作品タイトル不明
その全てを肯定する必要はない
その後、エミーやマーデリンの気分が優れないようだったので、闘技会の観客席からは離れることになった。
とりわけ俺達の中でも未だ負い目の残るマーデリンは、先ほどから青白い顔で俯いたままだ。
「うう……申し訳ありません……」
「気にするな、むしろ助かった。エミーはあれでなかなか言い出しにくい方だからな」
無論、あの会場の異質としか表現できない熱気に気分を悪くしていたのは、他の皆もだったように思う。
俺も体調を崩すとまではいかずとも、決して楽しんだとは言えないな。
ちなみに二回戦が既に始まっており、このタイミングで退場する観客は俺達のみだった。
闘技場通路は周りに誰もいない貸し切り状態で、いかに闘技会が帝国の人間にとって日常であるかを思い知らされる。
「ま、王国育ちだと普通はそうなるわよね」
「やっぱりそうなのね……今日こうして観客側に回ると、確かにちょっと刺激が強いと思うわ」
一方、シビラとヴィクトリアは経験者だけあって、特に衝撃を受けている様子はない。
ただ元剣闘士の方は、何かしら思うところがあったようだ。
「あれ見ても、以前は何とも思わなかったんスか?」
イヴの何気ない質問に、ヴィクトリアは何よりも実感の籠もった言葉を述べる。
「あの会場で皆からの視線と声を浴びるとね、自分が無事に一日を終えられることで頭がいっぱいになるの。目の前で起きていることが残酷かどうかなんて考える余裕はないのよ」
「うええ……なんかすんません」
「ふふっ、いいのよ〜。あんまり気にしないでね」
そうか、当然あの観客の熱気を直接自分に向けられているんだもんな。
相手のことを気にする余裕などあるはずもないか。
そりゃあ俺だって、模擬戦の時は相手が『そこまではやらない』と互いに分かっているから安心して戦えるわけだし。
「私は自分で言っちゃうのも恥ずかしいけど、優雅なスタイルで戦うことを望まれていたから、あまり叩きのめすような必要がなかったのは助かったわぁ。あんまり恨まれると、ダンジョンで後ろも警戒しないといけないもの〜」
何でもないことのように、ヴィクトリアは通常ありえないことをさらりと言ってのける。
人間の 職業(ジョブ) は、太陽の女神自らがダンジョン攻略のために与えたものだ。
それは魔物という人間の基本能力から大きく逸脱した存在を退けるためのもの。
その能力を、ダンジョンの中で、人間に対して行使するのか?
「ま、それだけ恨まれることもあるのよ。王国だってトラブル皆無ってわけじゃないけど、帝都はそれが顕著なの」
「シビラはそれでいいのか」
「いやアタシも思うことがないわけじゃないけど、まあそういうのも人間だと思う訳よ。当然シャーロットは完全にダメな方」
そりゃ、そうだろうな。
直接太陽の女神を見た俺は、あの女神が魔王、ひいては魔神への対抗策に本気で取り組んでいることは分かる。
その為に自分の全てを賭けて、人類全てを強化するという手で人間を守ろうとしているのだ。
「逆に、あそこまで人前でやっちゃうディアナという子は、恨みを買われることまで含めてお仕事ってことね」
聞けば聞くほど、頭が理解を拒むな……。
先ほどの戦いの、包帯の下から見えた嗜虐的な笑みと、昏い炎が瞳に宿った姿を思い出す。
「もちろんああいう派手な戦士って、とっても盛り上がるから人気があるはずだわ。入場料と掛け金のうち数割を主と運営で分け合うから、運営側としても主としても大切なはずよ」
なるほど、事情は分かった。
理屈は分かったが、理解はしてやれないといったところだな……。
ディアナ。今まで見てきた全ての戦士の中で異質だ。
あれも一応タグを持ってダンジョンに潜る以上は、冒険者という分類になるんだろう。
あれだけ強ければダンジョンの中層でも十二分に戦えるだろう。
とはいえ、俺の場合は自分が【聖者】だから回復術士なしのダンジョン攻略のことを軽く考えがちかもしれない。
ふと、紫髪の元経験者が観客席で最後に呟いた言葉が引っかかった。
ディアナは冒険者メインではない。貴族によって使われている剣闘士だ。
その理由は恐らく、その方が稼げるからなのだろう。
ならば……あれほど自らを着飾らないどころか怪我だらけにしているディアナは、一体何にそんなに金が必要だったのだろうか。
結局その後、エミーとマーデリン、更にイヴとヴィクトリアの四名が試合会場から離れた。
イヴは「趣味じゃない」と言い、ヴィクトリアは「見慣れているから」と皆のケアに回った形だ。
「っしゃー! めくれめくれー! あっ馬鹿、焦るんじゃない!」
再び観客席に残ったメンバーは、俺、隣の無駄に馴染んだ駄女神、そしてジャネットだ。
俺はもう完全に他人のつもりで、隣の【賢者】の方へと声をかける。
「ジャネットは何故残ったんだ?」
「闘技会は、地下室の本にあった。知識はあった……けど、実際に見てみると知識とは全く違う印象を受けてね」
ジャネットのメインはやはり『知識』か。
この苛烈な闘いを見ても引かない辺りも、度胸があるというか何というか。
「僕はラセルの理由も気になる」
「俺か。俺はな……」
ジャネットの疑問にはすぐに答えず、眼下の試合に目を移す。
『おおっとおぉォ! エルケがスリップ寸前で女の意地! 踏ん張ってパリイで返す! 完全に決めに行くつもりで大振りだったジーク、胴ががら空きだあァァァ!」
