軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百二話 新しい一日

ヤミディレから漏れた言葉に頷きながら、エスピも続ける。

「私がヤミディレに言うのも変だけど……私は、かつてのことを謝れないし償う気なんてまったくない……だけどね……私も知らなかったけど……お兄ちゃんを通じて分かったんだ。トレイナって……器が大きいんだなって」

「………………」

「それがすごい、お兄ちゃんに影響を与えている」

それはもはや「話の前提」をヤミディレも理解している上での話。

「お兄ちゃんを通じてチラッと聞いたんだけど……あのパリピの鑑賞会で……たぶん、六覇は皆が、見えないけどお兄ちゃんの側に確かに存在する『誰かさん』に気づいてるって……パリピは当然、あのノジャですら……ま、原理はお兄ちゃんも分かんないみたいだけど……」

「やはり……そうか……」

「だからさ、分かるでしょ? ヤミディレが新しい時代を生きて未来を見ている……そんなことで失望するような小さい器じゃないんでしょ? そんなこと……ヤミディレ達がよく分かっているはずだよ……」

ここまできて、エスピも下手に誤魔化しはしない。もっとも、エスピの口からそれを全て言うわけにはいかないというのもあるが、案の定ヤミディレも既に感づいていたことであり、そこまで激しく取り乱すこともなかった。

そして、ヤミディレもまた、エスピに言われるまでもなく、トレイナがどれほどの存在なのかは誰よりも分かっているつもりだった。

「……だが、貴様とてかつて仲間が殺されただろう……名もなき兵も入れたら私も貴様ら人類の連合軍のものを殺した数など覚えておらん……が―――」

「それでも私もスレイヤ君も、自分の人生で一番大事なことはこれからもずっとお兄ちゃんと一緒にいることだから! 私がヤミディレに何かしようとしたら……ヤミディレに対して何の怨みもないお兄ちゃんが困っちゃうもん……死んだ皆には悪いかもだけど……でも、私がヤミディレに対して過去の遺恨をぶつけるようなことは絶対にしない」

「……なんという私情……それでも勇者か……」

「私情で結構! 私は勇者である前にブラコンの妹だもんね~! 戦争だって……お兄ちゃんともう一度再会するために……そのためにトレイナとだって戦った」

「そうだ……それで、あの方は……しかし……」

ヤミディレは拳を強く握り、唇を噛みしめる。

そして悲痛な表情を浮かべ……

「それでも、あの御方はそのことすらも……ヒイロの息子であるアース・ラガンにも……自分を殺した張本人である貴様にも……遺恨はないと……そして、貴様はヌケヌケとあの御方の器が大きいだのとこの私に向かって……まったく、忌々しい……これでは、かつて深淵まで憎しみを抱き、ハクキに唆され、始祖の禁忌の技術を使ってクロン様を生み出し……そして……野望の道具として……ヨーセイなど……ッ……そこまでやっていた私は何だったというのだ……」

そう、全てはトレイナのため。そしてトレイナを奪った人類への憎しみ。新たなる神の創生。

色々と狂った野望や野心に囚われていたが、結局……

「ああそうか……私も私情か……これで魔王軍の大将軍とはな……」

そう、結局自分もまたすべて私情だったと自覚し、ヤミディレは己を嘲笑った。

滑稽で、そしてその私情で誰が犠牲になったのか。

かつてのヤミディレならばそんな犠牲に対しては「必要な犠牲」、「くだらない」と切り捨てたかもしれないが、今のヤミディレはもうそれができない。

クロンとの日々で、情が芽生えてしまったから……

「で、こんな話を二人でするためにこんなに朝早くから、恋人も連れずに一人で来たのか?」

自分で自分を笑いながら、それを引き出したエスピを睨むヤミディレ。

すると、エスピも苦笑しながら……

「ん~……まぁ、あんまこういう話はしたくなかったんだけど、とりあえずヤミディレとは今までこうやって話す機会も無かったし、ちょっと話してみたくなったんだ……だって……」

エスピはただ、ヤミディレと話をしたかった。

色々な想いもあったし、互いに憎しみを抱いていたかもしれないが、今は……

「私はさ、今のところは公平な目線だし、シノブちゃんのこともすっごいイイ子だって思って高評価だけどさ……まぁ、お兄ちゃん次第だけど……ひょっとしたら、将来的にヤミディレと親戚になるかもしれないんだし」

( ゜д゜)?

