作品タイトル不明
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ダンジョンの階段。
地上と地下一層を繋ぐそれの踊り場には、特別な感慨がある。背後には地下空間の薄暗さが満ち、前方には地上の光が強く輝く。
腹に、背中に力を込めた。
真っ直ぐに立て。誰よりも大きく見せろ。
今回の遠征で、これが最後の戦いだ。総決算と言ってもいい。
「ナガ、大丈夫だよ。いけるはず」
スイが俺の背中を叩いた。頷き返す。
ここを出た瞬間の、俺の印象が全てだ。
ダンジョンの階段が世界中に生まれてから、ただの一度として、意思と自由を持つモンスター達を大量に連れ出した事例はない。
危険だと思われたら負けだ。
こいつらが見張ってんなら――こいつらが安全だと言い切んなら任せてもいいや。そう思わせなきゃならねぇんだ。
頬を手でバシッと叩いた。
「よし、行くか!」
想像以上に明るい声が出た。もっと緊張するかと思ってたんだけどな。
重責ってやつに慣れてきたのかもしれねぇ。山里、今度おすそ分けしてやるよ。お土産買ってないしな。
大股で、堂々と階段を登っていく。
目を細めたりしないように、じっと光を見つめて目を慣らしておいた。
ダンジョンの階段から踏み出した瞬間、歓声でも悲鳴でもない、予想していなかった声が俺たちを包んだ。
「帰ってきたぞ!」
「担架こちらにあります!」
「軽傷者こちらです!」
「緊急性の高い外傷、こちらで応急処置します!」
薩摩クランの拠点すぐ近く。駐車場のように整備されたダンジョン入口周辺に、幾つものテントが立てられ、ご丁寧に手書きの看板まで置かれていた。
駆けつけたボランティアが、盛んに声を張り上げている。
パッと見で50人は超えているんじゃねぇか?
「永野さん、負傷者の振り分けお願いします!」
青い服を着た、医師のような男が駆け寄ってきた。
「助かる! トウカ、任せて良いか?」
「もちろんです!」
医師は総長を背負うオドアを見て、目を見開いた。
「本当……なんですね」
「何がだ?」
「その、モンスターが仲間になった、と」
「本当だ。悪いが、モンスターの治療もしたい。緊急性が高いやつを頼みてえ」
オーク達が重傷者を運び出してくる。その中には当然、モンスター達の姿もあった。
馴染みやすいドワーフはまだ良い。だが、コボルト、ゴブリンなどは見た目からして怪物感がある。さらにオークやアラクネともなれば、見た目にかなりの圧迫感があるだろう。
しかも、ここにいる妖精種の全てが、ついさっきまで戦場にいた奴らだ。荒んだ顔つきで、死の残り香を漂わせている。
怯み……しかし、否定の言葉も出せずにいる医師。
仕方ねえよな。義侠心で駆け付けた以上、嫌だとは言えない。だが、至近距離で言葉の通じないモンスターを手当するのは怖い。戦闘慣れしていない一般人だ。仕方ねえ。
だが、ここでモンスターを見捨てて下さいとは言えねえ。
「俺が保証する!」
この場にいる全員に聞こえるよう、声を張り上げた。
「この場にいる妖精達は敵じゃねえ! 見ろ! 長年殺し合ってきた薩摩クランとゴブリンの長の姿を!」
総長は穏やかな顔で眠りについていた。
腕がオドアの首に絡んでいるし、なんなら締めている気もするが、まぁ何も知らないで見れば穏やかな光景だ。オドアの首には血管が浮いている。すまん。
「何かがあれば、必ず俺が責任を取る! 金も、命も渡すと誓おう! だから……頼む、信じてくれ!」
もちろん、ただ引き渡すつもりはねぇ。悪気が無くても、トラウマで暴れ出すことだってあるだろう。
アラクネの糸である程度固定したり、薩摩クランの隊士が複数名で監視につくなどの対処は必要だ。
医師は冷や汗を流しながらも、覚悟の決まった顔で頷いた。
振り返った彼の顔を見て、集まっていたボランティア達も頷き返す。
「……すまん」
「いえ。あの。戦っていた人の言葉ですから。そりゃ、怖いですけど。外野の言葉じゃありませんので」
「助かる。ありがとうな……」
辿々しく言う医師の手をしっかりと掴み、頭を下げた。すげぇ手汗だ。それだけ緊張しているのに、受け入れようとしてくれている。
もちろん報酬は可能な限り出すつもりだが――雇用なんかと違って、どれだけ報われるかも分からねえ仕事だ。見返りが期待出来ないのに、意地を見せてくれる。
本当に、ありがたい。
「探索者なんて怪我して帰ってくるばかりで、わざわざ危ないことして医療リソース圧迫する馬鹿どもだと思ってたんですけどね。こんなに命張って、私達を守っていたとは知りませんでした。探索者に比べたら、このくらい怖くありません」
膝を小刻みに震わせながら、医師は腹をアラクネの糸でぐるぐる巻きにされたオークのもとへ向かった。
振り分けられた負傷者達は、その場で手当てされる者もいれば、車両で運ばれていくのもいる。
中には軽トラの荷台に積まれていくのもいた。
近場でかき集められる手段で、可能な限りの最速をもって、人間もモンスターも問わずに医療を行き渡らせようとしている。
慌ただしく動き回る一団の中から、一人の中年男性が歩み寄ってきた。
片足にサポーターをつけ、引きずるような独特の歩き方をしている。目の周りのシワが深く、髪には白髪が多く混ざっていた。
長年深く悩み苦しんできた者特有の、静かに光を失った眼だ。
男は俺を見て、それからオドアに背負われた総長を見た。
足を止め、頬を震わせる。何かを言おうとして、逡巡していた。
「む……」
目を閉じていた総長が、小さな声を漏らした。