作品タイトル不明
6 そして弟子はいなくなった。
弟子でありながらどこに住んでいるかも知らず、周りに聞いてようやくフレデリカの住まいを探し当てたが、既に引き上げた後だった。あまりに手際がいい。大家に聞いてもどこに行ったかまではわからないが、新しい仕事が見つかったとかで、この街を出たらしいという話だ。
フレデリカが戻ってくるのは期待できない。一時の感情で惜しいことをしたとトバイアスは悔やんだ。
昼過ぎに店に向かったが、店の前にいた客が閉店の看板を見て残念そうに帰っていった。
誰もいなくなってから店に入ると、店内はいつものようにきれいに片付き、道具もきちんと並んでいた。素材は整理され、裏庭の畑は雑草もなく一目でどの薬草が生えているかがわかる。
自分の店なのに馴染まない。妙な居心地の悪さを感じた。
トバイアスは初めてこの店に来た時のことを思い出していた。自分の師匠がこの店を経営していた頃は、店も、庭も、素材置き場も、これが普通だった。
師匠にしごかれ、掃除を手抜きして箒で叩かれ、任されていた水やりを忘れて貴重な薬草を枯らしたこともあった。何度も何度も叱られ、それでもやめろとは言われなかった。
覚えの悪いトバイアスを根気よく教え続けた師匠は、ある日胸を押さえて倒れ、そのままあの世に旅立った。
年老いた師匠には他に弟子がおらず、まだ師匠から薬師として認められていないのにトバイアスがこの店を継ぐことになった。実力が伴わず、薬は売れず、店をたたもうと思っていた時に突如魔物の巣窟が発見され、特需でどんな薬を出しても売れるようになった。
魔物に救われ、薬屋を続けていられるが、自分は薬師を名乗れるような人間ではないのだ。
これが薬師のいる薬屋の姿…。
トバイアスは店の中でぼんやりと立ちすくんでいたが、そこへ見知らぬ者が店内に入ってきた。
「ようやく手に入ったよ! …あれ? フレデリカ…さんは?」
「フレデリカは弟子だが…」
その冒険者が手にしていたのは、何かの魔物の左右の角だった。
「頼まれてた2歳以下の雄の魔鹿の双角、ようやく手に入ったんだけど。受け取ってくれる? お代は金貨5枚でも、毒消し3本でも」
金貨1枚より高い毒消し?
店の在庫を探し、隠すように置かれた2本を見つけたが、毒消しの作り方などトバイアスは知らず、足りない1本分は金貨2枚で支払うことにした。それも手持ちがなく、後で支払う約束をした。
どう使えばいいかもわからない、こんな素材のために…。
その後も続々と冒険者達がやってきたが、フレデリカがいないと知るとがっかりし、棚にある薬を買い、それもその日のうちになくなった。棚にはトバイアスが作った薬だけが残っていた。
魔鹿の角は高額で売れた。金貨7枚で売れて2枚を冒険者に返したが、冒険者はトバイアスをじろりとにらみつけると、
「ギルドに売っただろ。フレデリカさんだから格安にしといたのに…」
と不満を顕わにし、二度と店に現れることはなかった。
一時的に手に入った金は底をつき、薬の在庫もなくなったので、トバイアスは再び薬を作ることにした。
一度トバイアスの薬を買うと常連だった客は来なくなり、他から来た薬の善し悪しもよくわからないような新人がぽつりぽつりと店を訪れ、そこそこの値段で買って行った。
トバイアスがフレデリカが忘れていったレシピ本に気付いたのは、一週間後だった。
鍋の横に置いていた、師匠からもらった薬の手ほどきの本。それと同じ内容を書き写し、たくさん書き込みがされていた。師匠がいなくなり、宿題を解くのをやめたページにも書き込みがあり、おかげで何の薬かわかったが、あまりに書き込みが多く、何が何やらわからない。消し線、バツ印、字が歪んで読めないところもある。
結局効能だけ自分の持っていた本に書き写し、本に書いてある通りに作ってみた。
薬のレパートリーは広がったが、効き目はむらがあり、今日も売れそうな分だけ作って棚に並べ、客を待つ。
弟子募集の依頼をギルドに出したが、次はなかなか現れなかった。