作品タイトル不明
5 師匠にバレちまった。
久々にトバイアスが薬を作っていたが、鍋が新しくなっていようと全く気にならないようだった。その日作りたい分量に見合った鍋、大抵は一番近くにあるものを選び、用意された素材をパパパとつかんでシャッと投げ入れたら終わり。もちろん周りに置かれている道具になど目は行かず、その価値もわかっていない。…下手に価値が知れて転売でもされたら、怒り狂ってこの薬屋ごと消滅させてしまうかもしれないが。
魔法を再現した新しい鍋で作った薬は、やはり効果が高まっていた。
鍋に注いだ水は溶けやすいように液性が変化している。せっかくの一角ウサギの効果が台無しだ。素材を入れると妙な力がかかり、成分を絞るようにかき出していて、鍋の中は自動で撹拌し、竈に吊るしていても火の勢いを無視して温度調節がかかる。時間魔法というほどではないが腐敗を進めるのに近いような魔法も入っている。
これを作った魔女は創薬が得意ではなくて、楽して薬を作ろうとしていたのかもしれない。まあ薬は効けばいいのだけど、このやり方はフレデリカの好みではなかった。
この鍋は使わないようにしよう。
フレデリカは道具を再度チェックし、魔道具ではない鍋を使って薬作りを続けた。魔法はかかっていないはずなのに、もしかしたらと杓子の一つも気になった。
「魔法なし縛り」が崩れてから、どうも面白くない。
人間用の薬の作り方は大体わかったし、師匠がフレデリカを薬師と認める日は来ないだろう。
変わった素材が手に入るうちはそれをモチベーションにして頑張ってもいいが、そろそろ薬師見習いを切り上げてもいい頃かもしれないとフレデリカは思っていた。
フレデリカにとって予想を裏切らない、やりやすい師匠、トバイアス。
だからこそ見習いの身で自由に薬屋稼業を楽しめているのだが、時に予定にない行動をとることもあるのが人間だ。
カードゲームで作った借金の取り立てが厳しくなり、困ったトバイアスは金を取りに店に向かった。
普段は店に立ち寄らない曜日の午前。店はずいぶん繁盛していて、客がひっきりなしに出入りしている。
店の中を覘きこむと棚は薬でいっぱいで種類も増えている。どこかから仕入れてきたのか、自分が作ったことのない薬まで売られている。
ある薬は右側に並ぶ瓶を指定して売れていく。右側の物がなくなれば、客はしぶしぶ左側のを買うか、買うのをやめている。
奥から薬を取って来て客に手渡すフレデリカ。残りの薬を右側に並べようとすると、客は出したばかりの薬を指定して買って行った。棚に残り続ける左側の薬…。あれは自分が作った薬ではないか。期限が近く安売りと書かれているが、それでも売れていないなんて。
客が減ると、それまで客の対応に忙しかったフレデリカと目が合った。
「これはどういうことだ!」
店に入るなり客の目の前で怒鳴り声を上げたトバイアスに、フレデリカはしまったと思いはしたが、いつかばれるのはわかっていたことだ。
「お帰りなさい、師匠。間もなく昼休憩で店を閉めますので、それまでお待ちください」
待っている間、トバイアスは久々に帳簿を見ると収益が恐ろしく伸びていた。しかし残額はいつも通りで、もうけのほとんどは聞いたこともない素材や道具に使われていた。
天井には薬草がつるされ、日陰にはざるの上に植物の根らしきものが干されている、よくある薬屋の光景。
竈にかかった鍋には薬が弱火で煮込まれている。馴染みの道具と並んで新しい道具が置かれ、どれもきれいに手入れされ、いつでも使えるようになっている。
素材置き場には新しく薬箪笥が置かれていた。薬箪笥はかつてもあったが、あんなにたくさんの引き出しを使うほど多くの素材を扱うことはなく、邪魔だったので知り合いに譲った。なくていいものだと思っていたのに…
ここは本当に自分の薬屋なのか。
客が去り、店を閉めた後、フレデリカは正直に師匠のレシピ本を見て自分なりに薬を作り、売っていたことを白状した。
自分でさえ作ったことのない薬を、弟子であるフレデリカが作っていた。しかもそれを客が競って買っていた現実を前にして、トバイアスは弟子に負けた自分が恥ずかしくなり、それがフレデリカへの怒りに変わった。
「薬師でもない,ただの見習いのくせに勝手に薬を作っただと! おまえは仕事を舐めている!」
おまえがそれを言うか、とフレデリカは思ったが、ここは健気な弟子っぽく、
「そんなつもりはなかったのですが…」
と気弱に戸惑うふりをしてみた。しかしトバイアスの怒りは収まらず、長々と愚痴るほどにテンションが上がり、そしてとうとう、
「おまえなど弟子ではない。破門だ! とっとと出て行け!」
と決定的な言葉を吐いた。
この辺が引き際だろう。
トバイアスが怒りのままに投げた言葉を、フレデリカはあっさりと受け止めた。
「わかりました。今までありがとうございました」
一礼して破門を受け入れ、引き留めて欲しそうな素振りも見せない。少しは泣いてすがればうっぷんが晴れただろうに。その姿に余計イライラが募った。
「出て行く前に使いかけのものをちゃんと片付けろ! いいな!」
「はい」
トバイアスはフレデリカが隠し扉に移し替える前の売上金を全て持ち出し、急いでカードの負債を支払いに行った。店のもうけは大したもので、何とか借金を帳消しにできた。
「またいつでもお越しください」
あれほど怖い顔で嫌がらせを続けていた取り立て屋が笑顔を見せた。トバイアスはせいせいしたが、これほどのもうけを出したあの弟子フレデリカを利用しない手はないと思い立った。
急ぎ店に戻ったが、夕暮れまでまだ時間があるのに店には閉店の札がかかり、すでにフレデリカはいなかった。
帰ってしまったか。
トバイアスはちっと舌打ちした。しかし相手は薬師を目指して修行中の身だ。師匠が許してやると言えば戻ってくるだろう。
明日にでも住んでいる家を調べて訪ねていくことにして、その日は借金の取り立てのない平和な夜に高いびきで眠りについた。