軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その過去は、もう背負わなくていいものだろう

「……待ってください、肝心な部分が抜けています」

ここで、ジャネットが声を挟んだ。

……そうだ。

ヴィクトリアは、ブレンダと二人で暮らしている。

今の話だと、どうしても一点繋がらないことがある。

「僕はてっきり、ブレンダが産まれてからこちらに来たのかと思っていました。離婚して、娘と二人でと」

「それは、行きの馬車が帝国からの賊に襲われたからです。マリウスは、私が守り切れずに命を落としました」

ヴィクトリアの口からは、王国ではあまり聞くことのない衝撃的な事件が続く。

それを淡々と話すヴィクトリアは、乗り越えたのだろうか。

……いや、恐らくそうではない。

だから彼女は言ったのだ。

『後悔しない選択』のことを。

「もしかして、みんな気にしてるの? 優しいのね」

「そんなの、当たり前のことだろう」

「そうね。心配はされるけれど……でも、悲しいけど、王国に比べたらよくあることで処理されるわ」

最初、冗談のように言っていたが、本当に王国とは『人間が住んでいる』ぐらいしか共通点がないというほどに価値観が違う国だ。

自分の識る世界の狭さを感じてしまうな……。

「ブレンダには、そんな帝国のことなど何も知らずに生きてほしいとずっと思ってるわ。それでも……」

ヴィクトリアは、テーブルの下で自分のお腹付近に触れている。

「未だにこの印だけは見せるのが怖くて、同じお風呂に入ったことだってないのよ。人気剣闘士が聞いて呆れるわね」

自虐的に弱々しく笑うヴィクトリアからは、昼間に見せた強さは感じられない。

彼女にとって、それだけこの印が重いものだということが否応なしに感じ取れてしまう。

「……恐らく、皆さんが来た理由は帝国への招待入国ですよね」

「そうだが、もし行きたくないのなら無理にとは言わん」

「いえ。どちらかというと、この印がある限り元奴隷として扱われることで迷惑をかけるかもしれないのが気になるのです。ラセル君の頼みとあらば、何が何でも聞きたいのですが……」

こんな目に遭って尚、こちらの心配をしているのか。

頼み事をしているのはこちら側だし、以前の治療なんて返して貰うほどのものとすら俺は思ってない。

「その印は治せないのか?」

「もちろん試したわ。でも……」

治そうとした当時を思い出したのだろう。

最後まで語ろうとして、口を引き結んだ。

幼い頃に付けられた、奴隷の印。

父親の借金として売られ、剣闘奴隷として使われ、最後に一緒にいた男も殺される。

娘を産んだ今も、未だその印が心の足枷となっている。

……こんなの。

「納得できないわね」

まるで俺の心の声を代弁するように、シビラから声が上がった。

「話を聞くに、やっぱ帝国って相変わらずだなって感じ」

「シビラは帝国にも行ったことがあるんだよな」

「ええ。王国よりアクティブな部分は楽しい場所だけど、セーフティーが何もない。ダンジョン探索だって死人が出るし、こういう奴隷制度だってある。その相手が将来どうなるかまで、考えが及んでいない」

そう、だな。

少なくともヴィクトリアの焼き印はヴィクトリア自身に何も問題がない上に、取り返しがつかないものだ。

こんなのを後先考えずに使うなんて、まともな神経をしているとは思えない。

一生を縛り付けるものだ。

「でも、一生縛られる必要はない」

今度はシビラが、俺の考えを否定するかのように言葉を重ねた。

「奴隷が逃げ出しても誤魔化せないよう、隷属の焼きごては、魔道具で行うのよ。この印は『整形』に近いの。回復術士では治せないわ」

「……そう、だったんですね」

「ええ。 普(・) 通(・) は(・) ね」

シビラの勿体つけた言い回しに、ヴィクトリアが顔を上げた。

手段がある。

今のは、そういう意味の言葉だ。

「時間遡行。そんなレベルの回復なんて、普通はできない。部分的に肉体年齢まで若返ったら、肉体の整合性が取れなくなるもの。……だけど、そういう常識を覆すこともできるわ。回復魔法で鎧を修理したり、服の破れを修繕したり」

「そ、そんなことを可能とする魔法が、存在するのですか……!?」

「ええ。直接触れてイメージすれば、最上位職の回復魔法は火傷だってタトゥーだって元に戻せる。試してみる?」

ヴィクトリアが反応する前に、俺は立ち上がって彼女の腹部に触れた。

「成功するかは分からん。試してみるが……いいな?」

「は、はい……お願いします……」

今まで見た中で一番緊張した面持ちのヴィクトリアの姿に、失敗できないな、と思う。

シビラは時々、こうして【聖者】の可能性のうち俺の知らない領域の話をしてくれる。

ブレンダ。

俺の回復魔法を肯定してくれた存在。

誰よりも救いになった少女。

その存在を生み出してくれたこの人に、返せるものがあるのなら――。

「《エクストラヒール》」

(《エクストラヒール》)

目を閉じ、その印がない綺麗な肌を瞼の裏に想像する。

時間を遡らせる。完璧に。

俺の【聖者】としての全力で、帝国の奴隷制ごと否定するように。

眩いばかりの光が夜の部屋に溢れ、やがて静かに落ち着いていく。

成功、しただろうか。

ヴィクトリアは恐る恐る立ち上がり、自らの服をめくり上げると。

「……あ、ああ……!」

そこにはもう、何の印もなかった。

成功だ。

上手くいくか未知数だったが故に、今まででも特に緊張した回復魔法だったかもしれない。

何度も自分の腹部をなぞるように触れ、嗚咽を漏らしながら椅子に座った。

皆でヴィクトリアを見守っていると、キイ、と扉の金具が小さな音を立てる。

「……お母さん? えっ、どうしたの? ラセルさんに、みなさん……?」

このタイミングで、ブレンダが起きてきたらしい。

俺達を不安そうに見回すと、ヴィクトリアの近くに来て手を握った。

ヴィクトリアは、娘を両腕で抱きしめた。

「これはね……嬉しいの。またラセル君に、治してもらって……」

「あっ、そうなんだ? やっぱりラセルさんって凄いね!」

「ええ……良かった……本当に、こんな日が来るなんて……」

ヴィクトリアは、今まで苦しんできた時間を思い返すように、ブレンダを腕の中に収めて泣き続けた。