヤンチャは「それぐらいなら、まぁ」と言われるくらいに収めている。
いつでも自由に飛び立てるくせに、首輪が繋がっている犬のフリをした竜だ。
だからこそ、ナガを見た人間は、首輪の持ち主に見える高坂絵麻に話をつけようとしていた。
鳴り続ける着信音をミュートする。
「同時接続、190万人。もう、止めることは出来ませんね」
画面の中では、スイが薩摩クランの来歴と現状を語っていた。
複数言語で流れるコメントを追うことは不可能だ。AIが多くのコメントを解析し、共通している主張を拾い上げてピックアップするものを表示するくらいしか出来ない。
国内の視聴者からは、驚きと同情と政府批判のコメントが集まっている。一方で海外の一部地域からは、市民がダンジョンに潜るときも銃を使うべきではないか、と驚きの声が寄せられていた。
コメントを見たナガが笑う。
『いいじゃねえか。銃を使っていたら、今回の戦いは乗り切れなかった。機銃や無反動砲で世界樹が倒せるかよ』
「あああ、滅茶苦茶です。自衛隊の優位を否定する発言ですよ……!」
大前提が壊れ始めた。
自衛隊や軍は強い。ダンジョン探索はあくまで経済活動のお遊びで、危険なモンスターから市民を守るのは政府の仕事。
そんな前提を引っくり返す、実績を伴う言葉だ。
自衛隊では倒せない危険なモンスターの進軍を、剣と魔法と戦槌で止めた奴らがいる。
――探索者の立ち位置、存在意義がひっくり返ってしまう!
高坂は頭を抱えた。
『なんで民間人が、そんな危険な戦いをしてんのかって?』
再びコメントをナガが拾う。
「余計なことは言わないでくださいよ……! 妙に惹き付けるようなことも!」
部屋で祈るだけの者の願いは儚い。
『お前らだって一緒だろ。生活のため、家族のために日常的に戦ってる奴らは幾らでもいる。真面目に社会を作り上げて、その一員として息詰まる日々と戦ってんだろ。誰もが命懸けだ。俺らは、一番分かりやすい形でそれをやってるだけだ』
ナガはドローンを掴み、間近でカメラを覗き込む。
『まぁ、痛ぇことも多い。臭ぇ中、暗い中、孤独の中でバンバン死ぬ。ロクなモンじゃねえ。こっち来んなよ』
強烈な威を放つ目だ。それから、ふっと表情を緩めた。
『ただ、誰の為に、何の為に戦うかっていうのが明確なのは、幸せなのかもしれねえな。敵も味方も、目的も、全てがハッキリ具体的な形を持っている。きっとそれを、ロマンと呼ぶんだ』
ゴブリンが傷ついた剣士に肩を貸し、共に廊下を歩いていた。血の匂いにフラフラ寄っていくアラクネの頭を、別の剣士が刀の鞘でシバいた。
『おお、軽傷者か?』
ナガの問いに、耳があるはずの場所に真っ赤なガーゼを貼り付けた剣士が笑う。
『輸血が足りてない軽傷者達だ』
『そうか。今、牡羊の会から連絡があった。ダンジョン経由でワーウルフ達が来る。変身能力で血が足りねぇやつに化けて輸血してくれるそうだ』
「確かに人狼には、変身対象ごとにダメージをリセットする力がありますが……そういう使い方をしますか!?」
もはや悲鳴だった。
調伏したモンスターを前線で戦わせるのは、英国を筆頭に研究されていた。だが、人間が前線を張り、モンスターの能力で支援するのはこれが初めてだろう。
これだけのやり取りで、モンスターと共存できる可能性と、その有用さを示している。
『あぁ、モンスターがどれだけ信用できるかって? そりゃあ心配だよな。同じ価値観、さらに言うなら、同じ教育を受けて育ってねぇんだ。逆にそれは、教育を受けていない……同じ文化圏で育っていない人間にも同じことを言えるんじゃねえか?』
ナガは厭らしい笑みを浮かべ、カメラを指先で叩いた。
『皆んなポリコレ好きなんだろ? しかも、こいつらに関しては俺が責任取るって言ってんだ。無責任かつ野放図にごちゃ混ぜにして、仲良くしろなんて言うつもりはねぇさ』
「悪口が過ぎますって……」
話がどう転ぶのか……そしてどこに喧嘩を売るつもりかも分からない、ナガの一言一句に、彼女の胃はキリキリと悲鳴を上げていた。
『それに、人類目線でも共存は必要になってくるぞ。俺の配信視聴者なら、当然知ってるだろ。神話は実在する。そして――――地上は、地球は、ダンジョンの最上階じゃあ無くなるってことを』