作品タイトル不明
運命の日は、心の準備がなくても訪れるもの
目の前に現れた、夕暮れで尚太陽の如く輝く金の髪をした女。
今、確かに言った。
自分のことを、シャーロットと。
初対面の俺に対し、自分の名前を告げたということは――。
「俺が、あんたのことを分かっている、という前提でその名を言ったのか」
「はい」
確定した。
目の前の地味なローブを着た女が『太陽の女神』だ。
俺との言葉を交わした直後、一瞬呆気にとられていたシビラがはっとして声を上げた。
「なんでこんなタイミングで現れたのよ! もっと後だったでしょ!」
「現れなければならない状況が、準備を待ってくれるとは限らないよ。人生の分岐点って、そういうもの。……シビラもある日突然、だったでしょ」
目の前の女の答えに、シビラは「ぐ……」と言葉を詰まらせた。
何かこの辺りにも事情がありそうだが、今はそれを聞いている時ではない。
話から察するに、急がなければならないのだろう。
だが、それでも俺はいくつか確認しておかなければならないことがある。
――大丈夫。
想像していたよりも、俺は冷静でいられている。
「何故、ルナを指名して助ける?」
「あの子を狙っているのは、人間です。私は力を得る代わりに、人間に手を出せないから」
何か制約でもあるようだな。
ならば、同じように俺にも手は出せないということか。
「だがルナは、暗黒勇者なんてものを信じているヤツだぞ」
「だからです。あの子は私を 疑(・) っ(・) て(・) く(・) れ(・) た(・) から」
「よく分からない理由だな」
「だから私は、私を 否(・) 定(・) し(・) て(・) く(・) れ(・) た(・) あなたに、あの子を救ってほしいのです」
……ますます分からない。
こいつは何故、こうも否定されたがっている?
影の英雄を公言するルナを、闇魔法に手を染めた俺が助ける。
それが、『太陽の女神』の望みなのか?
「あんたは俺をよく知っているようだが、なら俺に恨みをぶつけられるとは思わなかったのか?」
「それもいいと思いました」
その回答を聞き、俺は無言で剣を抜く。
視界の隅で、シビラが息を吞む。
シャーロットは、真っ直ぐ俺を見ている。
……どうせ斬らないと思っているのだろう。
言いなりになって、ルナを助けてハイ終わり。
俺らしい選択、か。
シビラも、俺のことを心底『聖者』だと言っていたが……こういう状況となると、あまり気分のいい評価とは言えないな。
――ならば。
「お前は、俺の全てを肯定すると言ったな」
「はい」
「今までの俺の考えも、これからの俺の行動も、全て肯定するんだな」
「はい」
「そうか」
シャーロットの答えを聞き、俺はその姿に背を向けた。
「なら、お前も覚悟を決めろ」
彼女に対して一つの結論を出した俺は、エミーとジャネットに目を合わせる。
「二人は何か言うことはないか?」
「ん、僕は間違いなく長話になるからなあ……。後日また会っていただけるのですか?」
「勿論です。その日は全ての予定を開けていますから」
「なら、その時に」
ジャネットは、『 職業(ジョブ) 選定』に関して多くのことを調べている。
聞きたいことも多いだろう。
「エミーは?」
「えっ!? えっとえっと……シャーロットさ、さま?」
「エマと同じように、気さくに呼んでいただいて構いませんよ」
「は、はい! じゃあシャーロットさん! シャーロットさんはやっぱりコイバナ好きですか!?」
本気でずっこけかけた。
いや、何がどうなってそうなったんだ?
