軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百三十八話 恋愛ではない

月夜の海岸線。砂浜を走っていた一人の女が激しく息を切らせながら止まった。

「ふぅ、はぁ、ふぅ……スパーリングやトレーニング後に島を十周……少しずつ速くなっていると実感できますね。体力も向上して足腰も鍛えられているのでしょう」

爽やかな汗を流しながら満足そうな顔を浮かべるサディス。だが、すぐに首を横に振った。

「いいえ……坊ちゃまはもっともっと走って鍛えられたはず……あの足さばきを支える足腰は、もっと地道にコツコツと積み重ねたもの……こんな自己満足に浸っているようでは私もまだまだですね。おっと、柔軟をしておかないとですね」

ストイックに貪欲に。夜遅くまで徹底的に己を鍛え、それでもまだ満足しないサディス。

まだ強く、そして明日もまた鍛えられるようにとクールダウンや柔軟で体をケア。

すると……

「ぐわはははは、ず~いぶんと貪欲に鍛えているではないか」

「あら、お師匠さん」

「ああ、よい。座ってほぐしているがよい」

砂浜に座って柔軟をしているサディスの元に、一匹の巨大な竜が降り立つ。

威厳に満ちた堂々とした姿でありながらも、どこか気さくな笑みを浮かべるのは、サディスたちの師となった冥獄竜王バサラであった。

「いつものメニューの後、他の小僧小娘たちが体を休めている中で秘密の特訓とやらか? だが、あまりイジメすぎると逆効果でもあるがのう」

「かもしれませんね。ただ、モトリアージュ君たちの話では、坊ちゃまは一日にどれだけ過酷なトレーニングをしても、とにかく毎日鬼のように走っていたとのことです。時折珍しいトレーニングをしても、それでも走ることだけは毎日欠かさなかったと。ならば、私も走りたいのです。追いつくためにも」

「ほ~う」

「もちろん私と坊ちゃまとでは戦闘スタイルが違いますので、まったく同じトレーニングばかりをしても仕方ないのですが、ランニングに関してだけは体力、足腰、精神力というどんな戦闘スタイルでも必要不可欠なものを鍛えられるので、これだけはいくらやっても良いと自分で判断しました」

「ぬわはははは、そうか~いや~、愛じゃなぁ~。小僧と同じトレーニングで小僧が感じたものなどを共有したいと?」

「ふふふ、ええ。愛ですね」

迷いなく情熱的な瞳でそう答えるサディスに、バサラは機嫌よく大笑いした。

静かだった海が振動で揺れるほどに。

「そうかそうか。しかし小僧は競争率激しそうじゃぞ? 嫁っぽいのも既に傍におったし」

「別に私はクロンさん……それにシノブさんや姫様たちと坊ちゃまの恋愛に参戦しようと思っていません。仮に今後その他の女性が現れたとしても、坊ちゃまには坊ちゃまが選んだ女性と自由な恋愛をしていただきたいですし」

「ほう……随分と放任じゃの~。自分が認めた相手じゃないとダメ~とか、そういうのは無いのか?」

「もちろん昔なら……旦那様たちがお決めになった婚約者であった姫様や、私が認める女性でなければ許しませんでしたし、いっそのこと坊ちゃまの貞操は私が奪……とにかく煩わしく口を挟んでいたでしょうが、今は違います。今の強く逞しく大きくなられた坊ちゃまが選んだ女性に間違いなどないでしょうから」

