作品タイトル不明
一人の女神の終わりと、一人の女神の始まり
人類が魔王討伐に積極的になったことにより、神々はその営みを優先するために天界へと帰った。
地上の営みを、出来る限り人間の自由意志に任せるように。
それでも、魔王を限られた人間だけに任せるのは無理がある。
神族を代表したプリシラとキャシーは、引き続きダンジョンを攻略していた。
影の英雄として、人知れず山奥に現れたダンジョンを。
誰も寄りつかない、断崖絶壁に現れたダンジョンを。
人の目が届かないダンジョン全てを、二人は虱潰しに攻略した。
そして、運命の日が訪れる。
あの日に出会った魔王は、目が血走っていた。
大量に喚び寄せたダンジョンスカーレットバットの影に隠れ、自らの姿を見えなくした。
「隠れていても無駄」
無詠唱で《ダークスプラッシュ》を際限なくばら撒き、周囲を埋める魔物を掃除するかのようにぐるりと仕留めていくプリシラ。
最後に魔王のいた付近の魔物を一掃し、魔王の息の根を止めようとしたが。
「……いない? 何処?」
油断もあった。
圧倒的な攻撃力と防御力を誇るバディであるが故に、通常の魔法職にあるサーチフロアなどを使えるようにはしていなかった。
故に――天井からの攻撃に、気づけなかった。
「――危ないっ!」
キャシーがプリシラを突き飛ばし、魔王の手がキャシーの背中に触れた瞬間、魔王のダンジョンコアが割れる。
「ガルヴァイザ様にいただいた、魔界唯一の魔法が……最後の最後にッ……!」
そう悔しそうに呟いた魔王は、 何(・) か(・) をして灰になる。
「キャシー、大丈夫!?」
プリシラが手を伸ばすと――キャシーは、強い力でプリシラを押し飛ばし、壁へと叩き付けた。
「ぐっ……! どう、して……」
プリシラの目の前で、キャシーは自分でも理解できないように首を傾げた後、「あは」と小さく笑った。
「愛、愛……これが、愛?」
「何を、言って……」
「愛……熱愛……情熱の赤を求めなくちゃ……」
そう呟いた瞬間、プリシラは胸を貫かれた。
目の前の、 相棒(キャシー) に。
反応する暇もなく、プリシラは光の粒と化した。
プリシラは、天界にある自分の部屋で目を覚ます。
間違いない……キャシーに殺されたのだ。
何が起こったかは、当然分かる。
プリシラが魔王に狙われ、それをキャシーが寸前で防いだのだ。
白き魔神ガルヴァイザ。
確かにあの魔王はその名を出した。
神魔大戦でシャーロットと戦った、魔神の中でも最強の一体。
恐らく話しぶりからするに、ガルヴァイザの渡した力の中でも、唯一無二の特別なものだったのだろう。
魔王のダンジョンコアを全て消費しての、捨て身の攻撃。
キャシーは、プリシラが魔界側に奪われるのを防いだのだ。
その結果、キャシーが奪われた。
天界初の明確な損失。
天界最大の失態。
相棒を犠牲に、のうのうと戻って来た自身。
「私が……私が取り戻さなくちゃ……!」
プリシラは、焦っていた。
「あれ、いつこちらにお戻りに? キャシー様は?」
「ちょっと緊急で用事があっただけで、すぐ戻るの」
「そうですか。また二人でいらして下さいね」
礼をする天使――お気に入りの喫茶店にいるマーデリンという店員――から逃げるように、プリシラは地上界を目指す。
知られるわけにはいかない。
多少力は落ちたものの、まだ宵闇の力は残っている。
ダンジョン攻略は、余裕があった。
しかし。
「まあ! また来てくれたのね! 愛だわ!」
「キャシー……」
それは、天界でも『太陽の女神』しか持ち得なかった金髪。
その髪を遠慮なく揺らす愛の女神は、自慢気に髪を撫でる。
「あなたを――ぐっ!?」
キャシーに向かって足を踏み出した途端、胸から剣が現れる。
自らを刺した存在に、咄嗟に反撃しようと手を伸ばした先にいたのは――神界の全員で守ると決めた、人間だった。
(そん、な……)
再び昏く落ちる視界と、声色しか一致しない親友の聞いたことのない声を最後に、プリシラは再度負けた。
そこからは、焦りが募り、敗北が続いた。
自分の闇の力を、人間に与える。
そんな手を使っても、キャシーにはまるで勝てない。
人間の使い潰し方や遠慮のなさに、太刀打ちできないのだ。
そもそも、根本的に『人間の操り方』という分野において、『愛の女神』と『宵闇の女神』では得意分野に差がありすぎた。
悪条件に、悪条件が重なる。
負けて、負けて、負け続けて……いつしか、もう人間達と変わらないほど力を失った。
何より……自分達が守ってきた、自分達が攻撃できない人類に何度も殺され続けるのは、プリシラにとって何よりも辛いことであった。
人の願いで生まれし神。
善意で無限の力を得ても、悪意への耐性は持ち合わせていなかった。
プリシラは、完全に折れた。
目の前で、親友に容赦なく殺される。
昔と同じ笑顔で。
協力者も、無残に殺される。
無力な自分のせいで。
使い潰してしまう。
使い潰してしまう。
本来死ぬはずじゃなかった、守るべき対象を、自分の手で使い潰してしまう。
もう誰にも、助けを請うことができない。
最初から自分の失態。
こんな自分、女神として降臨する権利がない。
彼女は、完全に塞ぎ込んでしまった。
シャーロットは、地上で太陽の女神としての力をつけた。
誰もが畏敬の念とともに、太陽を崇めた。
ただ一人、シャーロットを除いて。
彼女は願った。
かつて重荷を背負わせてしまった友人を想って。
太陽の女神の力を得た英雄を。
人々が作り出してしまった殻を破る物を。
それらを、女神の手ではなく自らの自由意思で行う者を。
シャーロットが願ったのは、人間の英雄の誕生。
自分以外誰もいない王城の最奥で、プリシラと交わした言葉を思い出しながら――。
結局『愛の女神』キャスリーンの行方は誰にも分からない。
何の暗躍をしているか分からない。
分からないから……『宵闇の女神』プリシラは、動かない。
全てが停滞した家の中で――。
「アタシが、やらなくちゃ」
――ただ一人、動き出す者がいた。