作品タイトル不明
その期待に応えられることを俺は知っている
王都セントゴダートでの、幾度目かの朝。
窓からの陽光を浴びながら、いつも通り早起きのシビラが楽しげに手を振る。
さて、一旦ここで今の状況を整理しよう。
俺達は、(恐らく)ケイティが洗脳・記憶操作したであろうマーデリンから『プリシラに会ってほしい』という願いを聞いた。
その後、シビラからの提案により神々の世界へと向かうため、太陽の女神に会うことになったというわけだ。
太陽の女神は神々にも大層人気なようで、俺達が会うのはシビラの紹介とはいえ数日は会えないとのこと。
そこで太陽の女神教の孤児院管理メンバーであるフレデリカの紹介で、ここセントゴダートの孤児院で数日を過ごし、順番待ちをしていた。
アドリアの田舎出身の俺達は、王都の発展した街並みを体験しながらゆっくり過ごすつもりでいた。
しかし、そうはならなかった。
各地でごく稀に発生する、新規ダンジョンの出現。
それが突如、王都の近郊だけで三つ同時に出現したのだ。
そこから現れた魔物は、コウモリの羽が生えた角兎という不自然な肉体構造の魔物。
その姿は、ダンジョンから溢れ出す特殊な魔物『ダンジョンスカーレットバット』を彷彿させるものであった。
予想を裏切らず、魔物は俺達を無視して外を目指した。
俺達の担当箇所は全て倒し切ったが、他のダンジョンからは魔物が溢れてしまっていた。
幸いにもセントゴダートには魔物を入れないための特殊な仕組みがあり、街全体を覆う壁に取り付けられていた宝珠が、空からの魔物を一切弾いた。
この魔物の種類と、ダンジョンの集中的な出現。
——明らかに魔王側の挑発的な意図を感じずにはいられない。
最初の攻撃は凌ぎ切ったのだ。
ここからは、俺達が先制攻撃で魔王を仕留めに行く。
◇
「おっ、ビール新作出てんじゃーん!」
「飲むなよ?」
「それは暗に飲めって言っているヤツね! いや冗談だって、さすがにアタシもそこまで空気読めない女じゃないわ」
それが冗談だと思えないから頭痛の種になっているわけだが……。
(……《キュア》)
見事に治った頭痛と、こんな馬鹿馬鹿しいことのために【聖者】の魔法を使いたくはなかったなという気持ちを溜息とともに吐き出す。
「まずは、今日の分担をギルドマスターのエマに尋ねる。後々の予定のことを考えると、魔王は早めに倒しておきたいところだな」
「いいわね! 特に魔王を『さっさと終わらせるお仕事』ぐらいに捉えてるところとか!」
「まあ、今更緊張してもな。ただ、道中のことを考えると油断できない」
何しろ、出てきた魔物の姿が明らかに普通ではないのだ。
魔物と魔物を掛け合わせたものを作れるというのなら、ただ羽が生えただけの合成ばかりではないと考える方がいいだろう。
体感上、魔王本体よりもそのダンジョン自体が魔王の厄介さを表している気がする。
「 合成獣(キメラ) とは厄介なものを出してくれたわけだけど。でも今は、やっぱりジャネットちゃんの加入が大きいわね」
「恐縮です」
ジャネットは、俺達の中でも特に使える魔法の種類が豊富だ。
特に一体の強敵より大量の魔物を厄介に感じる場面では、ジャネットほど向いている者はいないだろう。
昨日も、ジャネットがいなければ抜けられる可能性は高かった。
「頼りにしてるぞ」
「ん」
相も変わらず表情も返事も淡々としているが、そのいつもどおりの姿には『緊張するほどのことはない』という意思が明確に表れているようにも思う。
案外この気負いのなさが、何よりも俺の気を楽にしてくれているのかもしれないな。
「一応、俺とシビラが後ろに控える形になる。前の魔物はエミーがドラゴンの突進だろうと受けきれるし、後ろからの攻撃は全て俺が防ぐ」
「それはいいね、ヴィンスよりは守ってくれそうだ」
ジャネットはそんな軽口を叩きながら、今度は明確に口元を緩めた。
ギルドに到着し、既に顔見知りとなった職員とともにエマの部屋へと向かう。
この職員達も、今日はダンジョン前での防衛任務に就くのだろう。
ギルドマスターの部屋に入ると、エマは俺達の顔を見て一つ頷いた。
「いい顔つきだね! 早速だけど、今日は皆に第七ダンジョンをお願いしたい」
第七、か。
昨日とは違う場所だな。
「理由を聞いても?」
「第七の魔物は、ダンジョンスカーレットバット。普通の魔物だ。もしもここの魔王が第八と第九の共通だった場合、第八と第九の予測不能なキメラが溢れる可能性を減らせる」
なるほどな、セイリスと同じパターンか。
確かにそれなら、一つを攻略すれば問題解決だろう。
「第八と第九は、それぞれ『獅子の牙』とギルド職員組に無理のない範囲で潜ってもらっている。君達は第七を無理のない範囲で攻略してほしい」
「分かった、任せてくれ」
カイル達は既に向かっているか。
なら、俺達も後れを取るわけにはいかないな。
セントゴダートに現れた魔王は、明確な悪意がある。
明確に、王都の中を攻撃するという目的のみで、あの魔物達は構成されていた。
孤児院にいる珍しくも面白い少女と意気投合したことを思い出しながら、俺は剣の柄に手を置いて感触を確かめた。
皆から孤立しつつも、影の英雄を信じている少女。
暗黒勇者はいないが、彼女の語る『影の英雄』と呼べる者がここにいることを、俺は知っている。
その期待に添えられるかどうかは、俺次第であることも。
——この王都に手は出させない。
次の魔王が生み出した魔物も、俺の糧となってもらおう。
「魔王は俺達が倒す。『宵闇の誓約』、行くぞ」
「いいわね!」
「おーっ!」
「ん」
俺の言葉に皆が思い思いの返事をし、エマが楽しげに俺達を見送った。