作品タイトル不明
急転の一撃
――思えば、最初からそうだった。
初心者としてソロポーカーのダブルアップに挑戦したが、エミーがカードの動きの秘密に気付かなかったら、俺は思いっきり最後のカードを外していた。
あれを見破らずにスモールに賭けるような人は、普通いないだろう。
それでも、確率はゼロではない。ディーラーが何かしたと疑うことはなく、俺は少なくなったコインでルーレットに向かっていただろうな。
このカジノでは、イカサマが当たり前。
そう考えると、他のディーラーの動きも気に掛かってくる。
バカラはポーカーと同じ要領でカードを配れるし、ブラックジャックも。
カード全般に、今のテクニックが流用できる。
では、あのクラップスはどうか。
――あのダイス、色が変わったのね。
ヴィクトリアの何気ない言葉が、大きなヒントだった。
高級感漂わせる、黒いダイスと白いダイス。
ヴィクトリアは元のダイスを宝石みたいだと言っていた。
宝石も様々なものがあるが、金色や銀色のダイスというのは考えづらいので、恐らくルビーやサファイアのような透明のカラーダイスだったのだろう。
この二つの差。
それは、『中に仕込んだものが見えるかどうか』だ。
ここに、更に二つの疑惑が重なる。
一つはヴィクトリアの言っていた、ダイスを投げる者が客から店員に変わっているということ。
これはつまり、ダイスを投げる側であるシューターに勝ち負けの操作権がある。
勝って得する時、負けて得する時。
そのタイミングを選ぶ権利が、ダイスを投げる側にある。
最後は、バート帝国初日にシビラが宿で行ったこと。
明らかに右手から左手にボールを落としたように見えたのに、左手のボールはなく右手にボールがあった。
あれが可能ならば、ダイスのような小さいものの出し入れをシューター側がするのは簡単だ。
急激に利益を上げ出したカジノ。
ヴィクトリアの想い出と、少しずつ違っているルール。
妙に【神官】に弱いオーナーと、何故か太陽の女神の意思とは思えないほど教会側から評判のいいカジノ。
全ては仮説。
仮説に過ぎないが――。
「ああっ、流れ来てたのに外した」
――やはり、エーベルハルトは怪しい。
一つを怪しむと、全部が怪しくなってくるものだ。
カードも、ダイスも、ルーレットも。
それに――ヘンリーのことも。
治療をずっと受けている、とのことだが。
あの異様な上納金があって、何故未だに完治できていないのか。
いつから治療しているのか。
そもそも冒険者にもなれない年齢に見えるあの少年は、何の病気なのか。
何か、最初から決定的な見落としをしているのではないか。
思考は空回りする。
俺の頭の中を揶揄でもするが如く、ルーレットは規則正しくカラカラと回る。
盤面は時計回りに、玉は反時計回りに。
テーブルに座るプレイヤー達は、何も知らずにコインを重ねている。
何も知らず、自分の置いた掛け金が当たるかもしれないと。
外れてもいいと思っている人も多いだろう。
だが、どんな人でも 当(・) た(・) る(・) 確(・) 率(・) があることを疑っている人間は、一人もいないはずだ。
俺は二人と視線を合わせると、ルーレットの盤面に視線を移す。
色のついたコイン。50枚分のものだ。
それなりの額だが、これは当たった。
(《キュア・リンク》)
魔法の発動を確認し、二人がこちらを見て頷いた。
これで決定的な体調不良は避けられそうだな。
とはいえ、負担になることは間違いない。
「よっし! よし、ようやく取り戻せた!」
取り戻せた、か。
元々マイナスだったものがプラスに戻ったのだ。
カジノ運営側――エーベルハルト伯爵――にとっては、今の男の勝ちはマイナスではない。
「これで……いや、これで引いては変わらないな!」
「その意気です、お客様」
ディーラーの男が微笑み、盤面を撫でた。
テーブルに、コインが載る。
他のプレイヤーも、コインを載せる。
赤に、黒に、数字の間のコーナーに、横側の枠内であるコラムに。
新たな客が参加する。
数字の上に載せる。コインは三分の一枠のダズンで20。比較的堅実な方だ。
……ん? あの客どこかで。
俺の疑問は、すぐに回転し始めるルーレットの音で消される。
壁面を転がる音が、あまり音を立てることなく目的の盤面へと落ちた。
「ふふふ、勝ちだわ!」
ルーレットが終わったと同時にエミーが少しふらついたため、隣で支えながら治療魔法をかける。
長期化は避けたいが、糸口は掴めるか。
ベット。プレイ。
ベット。プレイ。
新しいプレイヤーも勝ち越していき、手元のコインが相当な量になる。
不思議なのは、あのプレイヤーが負けた時にはエミーがふらついていないことだ。
最後。
女は、0に賭けた。
三十六倍、ストレートアップ。
「これで降りるわー、もう時間だし」
プレイに飽きて大一番に出る、大胆かつ一見自然な賭け方。
だが俺は、薄々こいつが賭けの結果を知っているだろうことに気付いていた。
自分は外さないと確信している、そういう顔だ。
ルーレットは回り始める。
数多の視線を受け、普通の客では視認できない速度で。
恐らく、これが最後のチャンスだ。
(《キュア》、《エクストラヒール》)
体調だけでなくスタミナ面も考え、回復魔法をエミーにかける。
エミーから小さく、拳をぎゅっと握る決意の音が聞こえてきた。
やがて転がる音の中に、何度目か分からない玉の跳ねる乾いた音が鳴り、一斉に視線がルーレットの中へと集まる。
ふと、この客オーナーの部屋で見た女に似てるな、と思いながら。
「あ」
その瞬間。
確かに、エミーから何かに気付いた声が聞こえた。
期待していた反応に、誰も見ていない場所で握り拳を作る。
ただ、その後の反応はあまりに予想外だった。
「おめでとうございます、コイン全てストレートアップで……」
ディーラーが百枚コインを十段に重ねたものを、一つ、二つと作り女に渡していく。
他のプレイヤーも拍手をしたり、囃し立てたりする者も現れたが。
――バキバキバキィッ!!
エミーは一気に近くまで踏み込むと、何とルーレットの台そのものを素手で叩き壊した!
重ねられた派手な色のチップと、ルーレット台の破片が弾け飛び、悲鳴とともに人々が席から離れる。
おいおい、作戦も探りも何もなしにいきなり行動に出たな!?
皆の注目が一番集まるタイミングあまりに大胆すぎる攻勢に、シビラやジャネットですら普段なかなかお目にかかれないほど驚愕の顔だ。
ただ、同時に一つの確信もあった。
エミーは決してバカではないし、まして目立ちたがりでもない。
どちらかというとトラブルを嫌い、人とぶつかることは一番避けたがるタイプだ。
俺達のパーティーだと、一番の怖がりかもしれない。
そのエミーが、ここまで大胆な行動に出た理由。
つまり、見つけたのだ。
誰から見ても明らかである、不正の証拠を。
「って、これ何なんだろ? シビラさーん、分かりますー?」
エミーは小さな、銀色の長方形の金属棒のようなものを持ち出した。
「何やってんだおい!?」
こんな騒動を起こしたら、ディアナが出てくるのは当然だ。
カジノ側の護衛である、包帯の現最強剣闘士。
ホールを揺らす怒りの声に対し、敵対するように立ったのは。
「もちろん――カジノを壊してるのよ」
紫の髪を靡かせる、糸目の主婦。
元剣闘士ヴィクトリアが正面に立ち、剣を抜いた。