作品タイトル不明
相手の事情を知ろうとも、内面を勝手に独自解釈はしない
エーベルハルトを先頭に、俺達は支配人側の廊下を通る。
ディアナ以外のバウンサーは、再びカジノの会場近くに待機した。
支配人側の空間も中に負けず劣らず豪勢だが、熊を模した金の像や、水晶の塊などがいくつも並んでいる。
壁にはケースに入った高そうな長剣、棚には身につけることができるかすら怪しい巨大な宝石の指輪。
更には腕に巻くタイプの時計が複数壁に掲げられている始末。
どれもこれも高いのだろう。ただ、中に比べて統一感のかけらも感じられないな……。シビラなんか、金の像を見て露骨に『ええーっ』と言いそうな表情をしている。やっぱアレ、配置変だよな……?
ま、俺もそうだがあまりじろじろ観察するのも失礼か。
ところが、この違和感を口に出した者がいた。
「……随分と、調度品が多いのですね。何故廊下にもこれだけのものを」
聞いたのは、ヴィクトリアだ。
あまり口出しするようなタイプだと思わなかったが、子育てしている身としては金遣いも気にしたりするということなのだろうか。
「気に入った物とあらば、すぐに買ってしまうものでなあ。並べる場所に困っているよ、ハッハッハ」
一方エーベルハルトは、少しズレた回答だな。
「……」
二人から離れた位置で、ディアナは包帯から覗かられる無感情な瞳で、金の熊と睨めっこしていた。
ここの調度品はカジノ客の売り上げであると同時に、剣闘士ディアナの中抜き額でもある。
思うことはあるだろう。
奥の部屋へと通され、落ち着かない客室の中で皆が座る。
マーデリンはあっちこっち見回して「これが貴族の……」なんて呟いている。
これを貴族の基準にするといろいろと歪むぞ。
俺達は巨大すぎるソファに座らされたが、ディアナは向こう側で立っている。
気にしなくてもいいとはいえ、気になるな……。
異様な雰囲気の中、エーベルハルトが出て行く。
少し間を置いて扉が開き、暇を持て余していた全員が視線を向けた。
「あっ、姉さんもいたんだ」
「ヘンリー!?」
給仕に現れた少年を見た瞬間、それまで俺が見た限り基本的な態度に差は見られなかったディアナが、明確に変化した。
つーか『姉さん』って……。
「今日は姉さんが活躍したからか、強めに『回復』をくれたんだ。だから出てきても大丈夫だよ」
ベージュ色の柔らかい髪をした少年は、エミーと同じぐらいの背丈の細い少年だった。
先入観で言うものではないが、将来は術士になりそうな雰囲気だな。
「そうか、頑張った甲斐があったな。……ハッ!?」
ここでようやく俺達がいることに気付き、包帯姿でもよく分かるほどに『しまった』という表情でこちらを向く。
言うまでもなく。
こういう瞬間、水を得た魚のように活き活きとするヤツが、ここにいる。
「へぇ〜〜っ、お姉ちゃんなんだぁ〜〜。いっがぁ〜い!」
「ッ!?」
実にわざとらしく、驚いている以上に楽しんでいることを隠そうともしない声色で、茶々入れ悪戯女神は大げさな反応をしてみせた。
「ヘンリー君! アタシはシビラってゆーの、お姉さんの大親友よ!」
「なっ、お、お前……!」
当然口から出任せであり、ディアナどころかこっちのメンバーも驚いている。
ちなみに俺は、なんとなくシビラならこういう絡み方するだろうなと思っていたので驚きはない。
我ながら嫌な慣れ方である。
「姉さんに友人が……! 是非、仲良くしてくだ……っ、ケホッ」
そんなシビラの言葉に喜びを露わにした給仕の少年もといヘンリーだったが、声を上ずらせた瞬間に咳をした。
「ヘンリー、無理はするな」
「そんな、大げさだって。それにしても……姉さんの友人を自分から言ってくれる人がいるなんて、今日はいい日だなあ」
