作品タイトル不明
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「後で教えてくれよ」
「どうせ、言われなくても分かってるんだろうが。いいから行け」
俺は頷くと、身を翻すついでにピクシーの群れに斬撃を浴びせた。後に続く剣士達が、一人一太刀をお見舞いしながら蝿の雲を通り抜け、俺の後を追う。
――戦いに犠牲はつきものだ。敵でも、味方でも。誰かが死に、誰かが傷を負う。
「前方、アラクネの群れ! 全部寄生されてやがる!」
振り返り、後ろの奴らに伝える。
「アラクネは斬っていい!」
「斬れ斬れ!」
不快な羽音を塗りつぶすように、野蛮な怒号が飛び交った。
仰け反り不安定な姿勢をとるアラクネたちは、自分達の体すらも巻き込み、無節操に網をばらまいている。二度と動けなくなっても構わないと言わんばかり。生物らしさを捨てた尊厳なき捨て駒にされていた。
――戦いとは、磨り減らす行為だ。それで何かが磨かれ成長することなんてねえ。積み重ねる行為ではなく、己を壊していく作業なんだと思うようになった。
落ちていた槍を拾い、アラクネに投擲。ブッ刺さった槍の柄を踏みつけ、一気に跳躍した。網の雲海なんかに構っている暇はねえんだよ!
網を払うため足が止まった隊士たちに、もはや液体にすら見える密度でピクシーが降り注ぐ。
そこに、灰褐色の影が割り込んだ。
地を這い、跳ね、仲間の背すらも乗り越える勢いで、ゴブリンの群れが前線に雪崩れ込んだ。
乱杭歯を剥き出しにし、刃を、爪を、仲間に当たるのも構わず振り回す。
我が子を守る親のような必死さで、薩摩クランの隊士を庇おうとしていた。
――己を壊して削って削って。触れれば折れる削りカスになってしまう未来が見えていても、俺たちが戦うのは。
「……やりおる」
「わははは、お前らもここで死にたくなったのか⁉」
『カッギャギャ』
誰かの断末魔の叫びに混じり、和気藹々とした声が聞こえてきた。
すばしこく野性的なゴブリンが、ピクシーに対しての壁になっている。ゴブリンに護送され、ついに薩摩クランがアラクネの網を食い破った。
――何かが変わると信じているからだ。戦いが連なる日々の先にもたらされるものが、死んでもいいくらいの意味合いを持つと願っているからだ。
いつの間にか、世界樹が視界を埋め尽くす距離にあった。
一本一本が新幹線よりも太くて長い、巨大な枝が揺れる。地面から飛び出した無数の根が、威嚇するように鎌首をもたげた。
どれもが規格外のサイズ感。動くグランドキャニオンとでも言いたくなるような圧迫感。
だが、その中で最も目を引くのは、幹にレリーフのように浮かび上がる顔だった。
仁王像によく似た、怒りに満ちあふれた表情をしている。
太い眉、見開かれたぎょろ目、顔の形が変わるほど歪められた唇。生々しい、最期の表情が刻まれていた。
これが……ドワーフ王なのだろう。肉体を世界樹に乗っ取られた者の顔を、樹皮に残していやがる。
『我らが王よ…………。幾千年、ご無沙汰しておりました』
後ろから合流してきたドルメンが、目に涙を浮かべ声を震わせた。
自分達を守り、生きながらにして自由を奪われ、世界樹に取り込まれた王。その姿を目の当たりにした忠臣。
これを慰められる言葉なんて、存在しないだろう。
俺みたいな奴が言えることなんて、これくらいしかない。
「倒して、楽にしてやるぞ」
ドルメンは頷いた。
上空で派手に炎が舞い上がる。渦のように広がる火災旋風に煽られ、無数のピクシーが雨のように降ってきた。
不快な蝿の雨と一緒に、光の階段が垂れてくる。
「よお、終わったか?」
「うん。ごめん、待たせたね」
「退屈しなかったから大丈夫だ」
ついに空での戦いに決着をつけた、スイら3人が光の段差を飛び降りた。風が吹き、ふわりと着地する。
少しやつれているが、負傷はなさそうだ。
「これから伐採?」
「ああ。環境破壊しようか」
スイは肩をすくめた。
隼人が笑う。
「ついに亜神に挑戦か。腕が鳴るね。やっぱり永野さんを呼んで正解だったよ」
「まぁ、俺も呼ばれて正解だった」
序盤は後悔したがな。とんでもねえ場所に呼びやがってと、騙された気ですらいた。
だが、全てを押し流す大きな流れに身を置くことで、確かに自分の存在というものに向き合えた気がしている。
――戦いとは、繋ぐ行為だ。
自分の命を繋ぐ。背中に庇った誰かを守る。誇らしく在る。
ただ漫然と生きているだけでは、意志も願いも繋ぐことは出来ない。
生と死の狭間で、生まれたままの感情を吐き出して、恐怖と怒りに歯を食いしばって初めて遺されるものがある。
「きっと、俺が今ここで世界樹と向かい合うことは運命だった」
俺らしくない言葉だが、深くその実感を持っていた。
色んな奴らの戦いが俺を通して束ねられていく。無数の支流が集まり大河へと変わる。その合流地点として、俺がいるような気がしていた。
「ここにいる全員が肩を並べるのも運命だった」
薩摩クランの中から、小松と東郷が前に出た。その後ろからオドアが顔を出す。
ドワーフの群れに紛れ縮こまっているシャルルを、ドルメンが引っ張り出した。死にたくないとほざいていたクセに、前線に紛れ込んでやがったか。
「薩摩クランの戦いは、俺たちの配信を通じて世界が見ている。お前らの背負った痛みは、世界の知るところとなった」
俺とスイを追う万単位の視聴者が、今回の戦いを通して薩摩クランに注目した。安否不明だった俺を探すために、小松を筆頭に、隊士たちのチャンネルを見ていたやつも多いだろう。
人知れず日本の端で流れた血が、守られてきた者たちに届く。
「ドワーフ王が守った妖精種たちは、幾千年を生き延びた。そして、この戦いが終わったときに、新たな王権が再誕するんだろう。ドワーフ達は再生するんだ」
多くの妖精種たちの共闘を通して、これから融和の道が始まる。
コボルトも、ケットシーも、ゴブリンも、オークも、きっとアラクネだってそうだ。
自分達一種の生存のために、一発逆転を求めて殺し合いをする時代は、ここを境に終わりに向かう。そんな夢の兆しが見えていた。