軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4 怪しい引き抜きの声がかかった。

トバイアスの店が繁盛していると聞きつけ、3つ向こうの通りで薬屋をしているカーネルという薬師が様子を見に来た。

カーネルは短い間だったがトバイアスの師匠に世話になっていたことがあった。晩年に弟子にとったトバイアスは実力もないがやる気もない。師匠の店を引き継ぎながら店の名を貶める薬しか作れないトバイアスを、カーネルは薬師として認めていなかった。

あのトバイアスの薬が売れる訳がない。疑いながら店に行くと、店番をしているのは若い娘だった。新たに弟子をとったのだろうか。

前のトバイアスの弟子はちょっと声をかけたらすぐに引き抜きに応じた。弟子入りの条件にあの店の鍋を持って来させたが、道具の善し悪しもわからない。基本的な薬草の名前も碌に覚えておらず、下処理もまるで駄目。とても薬師の弟子をしていたとは思えないほど役に立たなかった。あの男から学べることなど何もなかったのだろう。他の弟子にばかにされ、何一つ身につかないうちにやめていき、今はどこでどうしているのかもわからない。

弟子がいなくなると店に並ぶ薬の量が格段に減り、客も減っていった。このままとっとと店をやめるものと思っていたのに、ここへきて盛り返そうとは。

カーネルは、今度の弟子もトバイアスから引き離し、早々に店を畳ませようと目論んでいた。

「いらっしゃいませ」

店はこぎれいにしていて、薬もわかりやすく並べられている。

「胃薬をもらいたいんだが…」

「症状は? 痛みますか? 胃もたれですか?」

まっとうなことを聞かれて、特段胃の調子が悪くもないカーネルは少しあせった。この店で胃薬と言えばいつも同じ1種類のはずだが。

「ちょっと痛みがね。…気を遣うことが多くてね」

「あー、その系の痛みですか…。ゲップが多かったり、口の中が酸っぱくなったりは?」

「いや、特には…。ちょっと食欲が落ちてはいるが…」

「すぐにお渡しできるものもありますが、調合した方が良さそうですね」

フレデリカは奥で3種類の薬を混ぜて瓶に入れた。薬のラベルにはトバイアスの名が入っている。トバイアスの作った薬を混ぜているのだろうが、トバイアスが人に調合を教えられるとは思えないのだが…

金を払って薬を受け取り、その場で飲んでみたが、苦みはあるが清涼感もあって飲みやすい。

知らない間にトバイアスが腕を上げたのだろうか。そうなるとあの鍋を手に入れる機会がますますなくなってしまう。

「おまえは、この街の人間じゃないな?」

「薬師見習いの募集を見て来ました」

「おまえは知らんだろうが、おまえの師匠トバイアスはあまり腕のいい薬師ではなくてな」

フレデリカはそのことを充分わかっていたが、どこかの噂話でも聞くようにへえっと頷いただけだった。

「どうだい、儂の所に来て修行しないか?」

「お客さんは薬師なんですか?」

「そうだ。時々こうしていろんな店の薬を確認し、いいところは取り入れるようにしている。常に学ぶ事を忘れてはいけないからな」

「さすがですねぇ」

フレデリカは感心してみせたが、この男が勉強のためにここに来たのではないことくらいは察していた。

「本気で薬師になりたいならトバイアスの所にいたんじゃものにならん。うちに弟子入りしないか? 儂には弟子は三人いて、既に薬師になった者も二人いる。ここよりずっと品揃えも…」

そう言いかけて棚を見渡し、以前とは全く違う品揃えの多さに咳払いした。

「ともかくだ。将来ある若者の才能を潰すのは見てられん性分でな」

しかしフレデリカがその話に惹かれている様子はなく、

「そうですねぇ…。…考えときます」

と答えを濁した。

カーネルは深追いすることなく、胃薬を持って帰っていった。

一週間ほど経って、カーネルはまた店に現れた。棚にある薬を数種類買い、ラベルにトバイアスの名が書かれているのを見て眉間にしわを寄せた。

「今日もトバイアスはいないのか…。最近は遊び回ってるって噂だが、ずっと一人で店番も大変だろう。今の給料は安いんじゃないか?」

相変わらずフレデリカを熱心に引き抜こうとするが、その割にフレデリカ自身の修行の進み具合を尋ねることはない。狙いは別にありそうだ。

「私のような新人には分相応の金額だと思います」

自分の店も持てない身で好きな素材を買って、好きに薬を作って、好きに実験できる。それで給料までもらっているのだ。フレデリカに不満はなかったが、カーネルはまだ諦める気はないようだ。