「……」
包帯の中で、目が泳ぐ。
あれは『こいつを友人と認めていいのか』と『弟の前で否定していいのか』という悩みだな。
分かるぞ、こいつに振り回されている先輩だからな。
ところで、それはそれとして一つ気になる部分がある。
「ヘンリーは病気なのか」
「はい……ケホッ」
「あたいが説明しよう。ヘンリーは治らない病魔に冒されていてな。継続的に 回復薬(ポーション) か 回復魔法(ヒール) が必要なんだよ。これでも良くなった方なんだが……」
なるほど、それで色々と繋がった。
ディアナが何故ここまで金が必要になったかというと、弟への薬代がかさむからか。
へえ、いい姉じゃないか。
第一印象なんてあてにならないもんだな。
「……何だよ。おい、あんたらも……見るんじゃねえよ」
嫌そうに顔を背けるが、それでももうディアナの印象が変わることはなかった。
ま、諦めて受け入れてくれ。
それにしても、病気か。
恐らく俺の魔法なら、すぐにでもどうにかできる可能性は高いが——。
「話はできたかな?」
と、ここで席を外していたエーベルハルトが現れた。
「はい、ヘンリーも調子が良いようで、ありがとうございます」
「それは良かった。さて、集まってもらった皆にも話しておきたいことがあるのだが、いいかな」
ふむ、やはり仕事の話か。
「まずは話を聞くだけなら」
「結構。君達も見ただろう? ああいう攻撃的な客が、このカジノが不正であると訴えてきているんだよ」
ああ、負けが込んでくると陥る思考なんだろうな。
自分が成功していないのは、不正が働いているという考え方は。
「メンバーの一部からの交代でも構わない。今日のように、中でトラブルがあった時の対応をお願いしたい。既に私が雇っているバウンサーは顔が割れていてね。どうかな」
俺はメンバーを見渡し、皆が頷いたところで了承となった。
どのみち全員で動くには多かったしな。
「実にありがたい。今日の分の謝礼と、前金だ。貰っておいてくれ」
「それじゃ遠慮なく」
何故かエーベルハルトの礼をシビラが堂々と取り、袋の中を見て笑顔で握手を交わす。
実に女神らしくなく、実にシビラらしい。
「皆様は本日カジノも勝った模様。是非、たくさん賭けて楽しんでいただきたい」
「楽しんでるわ!」
そりゃお前はそうだろうな。
始まる前から楽しそうだったし。
「……ルーレットの様子も気になる。イメージ向上のためにも、楽しんでいってもらえると嬉しいよ」
「聞いたわね? アタシ達の使命のためにも、遊んで遊んで、遊ぶわよ!」
俺達の使命は、ギルドマスターの女神から上級天使を捜すことと、行方不明になった勇者と愛の女神を捜すことだったんだが、随分と格が落ちたな……。
とはいえ、確かにここにヴィンスらしき男が来たことも気になる。
同時に——何故ディアナがケイティを認識していないのかも、だ。
話は終わったとばかりに席を立ち、俺達は元の場所へと戻る。
「ディアナ、見送りなさい」
「分かりました。ヘンリー、またな」
「うん」
エーベルハルトがヘンリーと共に部屋に残り、ディアナが俺達とともに会場側へと戻る。
支配人の部屋が遠くなったことを見越して、俺は包帯の顔に声をかけた。
「ディアナ」
「おう、何だ」
「今の生活に満足なら何も言わん。だが、もし確実に変えたいと願うのなら相談しに来い」
こいつにはこいつの生活があり、それで保てている関係がある。
俺が手を差し伸べることによってそのバランスが狂ってしまうのは、自己満足であって救済とは言わん。
「確実、とは大見得切りやがったな」
「ただの事実だ。無論俺にとっちゃ面倒事なので、頼る気がないのなら頼らなくていい」