その瞬間、悲痛な顔を浮かべていたヤミディレの目が点になって固まった。

一瞬意味がまるで分からなかった。

だが、その意味をすぐに理解し……

「ぷっ……くくく……はっ……」

「えへへ」

「ッ」

先ほどまで自分の感情を支配していたあらゆる負の感情が薄れ、そしてこみ上げてくる衝動を抑えきれず……

「ふははははははは、それは傑作だ! そうか、……それは何とも傑作だ! それはそれは……」

「だよね」

「しかし、それは『ひょっとしたら』などではないだろう。まさかクロン様がアース・ラガンを射止められぬはずがないからなぁ! いや、ひょっとしたらもうすでに破瓜った後かもしれぬ!」

「いやいや~、わかんないよ~、実はお兄ちゃんってエッチなことには興味津々だけど、かなりの純情で、身持ち固いんだから~。とはいえ、確かにクロンちゃんが強豪なのは分かるけどね。昨日なんて、お兄ちゃんと完全に息もぴったりだったし」

「その通りだ。やれやれ、これはまいったな。最初はヒイロとマアムが親戚になってしまはないかと思ったが、まあ、二人は縁切りでもいいと思ったのだが……流石に貴様は切れぬか」

「当たり前じゃ~ん! 私はお兄ちゃんが結婚して子供作っても、叔母としてその子をメッチャ可愛がるもん。ヤミディレには孫? どう? 『お母さん』って呼ばれるだけじゃなくて『おばあちゃん』って呼ばれたりとかさ~」

「ぬっ……そ、それは、い、言うな……」

「でも、そういうことになるでしょ? ま、シノブちゃんだけじゃなく、サディスちゃんもフィアンセイちゃんもまだ分からないけど……あ、でも一番ヤバいのがいた……ノジャ――――」

「ヲイ! それをそういえば聞きたかった! 昨晩の鑑賞会でノジャが出てきたが、アレはどういうわけだ!」

「うん。実は今、黙ってきてる状態だから、いつ追いかけてきても――――」

「ならんぞ、それは! いいか? ノジャはアース・ラガンにもクロン様にももう近づけるな!」

そして、気づけば二人はいつの間にか調理する手が完全に止まっており、話が止まらず、そして大きな声で笑い声も混ざって、そこに重たい空気などは気づけば一切なくなっていたのだった。

