作品タイトル不明
姉弟の全容、その悪意の深さを知る
ケルベロスの死体を漁るシビラは、「これは高いわ……!」という物欲モロ出しの言葉とともに牙に頬擦りしていた。
その姿、相も変わらず誰が見ても女神のそれでない。
こいつのこういうところは兎も角、これで帝国の冒険者ギルドにも脅威が去ったことは報告できるだろう。
分解していく最中、ジャネットが一つの事実に気付いた。
「ずっと、ダンジョンスカーレットバットが谷から出て来られないのを見て来たね」
「そうだな。だが、空を飛ぶ魔物が大量発生した。あれはどういうことなんだ?」
「これだ」
ジャネットが拾い上げたのは、先が焦げた羽。
ケルベロスの口から落ちたものだ。
「これは、ケルベロスが魔峡谷の内側で咥えていた、グリフォンタイプの魔物の焼け跡」
「……まさか!」
「そうだ」
帝国には、あの目玉の魔物が飛んでいた。
バットが破れなかった『神域』を抜けてきた理由が分からなかったが、このフロアボスの種族との関連ですぐに気付く。
帝国に侵攻してきた魔物は、ダンジョンブラックウルフもいた。ちょうどケルベロスと近いタイプの四足獣だ。
ジャネットが、地上に展開する前に圧倒的な火球でグリフォンを焼いていたから何事もなく済んだが……ケルベロスが咥えていた魔物を放てば、フロアボスが帝都の空に展開していただろう。
「狼が魔物の脚を咥えて、地上に出てきたんだ。何故狼がと思ったけど、あれはただの運び屋だったというわけだね」
「なるほどな……これもあの魔王の指示と考える方が妥当だろうか」
ジャネットは、静かに頷く。
もしも魔王が指示することでそういう行動を取っていたのなら、魔王を倒した時点で同じ襲来は減る、と考えられるだろうか。
楽観視はできないが……。
とりあえず、これで帝国の街を巻き込んだ襲来事件は一端幕引きとなった。
◇
宿に帰ると、ディアナの弟ヘンリーがいた。
ヴィクトリアから事情を聞くが、なかなか複雑なようだな。
ヘンリーも起き上がっており、一連の流れを知っているとのこと。
内心複雑だろうが、大人しく言うことを聞くようだ。
「とりあえず、行方不明扱いにする、か」
「ええ。それで相談なのだけれど……」
「治すんだろ? 別にいいぞ、減るもんじゃねえしな」
俺の場合、マジで魔力も何も減らないからな。
こんなもんを勿体つけてケチケチ使っていて、それで悪化したらその方が厄介だしな。
「いいか、自分の体調のことだからしっかり確認してくれ。《キュア》」
純粋なキュアの魔法は、基本的に毒も麻痺も催眠も解く。
病気というのなら、これでいいだろう。
だが。
「……? 本当に、治ったのですか?」
「何だよ、病気じゃねえのか? じゃあ《エクストラヒール》。これでどうだ」
今度は回復魔法を使い、ヘンリーの体力を戻す。
こっちは怪我や疲労であり、どちらかというと病気ではない。
正直、眠ればそのうち治るというものだ。
反応は、あまりに意外だった。
「……これは……凄いですね、力が入ります。こんなに体調がいいのは、久しぶりかもしれません!」
ヘンリーは立ち上がり、自分の体の調子を確かめるように手を握り、屈伸やジャンプをする。
体調が良くなったのはいいが……何だ、このスッキリしない感じは。
無論、俺以外にもこのことが気になるヤツはいくらでもいた。
「有り得ない……治療魔法ではなくて回復魔法?」
「病気じゃないってことなんスかね……?」
ジャネットもイヴも、その違和感を口にする。
そうだ。今の俺は、病気を治すために魔法を使ったはずだ。
だというのに……病気では、ない?