「自分を小さく見積もることはない。前向きに検討してくれたまえ」

そう言い残し、その日も帰っていった。

その後も時々カーネルは店にやってきて、薬を買いがてら勧誘してきた。

「この薬、本当にトバイアスが作っているのか?」

そう訪ねられた時はドキッとしたが、

「痛み止めと、下痢止め、咳止めとかでしたら、私も作ってますが…」

と言うと

「まあ、弟子になってすぐならその程度か」

とすんなり信じてくれた。

「そう言えば、この店には小さい鍋があるだろう。おまえの師匠はまだあの鍋でちまちま薬を作っているのか?」

話の途中で突然鍋の話になり、フレデリカは違和感を覚えた。

「鍋ならいくつかありますが」

「古くて汚い、これくらいの小さい鍋だ」

カーネルは手を丸くして子供の頭くらいの大きさを示した。

フレデリカはあれだ、と思い当たった。ここに来てすぐに磨き上げた一番古そうな鍋のことだろう。最近は師匠よりフレデリカがよく使っている。ちょっとづつ作り方を変えてみるのに丁度いい大きさなのだ。

フレデリカの反応を見てカーネルは

「ちょっと見せてもらえないか」

と聞いてきたが、

「薬を冷ましているところなので、今は無理です」

フレデリカが断るとカーネルはむっとしたが、すぐに笑顔を取り繕った。

「そうか。奴はまだ使ってるのか。あんな汚い鍋はやめておけと言ってるんだがなぁ」

わざとらしく呆れたように肩をすくめ、カーネルは帰って行ったが、何故鍋なんか見たいのだろう。本人はさりげなく聞いたつもりかもしれないが、怪しすぎる。

フレデリカは店を閉めた後で鍋を出し、改めてよく見てみた。

言われていた小鍋は古く、使い込まれている。鍋の中に文字のようなものがあるのは気付いていた。焦げをそぎ落とした時に文字も薄くなったが、ごしごしと力任せに洗っても師匠は何も言わなかった。

指先に魔力を集め、文字を浮きだたせると…

「ええーーーっ、嘘でしょー」

この鍋には薬を調整する類の魔法が仕組まれていた。雑に作っても時間をかけてじっくりと成分を抽出したような効果が付与される。これは魔道具。恐らく魔女が作った物だ。

せっかく魔法なし縛りで頑張っていたのに、こんなところで達成できていなかったとは!

フレデリカは悔しさのあまりブルブルとうち震えていた。

トバイアスの師匠かそのまた師匠かはわからないが、この薬屋の元の主人は薬を作る魔女だったのだろう。ガチで創薬に影響する魔法そのものだ。

カーネルはこの鍋のことを知っていて、弟子を取るふりをしながら本当の狙いはこの鍋を持ち出させ、手に入れたいのだろう。

長い年月の経過で魔法は薄まっており、それにとどめを刺すようにフレデリカが文字を削っている。ほとんど効果はないはずなのに、こうしてフレデリカの魔力に反応している。ということはこの魔法はまだ活きていて、何かの拍子に鍋の魔法が発動していた可能性がある。

自分に課していた「魔法なし縛り」がずいぶん前から崩れていて、しかもそれに気がつかなかったなんて。魔女相手とは言え情けない…。

フレデリカはしばらく落ち込んでいたが、じっと文字を見ているうちにこの魔法に興味が沸いてきた。

時間をかけて魔法を復元し、完全な状態で薬を作って見ると、なるほどトバイアス程度の雑な作り方でも人に売れる薬になっている。

師匠はこのことを知らないのだろう。鍋を選ばず、空いている鍋に適当に素材を突っ込んで作っている。出来上がりに差があったところでそんなものだと気にも留めず、味見もしない。

宝の持ち腐れだ。

翌日、フレデリカは同じサイズの鍋を2つ買ってきた。

ひとつは今ある鍋と同じくらい古めかしく見せかけて、魔法の文字を途切れ途切れに仕組み、更に金だわしで文字の部分にごしごしと傷を入れた。

もうひとつは新品のまま復元した魔法を書き込んで、店の棚にしまい込んだ。