作品タイトル不明
三度も会えば、偶然ではないのかもしれない
席を立ち上がったところで、俺は後ろで控えていた仲間に声をかける。
「体調は何ともないか?」
「あら、気に掛けてくれるの? 嬉しいわ」
以前ヴィクトリアは、カジノで酔ったと言っていたからな。
「ルーレットの時以外は何ともないのよ」
以前は俺の目の前で自由自在に飛び回りながら戦ったほどのバランス感覚を誇る、紫髪の剣士。
その彼女が酔うほどの遊戯は、どのようなものなのか。
「そんなに変なものじゃないのよ。見てみる?」
「あんたが別にいいなら。一応また体調が悪くなりそうなら言ってくれ」
「まあ、優しい」
笑うように目元を細めて………………いつも笑顔みたいな顔だったなこの人。
つまりいつもどおりの雰囲気で、ヴィクトリアは奥を指差した。
その不思議な遊具は、店の奥で広い場所を取っていた。
円形の独特な形状をした盤面がぐるぐると回転しており、中には玉が逆向きに走っている。あれがルーレットか。
その周囲にあるテーブルには数字がずらりと並んでおり、その数字の上にコインがいくつも載っていた。
更に、全く同じものが複数。その全てにコインが載っている。
これだけでも人気の遊戯であることが分かる。
「さっきも17が出たんだ、今度も……」
「赤、賭け続ければ確実に来る……赤なら……」
やがて回転していた玉が突如跳ね、カラカラと乾いた音を立てて転がり落ちる。
「そうか、遠心力が釣り合わなくなるのか」
「どうしたジャネット」
「ああいう球体は、ある程度の速度で動き続けている限りは落ちないものなんだ。だけど速度は必ず落ちる。その瞬間が――」
ジャネットが再び俺から盤面に視線を戻す。
玉は、31と書かれた黒い盤面にあった。
「なるほど、どの場所に落ちるか予測できないというわけか」
「そういうことだね」
その結果を見て拳を握る者、溜息を吐く者、すぐに次のコインを出す者。
なるほど、これなら気楽そうだな。
とはいえさすがに金を使っているだけあり、中には危うい雰囲気のヤツもいる。
「……違う、賭けは変えない……赤さえ信じれば……」
マスクをつけた男は何やら呟きながら、十枚分のコインを二つ『赤』と書かれた場所に置き、再び誰にも聞こえない声でぶつぶつと独り言に酔いしれる。
あれが利益の餌食になった者か……ああはなるまい。
「せっかくだし、今度はエミーもやってみたら?」
「うん、何も考えなくて良さそう!」
「……ルールは説明するね」
ジャネット、頼むぞ。
考えても勝てるようになるとは限らないが、少なくとも初めて見た俺でも数字一点賭けで百枚分はまずい事は分かるからな……。
「じゃあじゃあ、黒の方が好きだし、黒で一枚!」
エミーは、一番確率が高く、一番損が少ない場所へコインを置いた。
ありがとうジャネット、悪夢は避けられた。
黒が好きでいてくれて嬉しい。俺はどちらかというと黒が好きというより赤が苦手になった。
嫌いではないが、あらゆる角度で苦手である。
なお、今はルビーの如き輝きを放ちながら盤面を見つめる、破産予備軍女神のお陰で苦手だ。
「チッ」
と、そこであからさまにこちらを睨みながら舌打ちする男がいた。
あの仮面の男だ。
「何だ?」
「ッ、別に。……次も赤ではなく黒が当たるはずが……」
なんだこいつ、腹立つな。
当たらなかったことを他に当たるんじゃない。
そんな様子を見たのか見てないのか、シビラは俺の隣でエミーの後ろ姿に口角を上げた。
「こういうのって必勝法があるのよね、色一種に賭け続けるとか、三十六の数字の三分の一、即ち十二刻みだけに置き続けるとか」
「うさんくさいな。必勝法がそんなにあるのか?」
「必勝法だけで十ぐらいあるらしいわよ」
急に嘘くさくなってきたな……。
「ま、要するにバイアスよね。勝った者は勝ったって言ってるけど」
「負けたヤツは、負けたとは言わない。必勝法で負けた人間は、存在を確認できないんだな」
「そういうこと」
ああ、俺にもさすがにそれは分かる。
どんなに賭け方のコツがあったとしても、この盤面には一つ、気になる場所がある。
緑のゼロだ。
あの場所が赤でも黒でもないということは、赤黒二色であっても勝率は五割を切っているはず。
