作品タイトル不明
憧れの一つ、それを願った人に自分を重ねる
「だって、だってカイルは戻ろうって言ったのに、あたしが降りたいなんて言ったから……! 女神の教えに、背いたから……!」
遠くから聞こえる、小さな声。
間違いない、先行していた部隊『獅子の牙』だ。
カイルの声は小さいのか聞こえないが、【魔卿】の女イーディスであろう声は、ダンジョンの中にも拘わらず大きなものだ。
あまりいい精神状態ではないな。
すぐに声をかけようと思った俺を、シビラは片手で押し留める。
何をするのかと思いきや、何故か声が聞こえた方から反対側に向かって叫んだ。
「ちょっとーっ! そろそろどこかにいるんじゃないのーっ!? 聞こえてきたら返事しなさーい!」
シビラが叫び声を上げ、案の定少し遅れてカイルの大きな声が聞こえてきた。
「よし。それじゃゆっくり行きましょ。この階の魔物は一通りカイル達が倒してしまったようだし」
シビラが宣言通り歩き出して、ようやく気がついた。
あの気が強そうな【魔卿】の女が、さっきはパーティーメンバーに泣き言を聞かせていた。
それを部外者の俺達が聞くことを、あの女自身は嫌がるだろうと思って ま(・) だ(・) 遠(・) く(・) に(・) い(・) る(・) と(・) 思(・) わ(・) せ(・) る(・) た(・) め(・) に(・) 逆向きに叫んだんだな。
「相も変わらずシビラちゃんはよく気付くねー」
「あんたもちょっとはその辺り気をつけなさい? ただでさえ変な仮面付けたお調子者なんだから」
「おっとこれは手厳しい」
エマの褒め言葉にシビラはばっさりと返す。
そんな軽口にも、二人の仲の良さが窺えるようだ。
程なくして、俺達は交差路をきょろきょろと見回している女に声をかけ、『獅子の牙』と合流した。
皆は見たところ、第十層への階段前で疲れを癒すように座り込んでいた。
俺達の姿を確認し、目に見えて安堵の表情になっていったのが分かる。
立ち往生していた理由は、【神官】の男であるジョーイが魔力を使い果たしてしまったのが原因だ。
黒ゴブリンの毒は、キュアでしか治せない。
魔法が使えない状態で、五階層へと戻ることが困難となったのだ。
俺は全員に回復魔法と治療魔法を使い、全員の調子が戻ったことを確認する。
「ラセル、君には借りが積もりっぱなしだな」
「返済期限は設けないでおいてやるから、状況を説明してくれ」
「ああ、分かった」
カイルの話によると、予想通り魔物が陣形を組んで、外に出られないように奥に奥にと押し込められたらしい。
「上層のみ、という約束のつもりが中層まで降りることになった理由はそれで間違いなさそうだな」
「……違う」
俺の言葉に、イーディスはすぐに否定に入る。
【剣士】ラナが止めに入るも、イーディスは弱々しく首を振った。
一緒に肉を食って酒を飲んでた時の自信に満ち溢れた表情は、すっかり鳴りを潜めている。
「本当は、カイルが三層で一旦戻りたいって言ったんです。でも、あたしはせめて第五層までは降りようと言いました」
「理由は?」
「……」
言いにくそうに顔を背けたイーディスから、小さな声が漏れる。
「……カイルが、【剣聖】だから」
その答えは、答えになっていないようで——俺には十分すぎるほど、腑に落ちた。
カイルは【剣聖】でありながら、功名心のようなものが一切感じられなかった。
魔王討伐どころか、下層探索すらほとんどやっていないように感じられた。
反面、イーディスは最初からダンジョン探索に積極的だった。
未知のダンジョンに潜る際も、カイルが探索に立候補すると決めた途端、随分と嬉しそうにしていた。
ここに来る前、イーディスは何と言っていた?
確か『女神の教えに背いた』と言っていなかったか?
魔王討伐を数度経験した俺から見て、『太陽の女神教』の教えは徹底して安全第一だ。
それこそ、冒険者としての本業がおろそかになってでも、ダンジョンに潜れない時は潜らないことを推奨している。
……ふと、昔のことを思い出す。
俺とヴィンスは、剣を打ち合わせてきた。
子供の頃は、将来のことなんて漠然としか考えてなかった。
俺が勇者になるんだ!
いやオレだな!
私かもしれないよ!
いや、それはねーな。
なんでーっ!?
今も鮮明に思い出せる、子供の頃のそんなやり取り。
そんな俺達の憧れの 職業(ジョブ) は、一つではなかった。
そのうちの一つが、【剣聖】だ。
過去の英雄の話はいくつもあった。
もしも、俺かヴィンスが剣聖なら、今のような感じにはなっていなかったのだろうか。
その憧れの一つが、今の目の前にいるのだ。
イーディスにとって、幼馴染みの青年が【剣聖】になったのだ。
その存在は、きっと皆で上位職になった俺達とはまた違うものなのだろう。
それこそ、女神教の教えを破ってでも、名声を得たいか……若しくは、 カ(・) イ(・) ル(・) に(・) 名(・) 声(・) を(・) 持(・) た(・) せ(・) た(・) い(・) か。
ここで活躍すれば、間違いなく物語の一節になるだろう。
——だが、カイルは今のままなら『剣聖伝説』の本に載ることはない。
危険を冒さないカイルと、多少無茶をしたいと思っていたイーディス。
その結果は、カイルの方に軍配が上がった。
何かしら、皆その気持ちが伝わったのだろう。
彼女の話に、こちらのメンバーも沈んだ顔をしている。
これで、エマと共に『獅子の牙』を上層へ連れ帰れば、それで任務達成。
勝ち気な女は、二度と危険を冒そうとは思わないだろう。
皆が安全に過ごすようになり、それで全てが終わる。
——それで、本当にいいのだろうか。
俺は俯く彼女の頭を見て、自然と言葉を発していた。
「今から俺達と一緒に、この階段を降りないか?」
俺の提案に、皆の注目が集まる。
「つまり、第十層以降の協力探索か?」
真っ先に声を発したカイルに対し、俺は頷いた。
「回復なら【聖者】の俺さえいればどうにでもなるし、俺自身、カイルの【剣聖】としての力は見てみたいものがある。貸しの一つは、それでナシだ」
「……本当に、それでいいのか?」
「ああ。ただし——」
カイルに詰め寄り、その胸を叩く。
「出し惜しみはしてくれるなよ? お前の『全力』を俺に見せてくれ」
俺の言葉にカイルが瞠目し、それから自信を持った表情で頷く。
「ああ、そういうことなら任せてくれ。イーディスも……ラナとジョーイもそれでいいか?」
「ええ、ええ! もちろんよ!」
「うん。同じ道場だもん、私も負けてられない」
「自分にできそうなことがあるかは分からないけど……ここで別れるほど薄情じゃないよ」
よし、『獅子の牙』の全員が同意したな。
「エマもそれでいいか?」
「ハッハッハ! いやあ伸び伸びしてていい! 子供達はこうでなくちゃね!」
「ガキのつもりはないぞ」
女神にとっては子供も同然なのかもしれないが、な。
シビラは俺の決定に破顔し、両手の親指を立てて片眼を閉じていた。
その反応に、俺も肩をすくめて小さく笑う。
エミーもジャネットも、いい顔だ。士気は高いな。
「それでは第八ダンジョン、本格的に攻略していくとしようか」
「ああ!」
俺の言葉に、カイルがこの日一番の声で応えた。