軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初の闘技会観戦

模擬戦ぐらいなら俺もやったことがあるし、冒険者としてぶっつけ本番でもなければ練習ぐらいはするものだ。

ただし、当然のことながら怪我しないように木剣を使うし、そもそも相手を痛めつけるのが目的でもないので打ち合わせて終わりということもある。

むしろ俺とヴィンスがジェマ婆さんに怒鳴られるほど 痣(あざ) になるまで打ち合っている方が、王国ならやりすぎという方だ。

なお、エミーにギャン泣きされて以来俺もヴィンスも怪我は厳禁である。

それでは改めて、眼下で対峙する二人の得物を見よう。

男は金属の剣を持っており、長さは腕よりやや長いぐらいだろうか。標準的な幅広のブロードソードだ。

その剣を片手で持ち、もう片方の手には無骨な丸い中盾を持っている。

一方件の女は、明らかに男より長い剣を持っている。エミーのものと同じか、少し大きいぐらいだろうか。

「よう、ゴライア。当たるのは久しぶりだが、今日は多少楽しませてくれるんだろうな?」

「ぐ……」

包帯の巨女から放たれる挑発に、ゴライアと呼ばれた男は言い返さず眉間に皺を寄せて唸る。

右手に握られた剣が、怒りで力強くミシリと握りしめられた音が聞こえてくるようだ。

どうやら以前も戦い、その時はディアナが勝ったようだな。

『両者、構えて!』

王都にあった拡声魔道具に比べ、幾分か音質を悪くした男のそれが観客席まで響く。

ゴライアは剣……いや、盾を僅かに前にして構えた。

対し、ディアナは肩を竦めて正面に掲げた。

俺達は、この時まだ『帝都の闘技会』というものを理解できていなかったかもしれない。

『——始めエエエエエェイ!!』

耳を劈く大声と共に、試合が始まる。

にわかに周囲の人間が一斉に立ち上がり、突如火が点いたように叫び始めた。

「いけええええええええええッ!」

「っしゃあ殺せ殺せェーーーー!」

「ディアナジーク二連、ディアナジーク二連、ディアナジーク二連……」

拳を握りしめて叫ぶ戦士らしき男。

見えない相手を殴るように動きながら物騒なことを叫ぶ髭面。

紙束を握りしめてぶつぶつと祈りを捧げる青年。

その全てが、通常有り得ないような熱を感じられるものだった。

つーか殺したら駄目だろ、正気かよ。

そんな周囲の熱に応えるように、ディアナは大振りの剣を打ち合わせるように、自らの鍛えた体躯ごとぶつかりに行った!

ガキィィィン! と大剣と盾が衝突する。明らかに斬れなかろうと直撃すると怪我では済まない勢いだ……!

負けじと男も、包帯の顔を狙って剣を振りかぶる。

二人の戦いを追うように、魔道具から熱を持った声が畳みかける。

『ディアナ先行だァ! ゴライアが対抗し一発返すも、ディアナは剣受けで余裕! 鍛え直した前評判はどうしたァ!?』

「実況、元気な人が入ってるわねー」

あれは実況というのか。

ヴィクトリアはその声に感心しながら、試合を注視している。

『今日はどんな戦いを見せてくれるのか、現在勝利数最多の『包帯の重戦士』ディアナ! エーベルハルト伯爵が持つ剣闘士の中でも最も評価が高い一人!』

「……フン!」

実況の解説に不満そうに鼻を鳴らし、ディアナは荒々しく吹き飛ばすように剣を叩き付ける。

女の怒りによる一撃に、男はふらついた。

「ゴライアー! 大口叩いておいて売れたのはチケだけかよ! やる気あんのか!?」

「くそっ、大穴にもなんねえよ!」

「ディアナ、油断すんじゃないわよ! あんたに賭けてんだから、しっかりアタシのビール代を稼ぎなさい!」

賭けている連中が、更に熱を帯びていく。

一部、明らかに耳を塞ぎたくなるような声色が混ざっていたので、聞かなかったことにする。

……今から他人のフリでもするか?

