軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ルナ:思い込むだけで願いが叶うとは限らない、けど——

何が起こった?

何が起こった?

一体自分に、何が起こった?

これまでのことは、覚えている。

ミラベル先生の部屋に呼ばれた。

それから私は、何故か、勝手に体が動いていた。

体だけじゃない。

口も、動いていた。

自分じゃなかった。

人形劇(マリオネット) の糸で動かされたルナという人形を、人形の内側から見ていた。

ミラベル先生は、私を連れて孤児院の一番広い部屋へ向かった。

そこにはちょうど、イザベラ院長先生もいた。

『子供って、高く売れるんですね〜。驚きました』

まるで昼間の買い物の相談のように、のほほんと口を開いた。

イザベラ先生は、いきなりすぎてぽかーんとしてたけど、すぐに『言っていい冗談と悪い冗談がありますよ』と立ち上がった。

でも、できたのはそこまでだった。

ミラベル先生は、手元から紫の岩みたいなものを取り出すと……そこから、緑色の、すごく大きな……大きな何かが現れて、建物を壊してしまった。

『《ウィンドバリア》!』

逃げ惑う他の子や先生を助けたのは、最近やってきたマーデリンさんだった。

みんな、マーデリンさんの近くに集まっていた。

だから私だけ、みんなと離れてミラベル先生の隣にいた。

こんな状況でも、体が動かない。

恐怖に震えているのに、顔も動かない。

声も出ない。

首元にナイフを突きつけられながらも表情の変わらない私を、信じられないような目で他の子が見ている。

違う。

こんなのは、私じゃないのに……。

なんで……。

なんで、 私(・) ば(・) か(・) り(・) こんな目に……。

こんな時。

影の英雄なら。

暗黒勇者なら。

……正直に言うと、私自身その存在はさすがに信じていなかった。

ただの願望だったのだ。

それでも、他の子から距離を置かれても、その主張を引っ込めることはできなかった。

それぐらい、私にとってはいてほしかったから。

最後の砦だったから。

——絶対に、いる。

ラセル。不思議な人。

全身まっくろで、全然笑わなくて、つっけんどんで。

なのに【聖者】という、本当に不思議な人。

そして——私の主張を大真面目に肯定してくれる、変わった人。

そのラセル達が、今、廃墟となった孤児院に現れた。

「ケイティと同じ力を、何かしらの手段で得た。そうだろう――ミラベル」

竪琴(ハープ) の練習をしていた変わったお姉さんの言葉に、ラセルが目を見開きながらも納得したように頷く。

「魔物を呼んで、精神を操った。記憶を奪ってはいないが、行動は縛っている。そんなところか」

……ッ!

ラセルは、今の私がどういう状況か、分かるんだ!

「随分と詳しいですね。……さっさと帝国まで売りに行く算段だったのですが」

売る?

私を?

ミラベル先生の言葉に、真っ先に反応したのはフレデリカ先生だった。

「どうして!? あなたは王都のシスターとして、あんなに子供達を可愛がって好かれて——」

「どんな失敗も犯罪も、怒らないだけでイザベラ先生やマーカス先生より私に付いてくれるので本当に楽でしたよ〜。子供は可愛いですよ、扱いやすくて。まあ将来それでどんな大人になろうと知ったこっちゃないですけど」

最後はぶっきらぼうな声色になり、あまりの言葉にフレデリカさんは口を開けたまま声を返せなくなっていた。

今更ながら、ガミガミしていて嫌われていた院長先生がどれだけ私達のことを考えていたか分かってしまった。

「でも、折角ルナが孤立 し(・) て(・) く(・) れ(・) た(・) のに、女神教の【聖者】が間に入るなんて想定外でした」

ミラベル先生が指を鳴らした直後、あの恐ろしい巨体が降りてくる。

できたばかりの友達みんなが、フレデリカ先生の腕の中で悲鳴を上げた。

街の壁にあった丸い宝石を破壊した時に見えた。

本物の、ドラゴンだ……!