「あ~、何やら楽しそうですー!」

「おお、エスピ……ヤミディレ……なんかスゲー組み合わせで……何やってんだ?」

談笑していたヤミディレとエスピの居る調理場に顔を出す、アースとクロン。

その瞬間、ヤミディレは「グルン」と振り返って「バッ」とクロンの下へと一瞬で駆け寄った。

そしてクロンの両肩を掴み、頭のてっぺんからつま先まで触れて……

「クロン様、そ、それで、昨晩は……昨晩は無事に、そ、その、無事にアレを――――!」

目を血走らせながら、「一線超えたのか?」と問いかけるが、クロンはハニカンで首を横に振った。

「えへへ、残念ながら~……」

「ぐっ、そ、そうですか…………ほっ……じゃなかった、アース・ラガンッ! 貴様ぁぁぁあ、クロン様に恥をかかせたなぁ!」

「あ~、やっぱ、お兄ちゃんはお兄ちゃんだったか~」

「いやいや待て待て、昨日は俺にも色々と諸事情がぁ!」

クロンがまだ大人の階段を上っていないことを安心したような、しかしやはり怒りがこみ上げたりと色々とグルグルしているヤミディレがアースに詰め寄る。

エスピも予想はしていたものの、なんとなく安心した様子。

そして詰め寄られるアースは……

「そうじゃなくて、ほれ、クロン! な? クロン!」

「あ、は、はい……」

クロンに合図を送るアース。すると、クロンは少し恥ずかしそうにモジモジ。

その様子に何事かと首を傾げるヤミディレ。

するとクロンは覚悟を決めたように……

「あ、あの、お、おはようござ……う、ん……コホン」

「?」

「ッん! おはよう、お母さん! 今日も頑張ろう!」

「……え……?」

それは、他人にはすぐに分からないことかもしれない。

だが……

「昨日、労働者の皆さんも私にプレゼント送ってくれたり、心配してくれたみたいです……だし、皆にライス大盛り無料サービスしようね!」

「ッ、あ、え、あ、あの……あ……あ……、クロ、ン、さま……」

幼い頃からいつも誰に対しても礼儀正しく「敬語」を使っていたクロンが、ヤミディレに対して……

「ク、クロン様、そ、その喋り方は……」

「お、おかしいです……お、おかしいかしら? アースのアドバイスなのです……なの。親子で敬語はおかしいって言っていたから」

「……い、いや、え、あ、その、え? いや、で、でも、いや、元々私に対して敬語はおかしくて、いえ、それは親子というより臣下のアレで……」

「だからね、今日から私、『お母さんだけ』にはもう【です】とか【ます】とか使いませんからね? ……使わないよ!」

「うっ、あ……あ……」

「やっぱり、親子の距離があったり、もっと仲良くなれないと、結婚したときとか、子供ができた時の親子関係構築とか、色々と分からなくなるかもしれないというのもあるからそう思ったの」

「いえ、クロン様、そ、クロン様はもう何も心配する必要がないと言いますか、というか、アース・ラガン! 親子関係なり距離がどうとかそういうのを貴様がどの面下げて言うか! ブーメランも甚だしいぞ!」

世界でただ一人の親であるヤミディレに対してだけは、もう敬語は使わない。

アースのことは好きだ。

だが、それでもヤミディレはやはり特別なのだという、クロンの意思表示であり……

「だから、お母さんも~、敬語もやめて? 私がやめたんだから、お母さんも敬語はやめて」

「ッッッッ!?」

「じゃないと私、アースと……幸せな結婚生活できないかもしれないよ? お母さんはいいの?」

「はうわあああ!? そ、それは、それだけは!」

ここに来て、クロンの思わぬ攻めにタジタジのヤミディレ。

そんなヤミディレを見ながらアースとエスピはニヤニヤ。

「お兄ちゃん、昨日はエッチがどうとかじゃなくて、こんなことしてたの? ま、こういうヤミディレが見れて私ももうホッとしてるというか、可愛いなって思うな~」

「だろ? そう、おれ、エッチ何もしてない。おれたち清い。ふしだら違う。やってない」

「……お兄ちゃん、ちょっとドモってるのはなんで?」

「とにかく、ほれ、ヤミディレぇ! 娘がこれだけ気持ちを曝け出してるんだぞ! 俺がブーメランとか言うなら、お前だってヘタレじゃないのかぁ!」

アースとエスピはそのまま両者の脇で、囃し立てるように手を叩く。

「ほら、呼び捨て呼び捨て~」

「そーそー、ほらほら、お母さん、娘の名前を、いーえ♪ いーえ♪ いーえ♪」

手を叩き、まるでそれは幼い子供たちが「好きなこの名前を言え」みたいなノリで囃し立てるような空気。

顔を真っ赤にし、目をぐるぐるさせるヤミディレの目の前には、目をキラキラさせて、満面の笑みでヤミディレからの言葉を待つ、最愛の――――

「あ、う、あ……く、ク、クロン――――――」

「ッ!」

「――――しゃま」

「……はい?」

だが……

「い、いえ、言えませぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、うわあああああああん、私のクロン様が何とぉぉお、愛らしいイイい、かわい、いやもう誰にも渡したくない、ぬなああああああああああ!」

そのままエプロンをつけたまま、顔を両手で抑えて何かを叫びながらヤミディレは外へと逃げてしまった。

「あ~ん、もう~、お母さん!」

「くはははは、おっし~い、もう少しだったんだけどよ~」

「いやぁ……ヤミディレがあんなんだったら、昔戦争で苦労することなかったかな? いや、これはこれで手ごわいかなぁ?」

「むぅ……だけど、諦めません! 手ごたえ感じましたので、私はこのままガンバです!」

「おう、ガンバだな」

「あはは、ほんっと、かわいい母娘だね♪」

後に残されたクロン、アース、エスピは思わず笑い合い、心が温かくなっていた。

「んふふ~、で、アースは……せっかくですから、まだ一緒に……いてくれますよね?」

「え……」

「……もう、今日帰るとか……寂しい……です」

「……あ、いや、そ、そこまで急ぎでは、あ、い、一応連絡ぐらいは入れるかもだけど」

そして、ジャポーネのことも色々放り出してきたが、もう少しだけこの場所に―――

「あははは、コッチも可愛いね~」

そんな中で、ようやく外も明るくなってきて、新しい一日が始まろうとしていた。

――第十章 完――