軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百三十七話 その後の女神一行

辺境の島国である『ナンゴーク国』は年中温暖な気候ゆえに植生も豊かな土地である。

国で獲れる果実や農作物は他国からも重宝され、交易で潤う国であった。

これまで海上交通を通じて他国と関りを持ってきたナンゴークだが、近年になり更なる発展を目指して、近隣の国と巨大な橋で繋ぐ建設工事が開始された。

海を隔てた国と国を繋ぐプロジェクトは長い年月と多くの人材を必要とするものであり、建設現場には他国からも出稼ぎに来た大勢の労働者たちが日々汗を流していた。

朝から晩まで懸命に働く労働者たち。

そんな彼らは最近になり、日々の労働の中で新たな楽しみができた。

それは……

「おーし、午前の作業は終わり! 昼休憩だ!」

現場に鐘が鳴り響き、工事監督が大声で叫ぶ。

すると、作業をしていた男たちは一斉に駆け出した。

「「「「「昼飯だぁあああああああああああ!!!!」」」」」

「お前らぁああ、走るなぁ! 現場で走るなぁ!」

我先にと現場から駆け出す男たち。彼らの向かう場所は皆同じ。

労働の疲れと空腹を癒すための昼食タイム。

以前までは弁当だったり、簡単な携帯食だったり、配給されるパンなどで済ませるのだが、最近の彼らは違った。

それは、最近になって現場事務所に隣接する形で、屋台ができたからだ。

その屋台の看板にはこう書かれている。

―――女神のカリー屋

と。

「みなさ~ん、今日もお疲れ様です! カリーを、い~~~~っぱい作りましたので、これを食べて午後もガンバです♪」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」

キラキラした汗にまみれた男たちが熱のこもった声を上げる。

そう、そこには女神がいた。

エプロン姿で頭にコック帽を被り、その無垢な笑顔で見るもの全てを魅了して癒す女神。

「クロンちゃん、俺はポークカリー!」

「俺は野菜カリー!」

「カリー大盛り!」

「俺はデカ盛りだ!」

女神の微笑みに労働の疲れも一気に吹っ飛び、そして男たちは次々と注文をしていく。

「はいはい、順番です♪ 注文入りまーす!」

「あいよ! ポーク! 野菜! 大盛り! デカ盛りィ!」

「……ふん」

女神クロンの声に頷き、同じくエプロン姿のブロとエプロンにマスクで口元を覆ったヤミディレもキビキビ動く。

ブロがライスを盛って、ヤミディレが複数の鍋から選んでルーをかけて、それをクロンに手渡す。

そして最初は群がった男たちも、ちゃんと順番待ちをするように列を作り、一人一人クロンから直接注文したものを貨幣と交換で受け取る。

「はい、ポークカリーです! 毎度ありです! これ食べて、午後もガンバです!」

「ふぉあああああああああああああああ!? クロンちゃん、結婚してくれ!」

「うふふ、ありがとうございます。でも、私には好きな人がいるのでダ・メ・です♪ カリーで我慢してください」

「ぬわあああああああああ! くぅ、クロンちゃんに惚れられている男が憎い! カリーウマい! もし、泣かされたらおじさんたちにいつでも言うんだぞ! 俺ら五千人の労働組合がその野郎をぶっ飛ばしてやるから!」

「ありがとうございます! 私もガンバします!」

超大盛況の『女神のカリー屋』。

その理由は、かわいすぎる看板娘であるクロンの存在。

そして、

「うおおお、うめえええ! カリーうめええ! うおおお!」

「今日も肉がトロトロしている~~、染み渡るぅうう!」

「ガッツリいくぜ!」

「クロンちゃんの笑顔とカリーと給料だけが楽しみだぜ!」

普通にカリーの味が最高だということで、女神のカリー屋は大繁盛だった。

「おーい、妹分! こっちは落ち着いたか? んじゃ、今朝予約のあったカリーを持って、向こうの現場にカリー弁当配達頼むぜ!」

「どんとこいです! ヒーちゃん、準備できましたか?」

「準備万端なのん!」

さらに、ドラゴンを使った配達なども行っている。

もはや労働者たちの楽しみを超えて、建設現場において昼休みのカリー屋は無くてはならない存在と化していた。

「くっ、これではないのだ……」

だが、そんな笑顔の絶えない空間の中で、一人難しい顔をしているヤミディレ。

そんなヤミディレにクロンもブロも苦笑していた。

「師範~、またっすか? 師範がストイックなのは分かるっすけど、金払って食ってくれる野郎どもの前で、そんな顔はやめた方がいいっすよ?」

「黙れ! 違うのだ……一度だけ……一度だけあのお方が気まぐれで私に与えて下さったカリーは……こんなものではないのだ! あの感動は……くう……私としたことがあのお方の技を絶やさぬための魔極真の研究と指導に没頭し、カリーを疎かにするとは……」

