軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

203

ダンジョンの階段。

地上と地下一層を繋ぐそれの踊り場には、特別な感慨がある。背後には地下空間の薄暗さが満ち、前方には地上の光が強く輝く。

腹に、背中に力を込めた。

真っ直ぐに立て。誰よりも大きく見せろ。

今回の遠征で、これが最後の戦いだ。総決算と言ってもいい。

「ナガ、大丈夫だよ。いけるはず」

スイが俺の背中を叩いた。頷き返す。

ここを出た瞬間の、俺の印象が全てだ。

ダンジョンの階段が世界中に生まれてから、ただの一度として、意思と自由を持つモンスター達を大量に連れ出した事例はない。

危険だと思われたら負けだ。

こいつらが見張ってんなら――こいつらが安全だと言い切んなら任せてもいいや。そう思わせなきゃならねぇんだ。

頬を手でバシッと叩いた。

「よし、行くか!」

想像以上に明るい声が出た。もっと緊張するかと思ってたんだけどな。

重責ってやつに慣れてきたのかもしれねぇ。山里、今度おすそ分けしてやるよ。お土産買ってないしな。

大股で、堂々と階段を登っていく。

目を細めたりしないように、じっと光を見つめて目を慣らしておいた。

ダンジョンの階段から踏み出した瞬間、歓声でも悲鳴でもない、予想していなかった声が俺たちを包んだ。

「帰ってきたぞ!」

「担架こちらにあります!」

「軽傷者こちらです!」

「緊急性の高い外傷、こちらで応急処置します!」

薩摩クランの拠点すぐ近く。駐車場のように整備されたダンジョン入口周辺に、幾つものテントが立てられ、ご丁寧に手書きの看板まで置かれていた。

駆けつけたボランティアが、盛んに声を張り上げている。

パッと見で50人は超えているんじゃねぇか?

「永野さん、負傷者の振り分けお願いします!」

青い服を着た、医師のような男が駆け寄ってきた。

「助かる! トウカ、任せて良いか?」

「もちろんです!」

医師は総長を背負うオドアを見て、目を見開いた。

「本当……なんですね」

「何がだ?」

「その、モンスターが仲間になった、と」

「本当だ。悪いが、モンスターの治療もしたい。緊急性が高いやつを頼みてえ」

オーク達が重傷者を運び出してくる。その中には当然、モンスター達の姿もあった。

馴染みやすいドワーフはまだ良い。だが、コボルト、ゴブリンなどは見た目からして怪物感がある。さらにオークやアラクネともなれば、見た目にかなりの圧迫感があるだろう。

しかも、ここにいる妖精種の全てが、ついさっきまで戦場にいた奴らだ。荒んだ顔つきで、死の残り香を漂わせている。

怯み……しかし、否定の言葉も出せずにいる医師。

仕方ねえよな。義侠心で駆け付けた以上、嫌だとは言えない。だが、至近距離で言葉の通じないモンスターを手当するのは怖い。戦闘慣れしていない一般人だ。仕方ねえ。

だが、ここでモンスターを見捨てて下さいとは言えねえ。

「俺が保証する!」

この場にいる全員に聞こえるよう、声を張り上げた。

「この場にいる妖精達は敵じゃねえ! 見ろ! 長年殺し合ってきた薩摩クランとゴブリンの長の姿を!」

総長は穏やかな顔で眠りについていた。

腕がオドアの首に絡んでいるし、なんなら締めている気もするが、まぁ何も知らないで見れば穏やかな光景だ。オドアの首には血管が浮いている。すまん。

「何かがあれば、必ず俺が責任を取る! 金も、命も渡すと誓おう! だから……頼む、信じてくれ!」

もちろん、ただ引き渡すつもりはねぇ。悪気が無くても、トラウマで暴れ出すことだってあるだろう。

アラクネの糸である程度固定したり、薩摩クランの隊士が複数名で監視につくなどの対処は必要だ。

医師は冷や汗を流しながらも、覚悟の決まった顔で頷いた。

振り返った彼の顔を見て、集まっていたボランティア達も頷き返す。

「……すまん」

「いえ。あの。戦っていた人の言葉ですから。そりゃ、怖いですけど。外野の言葉じゃありませんので」

「助かる。ありがとうな……」

辿々しく言う医師の手をしっかりと掴み、頭を下げた。すげぇ手汗だ。それだけ緊張しているのに、受け入れようとしてくれている。

もちろん報酬は可能な限り出すつもりだが――雇用なんかと違って、どれだけ報われるかも分からねえ仕事だ。見返りが期待出来ないのに、意地を見せてくれる。

本当に、ありがたい。

「探索者なんて怪我して帰ってくるばかりで、わざわざ危ないことして医療リソース圧迫する馬鹿どもだと思ってたんですけどね。こんなに命張って、私達を守っていたとは知りませんでした。探索者に比べたら、このくらい怖くありません」

膝を小刻みに震わせながら、医師は腹をアラクネの糸でぐるぐる巻きにされたオークのもとへ向かった。

振り分けられた負傷者達は、その場で手当てされる者もいれば、車両で運ばれていくのもいる。

中には軽トラの荷台に積まれていくのもいた。

近場でかき集められる手段で、可能な限りの最速をもって、人間もモンスターも問わずに医療を行き渡らせようとしている。

慌ただしく動き回る一団の中から、一人の中年男性が歩み寄ってきた。

片足にサポーターをつけ、引きずるような独特の歩き方をしている。目の周りのシワが深く、髪には白髪が多く混ざっていた。

長年深く悩み苦しんできた者特有の、静かに光を失った眼だ。

男は俺を見て、それからオドアに背負われた総長を見た。

足を止め、頬を震わせる。何かを言おうとして、逡巡していた。

「む……」

目を閉じていた総長が、小さな声を漏らした。