「仕方ありません。【聖者】は、ここで消えていただきましょうか」

その宣言に対し、大きな盾を持ったお姉さんが前に立った……のだけど、何故かラセルはその肩を叩いて、一歩前に出てきた。

「——ルナ、聞こえているな?」

聞こえている!

そう言いたいのに、体が動かない。

「返事は出来ないだろうから、聞いているだけでいい。二つ、謝っておきたいことがある」

私に声が届いていることが分かっているらしく、ラセルは話し続けた。

「まず、最初に一つ。影の英雄の中に『暗黒勇者』という 職業(ジョブ) は、ないんだ」

……!

どう、して、今そんなことを……!

ラセルなら、私のことを分かってくれるって……。

他の子も、みんな『やっぱり』みたいな顔をしている。

目を閉じることができないのに、目の前が真っ暗になっていく。

——赤ちゃんの頃はもう覚えていないけど、すっごく小さい頃の記憶が薄らとある。

日光の当たる小さな家と、窓の外から聞こえる猫の鳴き声。

脚のがたついた椅子。夏に飲んだ冷たいカフェオレ。

顔を思い出せない二人の親。教義の本を読む声。

『使命がある』

記憶は曖昧だけど、そんなことを言っていたと思う。

いつからか分からないけど、私は孤児院にいた。

物心がついた頃、ようやく自分は両親に置いていかれたのだと分かった。

孤児院の生活は、決して悪くはなかった。

両親の使命とやらもよくわかんなかったけど、きっと必要なものだと思っていた。

思っていたけど……。

……お父さんとお母さんには、『太陽の女神』よりも、私を見てほしかったの。

だから私は、『太陽の女神』とは違う存在を信じたくなった。

いろんなことを知っていくうちに、こんなのがいたらいいなと思って作り出したのが『暗黒勇者』だった。

その存在を、いろんな知識を集めながら、自分の中で実在するものだと強固にしていった。

今の私を……孤立してる私を、格好良く助けてくれるはずだって。

だから、私の中で『暗黒勇者』は、私の心の最後の砦なのに。

なのに、ラセルは影の英雄を——。

「実際にいる影の英雄は、【宵闇の魔卿】という 職業(ジョブ) だ」

——否定、して…………?

「どうだ、『暗黒勇者』より格好良くないか?」

…………????????

えっ?

待って?

今、そういう場面?

あまりに突飛すぎて、ミラベル先生も「はあ?」とか言ってる。

正直、他の子もそんな顔をしてる。

ドラゴンを前にして、真っ黒聖者様はジョークを飛ばしている。

……。

……いや、ちょっと待って。

なんでラセルは、わざわざ『暗黒勇者』をこの状況で否定した?

なんでラセルは、そんな特殊な 職業(ジョブ) の名前をこの状況で言った?

多分、この状況で言う必要があったからだ。

じゃあ、この状況で言わなくてはいけない『謝っておきたい 二(・) つ(・) 』とは——。

「もう一つは、『影の英雄は、今もどこかでダンジョンを攻略している』という言葉だな。《ダークジャベリン》!」

その、瞬間。

孤児院で、私だけが言っていた話は。

先生達にも、止めろと言われていた主張は。

私自身も信じ切れなかった、有り得ない妄想は。

王都の薄青い空へと走り抜ける黒い光とともに、私だけが見抜いていた真実へと反転してしまったのでした。

……そんなことって、ある?

「改めて自己紹介しよう。【聖者】であり【宵闇の魔卿】でもある、『黒鳶の聖者』ラセルだ。話した時には目の前にいたのに、白々しいにも程があったな。——『宵闇の誓約』、行くぞ!」

ラセルの宣言と同時に剣が黒く光り、元気なお姉さんの盾も黒く光り、 竪琴(ハープ) のお姉さんは複数の魔法を同時に発現させた。

私の目の前に、本物の影の英雄達が現れた。