「……」
前のように、じゃあ最初から言うなとでも返って来るかと思ったが。
「あんたは見た目と違ってしつこそうだな」
「お前の弟を見てそう思っただけだ。お前は頑丈そうだから別に気にしていない」
「言うね。とはいえ、ヘンリーのことを気に掛けてくれたのなら礼を言うよ。……どうしようもなくなったら頼らせてもらう。ヘンリーの為ならプライドも何も要らねえからな」
「そうか」
ここまで大切に想ってくれる家族がいるのだから、ヘンリーは幸せ者だな。
そう言うのは簡単ではあるが、シビラなら『最初から病気じゃない方が幸せ』とでも言い切るだろう。
他人のことを、勝手に表面だけ読んで自分の勘定で計ってはいけない。
幸福か、不幸か。
それは今の二人が決めることだ。
そんな俺達の雰囲気を破るように、会場前に来た瞬間に隣の 女神(バカ) が元気よく宣言した。
「さて、ぱーっとルーレットで稼いできますか!」
「ついさっき必勝法などないと言い切った女の発言とは思いがたい……」
頭を押さえつつ、俺達は再びルーレットへと戻った。
ま、これも仕事の一環ということで、流れを読みつつ適度に遊ばせてもらうか。
ところが。
「あれ? 今のは入ると思ったんだけどな……?」
エミーが再びルーレットに参加するも、あまりいい流れではなかった。
掛け金が少ない時は当たり、大きい時は外す。
結果、順調にコインを減らしていくこととなった。
「ぐぬぬ、不正してるんじゃないでしょーね」
「ついさっき、オーナー直々にその疑惑を払拭するために報酬を貰ったヤツの発言とは思えないんだが……」
この熱くなりやすいぽんこつは放っておくとして、だ。
「……《キュア》。ヴィクトリア、大丈夫か?」
「ラセル君。ええ、問題ないわ……と言いたいところだけど、私はもう離れているわね」
「分かった」
元々苦手だと申告を受けていたのだ。
敢えてそのルーレットの前に立たせる必要もあるまい。
「あれー、今のは25だと思ったんだけど……」
「まさか、入った瞬間に番号が変わった?」
「ううん、25に入る動きかなと思ったんだけど外しちゃっただけ。確かに2に入ったのは間違いないよ」
いやお前どんな目してるんだよ。
あの玉の不規則な動きでさえ完全把握してるのか?
とも言えないか、結果的に外しているわけだし。
「どうします? シビラさん」
「うー、うー……」
「やれやれ、こういう時は『引き際が肝心』だろ?」
「ぐ……ラセルにそれを言われると腹立つ。うう、アタシのコイン百枚が……」
「最初から最後まで一度もお前のにはなってねえ」
まだ悔しがるシビラを引っ張り、俺達はカジノを立ち去ることにした。
「うう、ラセルごめん」
「いや、別に負けたことを責めたりするつもりは——」
「あ、えっと、そうじゃなくて」
エミーは言いにくそうに視線を彷徨わせると、扉の近くに待機するヴィクトリアを見て、俺に視線を戻した。
「私も 治療魔法(キュア) 、お願いできないかな」
「……? 分かった。《キュア》」
ヴィクトリアに次いで、エミーもか。
剣士にだけ酔うような仕掛けでもあるのか? と思ったが、別に二人以外は普通に遊んでいるしな。
まあ、あれだけぐるぐる回るものを真剣に見るのは二人ぐらいかもしれないし、見ていたら酔うものなのかもしれん。
外に出ると、すっかり日は落ちきっていた。
それでもカジノの店内は明るく、客はまだ長居していそうだ。
欲に際限がない、享楽と堕落の街。
未だ上下関係が浮き彫りとなる国。
僅かな足がかりの気配は掴めたが——。
「まだ、先は見えないか」
俺達はカジノの喧噪を背に、宿への帰路につく。
空を見上げるも、曇り空は星彩の全てを遮っていた。