今の状況に対し、内容があまりに予想外で、ジャネットですら口を半開きにしてエミーの方を見ている。
珍しく、本気で『知識外』のことを言われてしまった顔だ。
対して、その回答は。
「……正直に話すと、英雄譚もその辺りばかり読んでいて……」
まさかの肯定であった。
「それじゃ、えっと、今度たくさんお話ししたいです!」
「それは是非、こちらこそ話をお聞きしたいです」
理由はよく分からないが、どうやらエミーは満足したようだ。シャーロットも声色から嬉しさが滲み出ている。
気がつくと、俺の身体を縛っていた悪い緊張も抜けていた。
時々エミーは天然を発揮するんだが、それが案外いい結果に繋がったりするんだよな。
今のはマジで謎すぎるが。
エミーの答えに少し気を緩めたシビラが軽く笑い、俺を見る。
「アタシはこいつと話があるから、先に孤児院に向かってて」
「分かった」
俺はそのまま振り返らずに、セントゴダートへと走り出した。
「シビラ、見て」
「あんたよりずっと見てるっつーの」
「うん。――私とプリシラの待ち望んだ、英雄が生まれるよ」
◇
――英雄、か。
王都セントゴダートは人口も多く、その上で皆がそれなりのレベルを持つ熟練冒険者だ。
溢れ出た上層の魔物一体を、複数人で取り囲みながら安定して倒している。
報酬の取り合いなども起こらないのは、生活が安定しているからであろう。
例外なく、冒険者。
改めて思うと不思議な世界だ。
こういうことに疑問を持たない方が、普通の感覚なのだろう。
俺は、目の前に現れたゴブリンを切り倒し、ジャネットが撃ち落としたバットを飛び越えて街を走る。
何者がその攻撃を行ったのか、街を覆う宝珠の一つがひび割れていた。
そのため街を覆うバリアは既になく、空からバットの群れが街を攻撃している。
「 宝飾品(アクセ) の店は絶対死守っしょ!」
「うちの『満腹肉辞典』守ってくれたヤツには定食割引だ!」
「マジかよ、あっち行こうぜ」
「火炎系で攻めて! 石とか氷はナシね、落ちると危ないから!」
剣の届かない空に逃げたバットへ、武具を構えた【剣士】が思い思いの場所を守る。
エミーも、店の二階窓を襲おうとしたバットに飛びかかって切り倒していた。
ああいう身体能力を生かした戦い方は、俺のような術士職では無理だな。
店を守る【魔道士】は、積極的に魔法を空に放っている。
ダンジョンとは違い、広い場所を自由に動く相手へ難儀しながらも【剣士】より圧倒的に攻撃において有利だ。
「もう少し広場の方が屋根を壊さずに済むけど、そうも言ってられないね」
俺達の中で、この状況を最も得意とするのはジャネットだろう。
先程から、正確な狙撃でバットを一撃のもと屠り続けている。
その頼れる【賢者】の姿を目に焼き付けながら、俺は一つのことを考えていた。
――影の英雄。
ルナの話した、想像の俺。
人知れず人助けをし、人々の生活を守る。
それ自体は悪くないだろう。
誰にも知られてはいけない、影の英雄。
それが、ルナの話した暗黒勇者の話だ。
……では、周りに人の目があれば、どうするのか。
仮面で姿を隠すか?
服装を変えたり、声を発さずにバレないようにするのか?
髪型からバレないように、ウィッグでもつけるのか?
それで、結果無事に助けられたらまあいいだろう。
もしそれらが用意できなければ、放置するのか?
状況が悪化しても、目立たない自分が守れたらいいのだろうか。
それが、ルナの憧れた影の英雄か?
それは――。
――あんまかっこよくねぇな。
王都に住む戦士達が戦う姿を手早くサポートしつつ、目的地へと到着した俺達は足を止める。
一体何があったのか、セントゴダート孤児院は無残なまでに破壊されていた。
子供達は、庭に避難してウィンドバリアに守られていた。
どうやら、【賢者】マーデリンが守ってくれていたようだ。
フレデリカも子供達を腕一杯に抱き寄せて、マーデリンの魔法の中にいる。
「みんな、ここから出ないでね。……ラセル様!」
「すまない、助かった! 何があった? 後、ルナはいるか?」
マーデリンが俺の出した名前に、眉根を寄せて視線を向ける。
「……そういうことか」
そこに立つ人物を見て、最初に言葉を発したのはジャネットだった。
「何か、嫌な予感はしたんだ。ただの指導かと思ったけど……シャーロットさんの話から察するに、ルナの性格は変わっていない」
視線の先にいる二つの影に、ジャネットは指をつきつけた。
「ケイティと同じ力を、何かしらの手段で得た。そうだろう――ミラベル」
その言葉に、孤児院のシスターの一人であったはずの女は、酷薄な笑みを浮かべてルナの首元にナイフを当てていた。