「そうなのですか? 私は十分美味しいと思いましたが……まだまだ上があるのですね~」

「僕も十分美味しいと思うのん。最初、見た目はばっちいと思ったけど、とっても美味しいのん」

労働者たちだけでなく、ブロもクロンもヒルアも唸るほどのカリー。しかし、ヤミディレはそれでも納得していなかった。

「……何かが……何かが足りぬ……ぬぅ……煮込み時間か? それとも何か隠し味でも? あの味にはまだ……そういえば、あのお方はよく珈琲を手配されていたような……いや、しかし銘柄までは……ううむ」

「うふふふ、まだまだ美味しくなれるというのなら、夜にまた一緒に研究しましょう! 私もお嫁さんになってアースに最高のカリーを作ってあげたいですから、頑張りましょう! 『おかーさん』♪」

「ッッ!?」

「うふふふ、いつかアースと結婚して家族皆でカリー屋さんを開くというのも素敵だと思いませんか? お母さん。アースもカリーを気に入ってくれると嬉しいんですが……」

そんな苦悩するヤミディレを更に乱す言葉を、クロンはペロッと舌を出して口にする。

次の瞬間、ヤミディレは目を大きく見開いて耳を塞いで声を上げた。

「あーあーあーあーあーあーあ! 聞こえておりませぬ! 私には何も聴こえておりませぬ、クロン様!」

「んも~、慣れてください。貴方の本当の名前を言うと、賞金首のあなたの正体バれちゃうんですから、私たちは母娘という設定なのですよ? だから、私に『様』をつけるのも、ぶっぶーです」

「あーあーあーあーあーあー!」

「うふふ、では配達に行ってきます! お母さん!」

「あーあーあー! って、ブロ! クロン様を一人で行かせるな! カバの護衛だけでは危ないではないか!」

「んもう、お母さんは心配性です! 今は私、魔法の勉強もしてますし、ブロにキックも教えてもらったから強いんですよ? 魔法を使えないお母さんの方が今は危ないんです!」

「あーあーあーあーあーあーあ!! って、何度も言いますがスカートの時はキックはダメですからね! アース・ラガンを悩殺するときだけです!」

「うふふふふ、行ってきます!」

テキパキと弁当の入った箱をヒルアの背に括り付けて、配達のためにと飛び立つクロン。

「うふふふふ」

「どうしたのん? クロンちゃん」

「ええ……何だか日々が楽しくて……充実していて……私も自分でもどんどん成長しているって思えるようになって……少しはアースに好きになってもらえるようになったのかしら? って」

「クロンちゃんなら、最初からラクショーなのん! 花嫁修業もバッチリなのん!」

「ありがとう、ヒーちゃん。でも……それだけじゃなくて……単純に、アースにまた会いたいな~って。もちろん、ツクシやアマエたちともです」

「クロンちゃん……」

「おっと、今は仕事に集中ですね! ガンバ一発です! 帰ってお皿洗いもありますし、洗濯もありますし、明日の仕込みもありますし! トレーニングもありますし!」

クロンは変わり、どんどん逞しくなっていた。

つい数か月前まで自分で料理をしたことも、重いものすら自分で持ったことがないほど、過保護に育てられたクロン。

それが今では、自分でも料理を頑張るようになり、強くなるために修行もし、生活費を稼ぐために働き、それを人に言われたのではなく自ら動いている。

その姿をヤミディレは少々複雑な想いを抱きながら溜息を吐いた。

「まったくクロン様は……」

「師範~、そろそろ観念した方がいいんじゃないっすか?」

「黙れブロ。神の血を引くクロン様が、私ごときを母と呼ぶなど恐れ多い」

「いやいや、もういいじゃねーっすか。妹分もああやって笑ってるけど、内心では師範に早く受け入れてもらいたいって思ってるんすから」

「……ふん……というより、私はいまだにお前がクロン様を妹分と呼ぶことも許せん」

「おー、コエーコエー」

クロン、ヤミディレ、ブロ、ヒルアたちはカクレテールから旅立った後、帝国や連合加盟国や七勇者たちの影響下にない地を渡り歩き、現在この地を一つの拠点として生活していた。

旅の途中でヤミディレが初めてクロンたちに披露した手料理であるカリーに感動したクロンとブロとヒルアは、これは「いける」と思い、屋台のカリー屋を開くことになった。

賞金首であるヤミディレの顔だけは隠すのは当然とはいえ、そもそも天空族、魔族、半魔族、ドラゴンという異種族丸出しの一味ということで、本来ならあまり地上では目立つ行動を控えるのがトラブル回避において原則であり、客商売をするのは問題ではないかとヤミディレもそこを当初は危惧していた。

下手をしたら、

――魔族が人間に何かを食べさせて悪だくみしているのではないか?