男の戦士も、決してやる気がないわけではないだろう。

その相貌には確かな炎が宿っているし、戦い方も下手ではない。

だが僅かながら、怯えの色があることも読み取れる。

「お前はさ、始まる前から負けてんだよ」

「な、んだとォ……!」

観客席のこちらからも、試合会場の中の声が妙に大きく聞こえてくる。

これも何かの魔道具なのだろうか。

「構えろっつった時に、剣より先に盾を構えた」

「……!」

「そりゃ、思い出すよなあ。前に散々打ってやったんだからなあ!」

包帯の中にある目がぎらりと光り、重戦士の女は嗜虐的に口元を歪める。

対して男は、形容しがたい怒りの表情を滲ませた。

「くそ……くそっ、クソッ!」

右手に握った剣を必死に何度も振りかぶる男。

決して体格が小さいわけでも、筋肉が薄いわけでもない。

だが、中層の魔物にも届きそうな攻撃を、ディアナは盾ですらない大剣で全て防いだ。

誰の目にも、優劣は最早明らかだった。

「……ねえ、もうこれ試合終わりでいいんじゃないの?」

エミーが不安そうに声を上げる。

そうだな、俺ももう勝負は決まったようなものだと思う。

「そうね、勝ち負けだけならそれでいいでしょうね。でも、帝都の闘技会には審判はないわ」

「じゃあいつ決着が——」

エミーの声は、最後まで聞き取ることができなかった。

急遽、試合会場に油の瓶にでも引火したかのように、周囲が爆発的な盛り上がりを見せる。

『打つ! 打つ! 打つッ! これぞ狂戦士、処刑人ディアナの真骨頂!』

実況の声から会場に目を向けると……そこには見るも無惨な光景が広がっていた。

「オラッ! オラッ!」

ディアナは長剣の腹を使って叩き付けるように、対峙する戦士の体を打ち付けていた。

ゴライアの手には既に剣はなく、中盾を両手で持ってしゃがみ込むのみ。

それは最早試合ではなく、一方的な暴力に過ぎなかった。

「何だあれは、止めないのか……?」

「止まると思う?」

シビラは腕を組み、試合会場から離れた観客席を顎で指す。

周りを見ると、そこには想像とは違う光景があった。

両腕を挙げて跳びはねる者、手に持った紙を投げ捨てる者、それから……酒を吞み、大笑いする者。

「皆、これが普通なの」

紫髪の主婦は、感情の読み取れない表情で呟く。

帝都の闘技会経験者ながら、その姿は誰よりもこの闘技場観客席という場に馴染めない姿でもあった。

「暴力による圧倒的な娯楽。人間の原始的な欲求のポイントを、女神に遠慮することなく『猟奇性』にぶち込んだ場所。それが帝都の闘技会」

シビラは肩を竦めて、さもこんなものだと言わんばかりに半目で俺を見た。

「再三言ってるけど、欲に対しての天井も底もないのよ。それが、バート帝国ってわけ」

「これが、帝国か……」

俺だけでなくエミーやジャネット、イヴやマーデリンもあまりにも違う常識に眉根を寄せる。

ヴィクトリアはそんな俺達に、ひとつ説明をした。

「気持ちとしてはみんなが心配するのも分かるけど、この場に出ている以上は彼らにも事情があるはずよ」

「事情?」

「ええ」

ヴィクトリアは、疑問に思った俺達へと解説をする。

曰く、どうやら剣闘士は借金によって奴隷になった者や、犯罪者になって奴隷になった者が中心らしい。

奴隷とは聞いていたが、自己責任でそうなってしまった部分もあるんだな。

……それも含めて、恐ろしいとは思うが。

「奴隷だって怪我を治すのも毎日育てるのも無料じゃない。それなりに金銭がかかってるの。帝都は 回復術士(ヒーラー) って高いのよー」

そう、なのか。

あの男も、あの場にいなければならないだけの理由があるということなのだろうか。

ディアナの傷痕は、自ら望んで、みたいなことを聞いたが……。

「だからラセル君に治してもらえたの、本当に幸運。帝都であれ願おうものなら小屋ぐらいなら建つわ」

そんなことを言うヴィクトリアに、「気にするな、礼ならブレンダにでも言え」と本音を返しておく。

何が嬉しいのか俺の返事に笑顔で返し、再び会場に目を向けた。

「ある意味、社会復帰でもあるのよ。基本的に犯罪者だと爪弾き者だし、借金した人は次の仕事任せにくいでしょう? でも牢に入れるにもお金がかかるもの。だから、救済措置」

「金が理由とはいえ、これが救済措置か……世知辛いな」

「仕方ないわよ。それに——」

ふと、ヴィクトリアは試合会場を見る。

眼下ではディアナの振りかぶった長剣がゴライアの脇腹を捉えて、その戦士として十分な体格をした男を試合会場の壁代わりである鉄柵に叩き付けていた。

それと同時に、実況が『決まったァァァァァ!』と大声を叫び、歓声は最高潮に達した。

そんな炎の嵐が巻き起こるような観客席にいて尚、ぶれることなき元剣闘士は冷静に呟いた。

「——あのディアナという人、伯爵のお抱えと実況の人が言ってたわよね」

確か、エーベルハルト伯爵だったか。

解説されたということは、それなりにオープンな情報なのだろう。

「形骸化しているとはいえ、貴族は貴族。そういう人は、ほぼ間違いなく奴隷になった理由が同じなのよ」

ヴィクトリアは、眼下で狼のような勝利の雄叫びを上げる包帯の女を、複雑な表情で見た。

「それはね。よっぽどの借金でない限りは、大金が必要になった人なの」

その答えを聞き、再び凄惨な状況になった試合会場に目を向ける。

男の怪我など構うものかと言わんばかりに、女は野生の咆吼で自らの勝利を誇示する。

「ウオオオオオオオオオオオッ!」

その声は、地底のそこから天高くまで届きそうな声量で、何かに呼びかけるかのように力強く響いていた。