力で上回っているであろう茶髪の剣士の攻撃を、明らかに負けそうだった女剣士がギリギリで返す。
勝負は最後まで分からない。
ヴィクトリアよりも小柄な女剣士は、剣の腹を男の首に容赦なく叩き付ける。
その攻防に、隣でぶつぶつ祈っていた観客が「あああああああああああ!」と悲鳴を上げながら頭を掻きむしる。
持っていた紙束はばらばらになり、まるで雨のように男の全身を濡らした。
大金を賭けた。つまりジークという男の勝率が高いと踏んで、隣のヤツは安全な一手として選んだのだろう。
だが結果は逆だった。ジークは一回戦敗退、隣の男だけでなく、鉄柵の更に向こうでもチケットが高く投げられている。
多くを裏切った逆転劇に、俺は一つの答えを出す。
「ここでの対人戦における『意地』をいくつも見ることが、俺にとって今後大切なことになるのではないかと思ったからだ」
——いずれ来るであろう、 勇者(あいつ) との再戦にとって。
言わなかったが、まあジャネットのことだ。察しているだろう。
前回は、俺が勝った。
順当に行けば負けるはずの闘いだったが、結果は俺の圧勝で終わった。
だから、警戒しているのだ。
以前も勝ったのだから、次も勝てると思い込んでしまう無意識下の自分が、今度の闘いを『負け』にしようと足首を掴んでいるようで。
「……そう」
ジャネットはそれだけ返事をして、俺と同じように観戦へと戻った。
「ッシャー! 女戦士の大番狂わせはやっぱ最高に気持ちいいわね!」
「お前はなんつーか、悩みとかなさそうでいいよな」
「羨ましいでしょ。羨ましいのならあんたも真似すればいいじゃない」
真似して中身が変わるわけねーだろ。つーか羨ましくはない。
と言い返そうと思ったが、シビラは茶化すような雰囲気ではなく、淡々としていた。
その上で更に、こう重ねた。
「この国はこういう娯楽を当然のものとして成り立っているわ。その価値観を『あり』と理解することは重要。要は、自分の価値観全部をそれに染めなければいいのよ。王国の常識だって必ず正しいとは限らないし」
ホントにそれでいいのか、というような台詞が最後にあったが、その意見は概ね同意するものがあるな。
何も全肯定する必要はないし、全否定する必要もないのだ。
こういった柔軟さとしたたかさは、さすがシビラといったところか。
そうだな、俺も人間同士が恨み合うほどの闘いは肯定しない。
だが、その者達の闘う姿は、柔軟に俺の糧とさせてもらおう。
「はー、それにしてもジーク賭けとかなくてよかったわ」
……さすがと感心して、いいんだよな?
それから、眼下闘技場では鉄柵に囲まれ、何人もの剣闘士同士が試合をする。
熱気の温度はまちまちでも、その全てに実況の叫びが入り、その全てに決着があった。
順当に勝つ者、拮抗する者、逆転劇を決める者。
追撃する者、しない者。
ただ、例外なく。
勝つ者がいれば、負ける者がいる。
彼らの、自らの歯をかみ砕かんとするほどの悔しそうな顔は、次どうなるだろうか。
その姿を、俺はずっと目に焼き付けた。
——これだけ試合を見ただけあって、時間も随分経過した。
「そろそろ昼食か」
「そーね、今日は何にしようかしら」
朝の量を考えると、エミーなんかは既に食べ始めていても驚かないだろう。
俺の中で、空腹がイコールでエミーに結びついていることに思わず苦笑する。
……ああ、そうだな。これだけひりつくような人の闘志を間近で見たのだ。
多少なりとも気が楽になるものに頼るのもいいだろう。
「売店があったよな。エミーなら全種行きそうだ」
「行くね、今のエミーなら」
ジャネットも俺と同じなのか、口角を上げて肩を竦める。
リスのように頬に食べ物を詰め込んだエミーの姿が、きっとこいつの頭の中にも浮かんでいることだろう。
「さて、それじゃ皆と合流して——ッ!?」
——カンカンカンカン!
突如、観客席から離れた俺達の頭上に、甲高い音が鳴り響く。
この音は……!
「ラセル!」
それに気付いたと同時に、エミーが耳を塞ぎながら走ってきた。
「これ、昨日の……!」
そうだ。これは昨日エミーが真っ先に気付いた帝国の街中に鳴り響いた警告音。
この後何が起こったか。
先ほどまで熱を帯びた実況の音声魔道具は、同じ人物とは思えないほど表情を落とした声色で、その通達を行う。
『只今『魔峡谷警報』が発令されました、お客様には大変申し訳ありませんが、本日の試合は後日に引き継ぎとなります。剣闘士はスタッフの指示に従い、第一待機室へ速やかに集まるように』
「二日連続かよ」
「入場料もタダじゃねえのに、運わりぃなー」
淡々とした実況の声と、つまらなさそうに帰って行く観客達。
膝を折ってチケットの湖に溺れる者などを除くと、全員がこれで帰るようだ。
『なお、討伐隊に参加を希望するお客様は、西側第四受付でも——』
「行くわけねーだろ、遠いのに」
「ねー」
大して関心もなさそうにぼやく客達の言葉を耳から振り払い、俺は実況の内容を頭の中で反芻する。
「魔峡谷の討伐隊、自主参加で加われるのか?」
「らしいわね」
そこまで言えば、俺達は全員心は決まっていた。
シビラが俺の目を見て頷き、皆を見回す。
「普段は入れない場所だ、今は僅かでも情報がある可能性に賭けたい。討伐隊に参加する」
俺の言葉に、その場の全員が頷いた。