作品タイトル不明
ダンジョンからの明確な悪意に、魔王の影を見る
第八ダンジョン、現在第五層最奥。
フロアボスへの扉を背に、シビラは振り返る。
扉の左右には、来た道とは別の分かれ道がある。
「そもそも【剣聖】が何故帰ってこられないか、ラセルは分かる?」
「見てないから予測でしかないが、恐らく魔王が何かやったんだろ」
今回の件と、非常に近い例がある。
港町『セイリス』における、ベテランパーティー『疾風迅雷』の件だ。
まず、魔物というものは遠く離れた場所でも連携を取れるとは考えにくいことと、港町セイリスのダンジョンにいた魔物が連携を取ったこと。
そして、どちらの街も複数のダンジョンを一人の魔王が作り出しているであろうこと。
これらを踏まえると、『獅子の牙』の四名が同じような方法でダンジョンの奥に追い詰められた可能性は高い。
そうシビラに話すと、口角を上げて頷いたと同時にジャネットへ視線を向けた。
「今のラセルの解説を聞いて、どう?」
「……なるほど、ね」
ジャネットは帽子を深く被り直すと、杖をぐっと握りしめる。
「ラセルとエミーは後ろの通路を。シビラさんとエマさんは向こう右手側を。全員密集して背を向けて」
「……どうしたんだ、急に」
「凄まじい数の魔物がこちらへ集まって来ている。魔物同士に連絡手段があるとしか思えない動きだ」
ジャネットの衝撃的な報告に瞠目し、エミーとコンマ一秒目を合わせると、すぐに俺は後ろの通路へ左手を構えた。
僅か数秒後、通路の奥から飛来した矢が俺のウィンドバリアに弾かれて甲高い音を立てる!
「ッ! 《ダークスフィア》! 連中、黒ゴブリンか!」
よく目を凝らすと、弓矢を構えている魔物の集団がいる!
一斉に飛んできた矢の雨が俺の防御魔法に弾かれ、壁を雨期の窓が如き勢いで鳴らす。
同時に近づいてきていた黒ゴブリンのナイフをエミーが軽くいなしたのを確認し、反撃に闇魔術の球を徹底的に叩き込んでいく。
「《ファイアジャベリン》! おーっほっほっほ! そんな矢じゃウィンドバリアは破れないわよ〜! ああ……圧倒的な力こそが、アタシの癒やし……!」
「実にいい顔だねシビラ! おっと《アイスジャベリン》! でも気持ちは分かるよ、この一方的な殺戮は実に愉しい! 私もジャスティスマスクを装備しよう!」
シビラは悪役としか思えない笑みで煽り、エマはあの正気を削られそうな不気味なお面をつけて変な決めポーズを取る。
頼もしすぎる女神コンビ、仕事を終えたエミーとなんとも言えない苦笑いで目を合わせる。
大丈夫か『太陽の女神教』とかいう国の宗教。女神本人、今のところ大分個性の強すぎるヤツしかいねーぞ。
一方ジャネットはというと。
「……」
既にジャネットの背後にある通路は一面が炎の道になっており、その業火には生き残っている魔物などいないであろうことが容易に理解できた。
「索敵しながら倒していた。今ので全ての道の魔物が片付いたよ」
「助かる。それにしても、今の一斉攻撃は……」
黒ゴブリンは、猛毒を扱う。
ベテランパーティーであっても、毒の対処を間違えば全滅は免れない。
「……『獅子の牙』を追うぞ」
魔王の影を予感し、俺達は次の扉を開いた。
「第八ダンジョンは、今のところ加工個体はいないわね」
扉の先に現れたのは、黒いホブゴブリン——上層で戦ったものの上位個体か。
第七ダンジョンの趣味の悪さに比べたら、だいぶ気が楽だな。
フロアボスを相手にして、気が楽というのも変な話ではあるが。
「私も変異体を見てみたいんだが、現れないのなら出会わないに越したことはないね」
エマがマスクの下からくぐもった声を上げる中、相手の出方を見る前にエミーが接近して敵を切り伏せる。
マデーラで野に放たれたオークのフロアボスを倒したことがあるエミーにとって、今更この程度の敵は苦戦する相手ではない。
……そう、苦戦する相手ではないのだ。
エミーがフロアボスの攻撃を受け、その隙を突いて剣の先を突き立てる。
【宵闇の騎士】としての力と、竜牙の剣による圧倒的な攻撃力を前に、本来体力が高いはずであろうフロアボスはすぐに膝を折る。
これは技術というより、単純な力による勝利だろう。
エミーや俺より、カイルの方が剣に関しては強いはずだ。
さすがに俺も、田舎でヴィンスと毎日打ち合った程度で、本物の【剣聖】より優れた剣技を身につけたなどと自惚れてはいない。
カイルは間違いなく、ここのフロアボスを倒した。それは分かる。
だが……何故ここにいないのかが分からないのだ。
「第五層のボス前で毒の矢撃たれすぎて出られないのなら、せめてここで待っていてほしいものよね」
「そうなんだよな、俺もそれが疑問だ」
シビラの言葉に同意を示し、エミーをねぎらう。
探索を中層まで伸ばすため、エマにも確認を取ろうとして……彼女の背後に現れたものに瞠目する。
俺の様子に気付いたエマが髪をなびかせながら振り返ると、その場に現れたものは——。
「おいおいおい、マジかよ……」
——壁に魔法陣が現れ、そこから二体目のフロアボスが上半身を表していた。
「うっそだろ、十分も経ってないじゃんか!」
あまりの異常事態に、エマが悪態をつき、シビラがすぐに指示を出す。
「あいつを倒し次第すぐに下へ向かうわよ!」
現れたばかりの黒ゴブリンに魔法を叩き込み、全員で次の階へと走る。
フロアボスを倒すまでは階段への道が魔法で閉まっているため、一度対峙すると逃げ出すことはできない。
フロアボス戦は、基本的に休む暇なしだ。
「セイリスより更に厄介だな……!」
ジャネットの魔法が炸裂したところで扉の壁が消え、第六層へと全員で走る。
否応がなく下へ下へと移動せざるを得ないギミック。
この仕組まれた罠に、俺は魔王の影をはっきりと見た。
やや狭い作りの青い壁に圧迫感を覚えながら、中層を進む。
ここに来て現れた敵は、人間の骨の姿をしたスケルトンと、黒ゴブリンの混成部隊だった。
対処事態は難しくはないが、敵の多さと頻度に皆疲労が滲む。
肉体的な疲労ではなく、精神的な疲労だ。
【聖者】でも心の疲れは治せないので、パーティーにとって今の状況はあまり歓迎できたものではない。
「もう中層も終わりが近いな……」
一層ずつ丁寧に探索をしながらも、結局見つからず……次に降りた先は、第九層だ。
魔物も徐々に強くなっている。
第九層はこれまでとは違い、しばらく魔物が現れなかった。
僅かな期待と不安を胸に、慎重に足を進める。
しばらく歩いたところで何かの気配を感じ、皆で足を止める。
ダンジョンの奥から、小さく、しかしはっきりと声が聞こえてきた。
「私の……私のせいだ……!」