そう言って、少し寂しそうに水平線の彼方を見つめるサディス。

その横顔は、今後サディスは自らそういったアースの恋愛に首を突っ込むこともなければ、ましてや自分がその座に着こうという想いがないことをバサラも感じ取った。

「まだ十代の小娘が達観したことをほざくのう。恋愛は力で勝ち取るものじゃろう? もっと自ら攻めてもよいであろうに」

「別に私は坊ちゃまの恋人や妻になるのを望んでいるのではなく、坊ちゃまが幸せになるのを望み、それをお傍で支えられ、時には助けられる存在であればそれでいいのです」

「ふ~ん……では、小僧がおぬしと夫婦になるのを望んだらどうする?」

だが、もし「アースが選んだのがサディスなら?」というバサラの興味本位の質問に対し、サディスは迷いなく……

「その時は……秒で坊ちゃまをメチャクチャ抱きまくります♥」

「ほ……? ……ぷくくく、ぐわははははは!」

そんなことが起これば受け入れるとかそういうのを通り越して自分から抱いてしまうと断言するサディスに、またバサラは笑った。

だが、ひとしきり笑い終えた後、ほんの少しだけ切なそうに微笑んだ。

「なるほどの~。そういうところは似てないの~……カグヤに」

「……私の……ご先祖様ですか?」

「うむ……あやつは恋愛的なものに興味なかったからのぅ。そこらへんは、トレイナと同じじゃな」

「……むぅ……大魔王トレイナ……」

「ん?」

「いえ……別に」

アースの恋愛に口出すこともないので、別にクロンやシノブに嫉妬するようなことをサディスはしない。

しかし、何故かトレイナに対しては腸が煮えくり返るぐらいの嫉妬心が沸き起こってしまう。

姿形も見えないのに、アースと四六時中共に居て、しかも育て導き、絶大な信頼をアースから得ているトレイナ。

そのポジションこそが本来もっともサディスが望んでいたものであり、トレイナに対する嫉妬だけは別だった。

ましてや、自分から全てを奪った張本人という過去の複雑な因縁もあるからこそ、サディスには悩ましいものであった。

「でも。カグヤは恋愛に興味がなかったとのことですが、こうして子孫である私が存在しているのであれば、カグヤも誰かと子を成したのでしょう?」

「う~む。それは分からん。まぁ、奴の出生そのものが色々と訳アリだから、カグヤ直系の子孫というより、カグヤの遺伝子を持って作られた誰かの子孫ということも……まぁ、そこらへんはワシもどーでもいいんじゃけどな。考えても分からんし、今更おぬしにはどうでもよい話ということじゃ」

「……? ま、確かに分かりませんがそれもそうです。私はカグヤでもなければ女勇者の子孫ではなく、あくまで私は私。サディス・ラガンなのですから……坊ちゃまが勇者の息子ではなく、アース・ラガンであるように」

そう言って、サディスはバサラの話を深く追求せずに立ち上がる。

「さて、私もそろそろ休ませてもらいます。ゆっくり寝て早朝トレーニングに備えます」

「おう。……ヴイアールでスケベな夢ばかり見すぎるなよ~?」

「ぶっ!? み……ミテイマセン。マッタク」

「ぬわははは、そうかのう? あんがい、変態で禁断的な夢でも見ておるのではないか? 年齢一桁の小僧とまぐわる的なのとか?」

「まぐわってません! 一桁の坊ちゃまにはちょっとイタズラしたり甘えさせたりキスしたりで、まぐわるのは、●ゅっさいからと決め、ではなく、ちゃんと今の年齢の坊ちゃまとも満遍なくシテているので問題なく! って、そうではなく……コホン……明日に備えます」

「そんなに惚れとるなら、もう普通に恋愛参戦すればよかろうに」

思わぬ口を滑らせて、さらには自分でも歪んでいると自覚しても止められない日課を見透かされた恥ずかしさを誤魔化すように、サディスは足早に立ち去ろうとした。

だが……

「……ぬ?」

「……え?」

それは、唐突に起こった。

いや、始まった。

「なんじゃぁ~?」

「な、なんです? あれは!?」

闇夜の空に突如巨大な何かが現れた。

「あれは……エプソニー……それと似た類の魔法かのう?」

バサラが呟いた言葉をサディスは聞いたことはなかった。

ただ、空に突如平面の巨大な真四角が現れたと思ったら、その真四角が光を放ち、そして何かが映し出された。

それは……

『ダダダダダダ♪ 作品の無断記録はパナイ犯罪です♪ オレのルールにより罰金か死刑、またはその両方が課せられます』

「「…………は?」」

『ノーモア記録泥棒!』

巨大な水晶玉のようなものを頭にかぶって軽快なダンスをしながら意味不明なことを口ずさむ妙な人物の姿が空に映し出された。

「ぬっ……アレは……遥か大昔……そうじゃ……カグヤが見せてくれた娯楽の一種に……エイガとかいうのに……あのような仮装した妙ちくりんなのが……」

「一体アレは……そ、それに、今の声は……それにあの『パナイ』という言葉は……」

現れて映し出された人物が何なのかは分からない。

しかし、バサラはその姿に見覚えがあり、そしてサディスはその声と口調に聞き覚えがあった。

だが、二人が答えを口にする前に謎の人物の姿は消え、今度は文字が空に浮かび上がった。

「……パリウッド?」

その文字をサディスは口にしてみるが、知らない言葉。ただし何かが引っかかった。

バサラは眉間にしわを寄せて何かを考えている様子。

「いた! おい、サディス……空に!」

「師匠も! アレは一体……」

そして、二人だけではなく、フィアンセイたちも異変に気付いて駆けつける。

さらにはこのカクレテールだけではなく、同じようなものが世界各地で同時に空に映し出された。