これで倍率が二倍なのだから、ジャネットじゃなくてもこれが不利な賭けであることは分かる。
見ている分には面白いが、これで必ず勝てるとは思えないな。
「まーぶっちゃけ、必ず勝てる方法を全員でやってるのに、こんな豪勢なカジノを運営できるほどカジノ側が稼いでる時点でお察しよねー」
「身も蓋もねえな……」
そんな会話をしているうちに、あの玉が転がる音が聞こえてきた。
ゲームスタート。エミーを中心に皆が身を乗り出す。
当たるか、外れるか。
稼げる金額とは関係なく、こういうのは見ていて面白いな。
なるほど、人気の施設になるわけだ。
「あっ」
玉が跳ねた音とエミーの声が重なった瞬間、周りの皆もぐっと身を乗り出す。
カラカラと細かい音を立てた瞬間、エミーが立ち上がった。
「あっ……当たった! 当たったよ!」
こちらを振り返り、楽しげに花開いた顔でルーレットを指すエミー。
良かったな。その回転しっぱなしの盤面見えてるのエミーだけだから注目浴びまくってるけどな。
やがてルーレットは緩やかに止まり、白い玉が8と書かれた黒い升目に入っていることが誰の目にも明らかになった頃。
「あああああああアアアアアッ!?」
「わあっ!?」
先ほどエミーを睨んでいた男が、絶叫して椅子から滑り落ちた。男の急な奇行に、エミーも小さな悲鳴を上げて飛び退く。
周りの台で遊んでいた人々も、異様な雰囲気を察知したようだ。
「おい」
まずいと思い、俺は男とディーラーの間に割り込む。
「……俺の……俺の……。ここは、もうだめだな……」
のっそりと起き上がった仮面の男は、ディーラーを睨み、ついでに八つ当たりのようにエミーを睨み……そのまま店を出て行った。
何だったんだあいつは……。
暴れたりしなかっただけマシかもしれないが、あまり関わりたくないところだな。
「ん? もう帰ったのかい?」
騒動を聞きつけて、店の奥から現れるのは遠目にも特徴的な包帯の姿。
「ディアナじゃないか」
「ん? おお……お前ら今日はよく会うじゃねえの」
店の奥から現れた剣士は、俺達の近くに来て周りを見回した。
ディアナの他にも、女性の剣士が二名やってきている。
その雰囲気にヴィクトリアが何か思い当たったようで、手を叩いた。
「あら、もしかしてバウンサーも?」
「そうだな。こういう場所だから、暴れるヤツは後を絶たねー」
「そう……そうなのね」
ヴィクトリアは数度頷き、ディアナ達をまじまじと見る。
バウンサー、つまりカジノの用心棒のことだな。
「ところで」
ディアナは、包帯の中から見る目をぎらりと光らせ、ヴィクトリアの糸目を覗き込むように顔を近づけた。
「あんた、強いな?」
「まあ」
急に踏み込んだことを言い始めて、再び緊張が走る。
ヴィクトリアは元剣闘士であり、ディアナと同じ対人戦に長けた剣士だ。
戦闘狂の嗅覚は、穏やかな雰囲気から滲み出る達人の何かを感じ取ったのだろうか。
「そんな大したものじゃないわよ〜」
「今あたいの殺気を受けてヘラヘラしてる女がか? 試してぇな……」
「……」
再び異様な緊張感に包まれる会場内。
一触即発か、と思われたが。
「——ディアナ、戻るのが遅いぞ」
店の奥から、やや中年の着飾った男が現れて剣士を窘める。
「オーナー……分かりました」
それまで今にも剣を抜きそうだった狂犬は、身を引いた上になんと言葉遣いまで改めた。
それに、今の呼び方。
ということは、この人物が……。
「店のバウンサーより先に、トラブルを解決してくれてありがとう。当店のオーナー、エーベルハルトだ。是非、礼をさせてくれ」
やはり、店のオーナーのようだ。
礼といっても大したことはしていないが。
「そりゃ嬉しいわね! ほらラセル、遠慮せず行くわよ!」
当然のようにシビラが乗ってしまった。まあお前なら乗るよな。
ま、仕方ない。
「お客様、引き続きカジノをお楽しみ下さい」
エーベルハルトは客の前で一礼すると、俺達を店の奥へと誘った。
そうだな、折角だしいくつか話を聞いてみるか。
……そういえば、ディアナはケイティを見なかったと言っていたな。
まだいくつも考えるべきことはありそうだ。