と疑われる可能性もあった。しかし、今ではそんなことはなかった。

それは単純に……

「クロンちゃーん、向こうの監督によろしくなー!」

「気を付けてな~!」

「く~、やっぱかわいいな~」

「ああ。一生懸命働いて、そんで俺たちみたいに汗臭くて汚い男たちにも平気で近づいて笑顔を見せてくれるんだからな~」

単純にクロンが可愛すぎて人気があるというものであった。

「はーい! 私もガンバしてきますね~♪」

クロンの魔眼の力ではなく、素のクロンの姿に皆が惹かれた。

それは、カクレテールに居たころからクロンに備わっていた人を惹きつける持って生まれた魅力に他ならない。

そしてもう一つは、

「よう労働者諸君! 今日もやってるか? あれ? おい、シンコンの兄ちゃん。今日は愛妻弁当じゃなくてカリーか?」

「ああ、ブロ君。いや~、俺も食べてみたかったし……それに、今、嫁がコレなもんで!」

「おおお、そうかい! ガキができたか! そりゃめでてー! おっし、今夜現場終わりに奢るぜ!」

「はは、ありが……いやいや、だから俺は今日早く帰らないとだねぇ」

ブロの存在があった。

「お~い、ブロ。そういうお前は、あの天使の姉さん……クロンちゃんのお母さんとどうなんだよ? 顔は俺らも見たことねぇが、ありゃそうとうの別嬪よぉ」

「まあな。だが俺のコイバナは~、そいつは聞かねえでくれ……俺も苦労してんだよぉ!」

「あんだ~、おめえほどの男がよぉ! よし、ここは街で一番の美人だった女房を口説いた俺がアドバイスしてやらぁ!」

「……あれ? おやっさんのカミさんって……」

「い、今は太ってるけど、昔は美人だったんだよぉおおぉ!」

半魔族でありながら、気づけば多くの者たちの輪の中に入ってすっかり仲良くなってしまったブロが、生活や仕事をするうえで必要となる全ての段取りを行ったこと。

人間社会の表も裏も含めて生き抜いた経験や、人と接するコミュニケーション能力が活かされ、クロンもヤミディレも過ごしやすい環境に居た。

「まったく……私は何をやっているのだか……」

逞しくなり笑顔が絶えないクロンや、いつも笑いながらも頼もしく自分たちを支えるブロや、何だかんだですっかり自分たちの一味となったヒルアの存在に違和感を覚えなくなりながらも、一人になるとヤミディレはため息が漏れた。

「穏やかで……ノンビリで……しかし、連合や七勇者、そして何よりもハクキが居る限り、こんな生活がいつまでも続くことは……しかし願うことならば……」

何だかんだで悪くない日々だと思う一方で、いつまでもこの生活は続くはずがないと、ヤミディレは考えていた。

世界が自分たちにそれを許すはずがないのだと。

「私は構わないが……せめてクロン様だけでも……アース・ラガンめ……さっさとクロン様と添い遂げぬものか……」

だからこそ、せめてクロンだけでもと思うヤミディレの脳裏に浮かぶのはアースの存在であった。

自分に何があろうと、クロンがアースと添い遂げることが今のヤミディレの願いであった。

しかし、その願いは……

「なにい? クロンちゃんの愛しの男は腕っぷしでもブロより強いのか?」

「おおよ。15とまだ若いが、折れねえド根性を持った、俺が認める男よぉ!」

「へ~、近頃のガキはヒョロヒョロした奴ばかりだと思っていたが、お前にそこまで言わせる男かい」

「ああ。今頃何してんだろうな……あいつ……」

「俺らも会ってみてーぜ! その男が俺たちの女神であるクロンちゃんにふさわしいかどうか見てやらねえとなぁ!」

「つーか、妹分の方が一方的に惚れてるからな! むしろ応援して後押ししてやってくれよ!」

ヤミディレもまったく予想もしていなかった意外な形で多くの応援団たちに応援されることになるのだった。