軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後悔しない選択を、後悔した者が指し示す

「私の乗っていた馬車は襲われ、マリウスはあっさりと暗殺された。……滑稽よね、あれだけ勝っていたのに、多人数相手の護衛は素人。一番護りたいものがいた時だけ、失敗したの」

「……」

想像もしていなかった正面に佇む剣士の過去に、包帯の剣闘士は絶句していた。

どこかで、自分こそが一番不幸なのだと自負していた傲慢なプライドに、ひびが入るようだった。

紫の剣士は今なお後悔に苛まれた声色で、その感情を吐露する。

「あの人との、何気ない日常が好きだった。特別な記念日も、何も要らなかった。料理を褒めてくれるだけで……剣しかない私の、他の面を認めてくれるだけで嬉しかったのに……」

当時を思い出し、目の前に相手がいるように何もない空間を掴む。

「私、後になって気付いたの。言ってない。『料理の感想、好きだった』って。伝えてない。一番言いたかったのに。伝える手段が、ないんです。もう」

それは、本当に何でもない日常の会話。

それでも、剣闘士として生きた彼女にとっては、何よりも大切で、何よりも伝えたい言葉だった。

「最後の言葉は『倉庫の剣、もらっちゃうわね』だった。何も特別でない、本心も含蓄もない、そんな言葉」

「……」

「何でかなあ……あんなに伝える時間はあったのに……機会なんて、いくらでもあったのに」

先程と同じ『何故』という言葉が、空しく宙に消える。

後悔を滲ませた声は、その過去を持たないディアナにも自分の事のように刺さるようだった。

「でも、私は復讐に戻らなかった。お腹には、娘がいたの。だから踏みとどまれた」

それがなければ、殺戮の修羅となって帝都に戻ることも厭わないと、大紫の剣士は暗に言っていた。

そうならなかったのは、偶然でしかなかった。

「それでも……失ったことは。自分が選択を誤ったことは、ずっと後悔しているわ。でも――」

――あなたは、違うでしょう?

そう問われて、ディアナは今の状況にはっと気付く。

技量も、熱量も、唯一絶対の自信があった膂力でさえも。

誰が見ても、完敗だった。

緊張と絶望を胸に、主の方へ視線を向けると――。

「……え?」

そこに広がっていたのは、予想とは大きく離れた光景。

倒れ込んでいたのはエーベルハルトで、その横にいたのは傍観者であったはずの女。

緑の長髪を床に垂らし、眠るヘンリーを抱きかかえる。

控えめだった術士の女は、二人が争う中で状況を見て動いていた。

エーベルハルトはディアナとヴィクトリアの戦いに注目しており、影で隠れるもう一人の存在に気づけなかったのだ。

「シャーロット様。また私は、判断の機会をいただけました。この経験に、感謝を」

首筋に当てた手が僅かに光ると、少年から流れた血が綺麗に引いていく。

「……あんた、は」

「申し遅れました、セントゴダート女王陛下より『人助け』の使命を受けております、【賢者】マーデリンと申します」

その言葉とタグから提示された情報は、ディアナにとって完全に寝耳に水であった。

そもそも帝国では術士自体が少なく、【神官】に至っては教会が全員管轄下に置いている。

まして【賢者】など、帝国にいるのかすら怪しい。

その彼女が、この場を見事に収めてみせたのだ。

「女王からの使命……あんた、凄いヤツだったんだな。侮っていてすまなかった。ヴィクトリアは、この展開も読んでいたってわけか」

「いえ全然。マーデリンさん、凄い方なのね~。私びっくりしちゃいました」

「知らなかったのかよ!?」

意外な返答にツッコミを入れつつも、自分の弟が無事であったことに安堵し、座り込む。

最悪の事態は、避けられた――。

『なんで』。

あの声は、ヴィクトリア自身に対してだった。

既に喪った者による本物の慟哭に、まだ持っている自分の熱量が勝てるはずがなかったのだ

「すっかり安心しているところ悪いけど、あなたはこれから選択をしなければならない」

ヴィクトリアの言葉に、現実に引き戻されたディアナは息を吞む。

剣闘士の仲間が弟を助けたとはいえ、カジノの破壊を否定しなかった。

客観的に見れば、敵。

それも、到底勝てない相手だ。

だが、ディアナ自身も分かっていた。

この相手が自分に悪意を持っていないことぐらいは。

「でも、選択肢がある。私が救ってもらったように――ッ!?」

答えを示そうとした途端、轟音とともに地面が揺れた。

建物は頑丈であったが、テーブルに積み上げられたコインが音を立てて散乱し、揺れの強さを物語る。

「……このヘンリーという少年、私達の宿で預かってもいいかしら。悪いようにはしないわ」

ヴィクトリアの提案に、ディアナは一瞬迷うも。

「……んん……」

眉間を寄せて唸る、未だ眠っている主の顔を見てすぐに答えを出した。

この男の元から離せるのなら、何だっていい。

「すまない、頼む。あたいは構わないが、ヘンリーは隠してやってくれ」

「分かったわ。あなたは」

「……ケジメはつけねえと」

今の自分は、完全なる命令違反。

それを理解している包帯の剣闘士は、全ての覚悟を背負って決断した。

マーデリンはヴィクトリアの背中に少年を背負わせると、二人はカジノの扉を目指す。

「ああ、そうそう」

ふと思い出したように、元通りの糸目に戻った剣士が振り返り、これから起こることを楽しみにするように最後に付け足した。

「私以外がどういう選択をしたがるかは、もちろん私には分からないからね」