無論、この事態を心穏やかに見られない女の代表が、この現象に黙っているはずがなかった。
「……イヴ」
シビラが、今までになく硬い声でその名を呼んだ。
周りの皆も緊張しつつ、名前を呼ばれた当人が「はい……っす」と応える。
「再確認よ。ポーションを飲ませていたのよね」
「っす。奥の部屋で、外から見た限りですが……確かにポーションの容器だったと思うっす」
「色は透明よね。……近くに他の色のものは?」
「色……? 確か、薄紫の瓶に赤い光が混ざっていて――」
その言葉を聞いた瞬間、シビラは椅子から立ち上がった。
急な行動が続き、皆も呆気にとられているが……つかつかと部屋の壁まで歩くと、壁を蹴り始めた!
「~~~~ッ! クソッ! クソがッ!」
いつになく暴走気味なシビラに、さすがに止めに入る。
モノに当たって悪態つくとか、あまりにもらしくないぞ。
「おい、やめろシビラ!」
「このアタシが、こんな確認を怠るなんて……ッ!」
シビラは肩で息をしながら、ヘンリーを振り返る。
恐怖にびくりと震える少年を見て冷静になったのか、ここに敵はいないと意識するように首を振ったシビラは、大きく息を吐く。
「ふーーーっ……ごめんなさいね。こんなところで暴れても仕方ないのに」
「マジでらしくねえぞ、ガキ好きがそいつに怖がられてどうすんだよ」
「ホントね、言い返す気も起きないわ」
脱力したように椅子へと深く座り込んだシビラは、頭をガシガシと掻きながらイヴの方を見る。
「薄紫のポーション。それはね、冒険者向けの特別なポーションなの」
「冒険者向けって、普通ポーションはそうでは?」
「違うわ。あれは毒物系の症状を出さずに魔物を倒すための、特別なポーションなの」
シビラの話した内容が、じわじわと頭を侵食してくる。
言っていることは理解できる。脳が理解を拒む。
そんなことが、あっていいのか。
「聞いたことがある。ポーション錬金術師の生み出した攻撃薬品『マイナスポーション』。毒で回復したり、麻痺が効かない魔物の体力を純粋に奪える投擲武器だ」
ジャネットの言葉を肯定するように、シビラは頷く。
「ここで起こった現象は、マデーラの反対。一体何故こんなことになっているかは分からないけど、この瞬間明確に分かったことがある」
そして、女神は残酷な事実を突きつけた。
「ヘンリー。あなたは 最(・) 初(・) か(・) ら(・) 一度も病気になってなどいないわ」
少年は、自分の身体に起こったことが信じられないように、小さく首を振った。
「だって、それじゃあ……あの、ラセルさんが、治療魔法を失敗した、とかは……」
何とか可能性を探る少年に対し、シビラは黙って俺のタグを握って僅かな希望を完全に潰した。
『セントゴダート』――ラセル【聖者】レベル8。
そこにあるのは、偽装できない個人の情報。
水の女神が作り出した、冒険者の絶対証明。
ヘンリーは、タグに現れた情報と俺の顔を驚愕の表情で見比べる。
「ラセルはマデーラの街全員の病気を一度で治した、正真正銘今代の【聖者】よ。そのキュアにかかれば、魔神の呪いだろうと女神の催眠だろうと解けるわ。この程度の体調不良なんて……絶ッッッッ対に、治せないはずがない」
ヘンリーは、自分が話した可能性が万に一つもないことを察した。
「それ、じゃあ……姉さん、は……」
そうだ。ディアナはずっと、ヘンリーの体調のために働いていた。
ヘンリーの体調が悪いからこそ、あれだけ過酷な仕事をしていたのだ。
平穏な生活を捨て、平民の地位を捨て、自らの貌すら捨て――。
その理由となる原因が、最初から嘘なら。
「――ヘンリー」
心ここにあらずといった様子の少年に、力強い声でシビラが声をかける。
「今回の件、アタシもなんつーかマジでキレてるわ。こうなったらアタシのプライドにかけて、全力で納得いく結果にしてみせる。お姉さんのためにも……協力、してくれない?」
その提案に、ヘンリーは力強く頷いた。
◇
騒動は、立て続けに起こった。
「ディアナを、処刑?」
あまりにも突拍子もない展開に、目眩がしそうだ。