軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジャネット:夜の王都は、帷に複雑な模様を縫い付ける

夜、それは多くの人にとって眠りの時間。

太陽の女神教だから……というわけではなく、人は夜に活動をやめて眠りにつく。

月明かりだけでは、僕達人間が何事もなく日常生活を送ることなどとてもできそうにないからね。

手を伸ばした先に光がなければ、何があるのかすら分からない。

世界そのものが、閉め切った屋内へと変貌を遂げてしまうのだ。

動物や虫の中には、夜に活動をするものも多い。

こんな暗闇で一体何を頼りにしているのか……と最初は思ったけど、本の中には人間には聞こえない音の跳ね返り、匂いによる位置把握、熱による感知など、様々な方法が載っていた。

確かに、目を閉じていても手を叩いた音の跳ね返りで、地下室の広さを感じ取ることはできる。

目を閉じても近くに手が来ると熱を感じることも可能だ。

ま、自分が虫になったことはないので、どこまで本当かは分からないけどね。

他にも、虫にとっては『月以外の光が眩しすぎるから』昼間は動けない……即ち、『月だけが光る時間だから目印になる』から夜に動くという仮説もある。

人間とは全くの正反対で、明るいものが多いと動けなくなってしまうということだ。

言われてみると、虫は眩しい火の中にも飛び込んで来るからね。彼らにとって、焚き火は月なのだろう。

——ならば、虫たちはこの街を見てどう思うのだろうか。

人は、眠りにつくための時間である『夜』の 帷(とばり) を克服した。

ハモンドの酒場では、部屋を明るくする魔道具を灯して夜通し飲み明かす人がいる。

迫る暗闇の恐怖など一厘も感じさせないその姿に、これが人間による技術の行き着いた先なのだと思っていた。

思い込んでいた。

二階の窓から、街を眺める。

セントゴダート。この付近で最も発展している王都。

ここからの眺めは、 村(アドリア) から 街(ハモンド) に出てきて眠らない夜の街をそわそわと見ていた四人組の僕達を、完全に過去にしてしまった。

窓の先から見えるのは、少し遠い場所にある冒険者ギルド。

この距離からも視認できるのは、看板の文字自体が光っている上、目を鋭く刺すような窓の明かりが見えるから。

そんな眩しいギルドすら、この街ではまるで目立たない。

他の建物も、大差ないほどに窓から明かりが漏れているから。

ギルドよりも遥か向こう側にある王城なんて、ギルドより眩しいぐらい。

昼間に馬車が通っていた道には街灯が徹底的に並べられており、窓からでも通行人の顔や服装が識別できるほど明るい。

道の脇には歩行者専用の段差があり、その境目はびっしりと光る魔石が並んでいる。

建物の陰に隠れるまで不規則に伸びる様は、さながら光で描かれたアートだ。

街そのものが絵画と言っていい。

ここに住んでいると、ハモンドも、きっとセイリスやマデーラですら発展途上の田舎になってしまう。

セントゴダートという名の、大きなランプを見ているかのようだ。

太陽の女神の恩恵が、地上を照らす正午。

その時間に動けない虫たちは、この街をどう感じるのだろうか。

もしかしたら、この巨大な城塞都市そのものを、目の前に現れた月かと錯覚しているのかもしれないね。

「おおっ、黄昏女子発見! 絵になるわねー」

「……あれ、シビラさん?」

明るい窓の外から、その建物の明かりの一つである室内に目を向けると、シビラさんが片手にコップ、もう片方に肉を載せたパンを持っていた。

ちなみに僕は今、二階の中心部分にある共同休憩部屋にいる。

シビラさんが夜食を口にしながら、僕の隣まで来た。

「いやーさっすが都会、あんな大きくて高性能な冷蔵・冷凍器が孤児院にもあるんだもの。最高ね」

「確かにあの規模のものは、お店でもなかなか見ないですね……」

街灯だけでこれほど潤沢に使えるのだから、太陽の女神教が管理運営する王都の孤児院もあれぐらい用意できてしまうのだろう。

本当に、別世界だ。

ところで、あの肉はちゃんとフレデリカさんに許可を取ったのだろうか。

さすがに勝手に食べている、なんてことはないと思うけど。

「……ハッ!? ジャネットちゃんが疑いの目でアタシを見ている!?」

「まさか。シビラさんが勝手に肉を取っているだなんてことは……まあ、そうですね。半分ぐらいしか疑ってないですよ」

「あっマジで疑われてるパターン」

もちろん、半分どころか全く疑っていないんだけどね。

でも、こういう交流をしてみたくなるのがシビラさんの持つ魅力だ。

最初にエミーがシビラさんのことを『気易くて愉快な人』と呼んでいたのも分かる。

なるほどね、こりゃほんっとーに不敬だ。

去年の僕、見ているかい?

今の僕、女神様に軽口叩いてるよ。

素直に懺悔させてもらうと、今とても楽しい。

「フレっちには一応許可取ったし、お酒は自前よ。ジャネットちゃんも飲む?」

「飲めないの分かっていて振ってますよね」

「……あっ、本気でイケる精神年齢のつもりで誘ってたわ」

それは、褒めてるつもり……もなく、自然に褒めてるのかな?

ならばその評価は有り難く受け取らせてもらおう。

「そういうことでしたら、飲めるようになった暁には是非ご一緒しましょう」

「おっ、楽しみが増えたわね!」

シビラさんはからっと笑うと、一気に酒を呷った。

ラセルが言いたいことも分かる気がする。これが実際に実在する本物の女神様って、本当に知識だけの狭い世界じゃ、分かったつもりになってただけだったね。

「……ん?」

ふと、僕はシビラさんが入ってきた先、入口方面を見る。

そこには、最近ラセルと一緒にいる少女、ルナがいた。

ルナは、黒髪を揺らしてこちらを向く。

「こんばんは。そろそろ眠った方がいいよ」

「イエーイ! 暗黒してるー?」

ルナは僕とシビラさんを交互に見ると——。

「はい、おやすみなさい」

小さく綺麗な声色で、丁寧に一礼してから廊下を歩いて行った。

あれ、すごく礼儀正しいじゃないか。

僕はあまり喋っていないので、分からないのだけれど……あんな子だったかな。

シビラさんも疑問に思ったようで、僕と無言で目を合わせると、互いに鏡映しのように首を傾げた。

ルナが去った部屋の入口に視線を戻すと、そこにミラベルさんが入れ替わりで現れた。

ミラベルさんは僕達を見ると、少し驚きつつも声をかける。

「もう夜も遅いですよ、そろそろお休みなさっては?」

「ちょうど、先ほどルナにその話をしました。ただ、様子が……」

僕の言葉を予測してか、ミラベルさんは頷いて言葉を被せた。

「ええ、驚いたでしょう。せめて夜だけでも、大人しい挨拶をできるように教えているのです。まだまだ子供達の前では苦手ですけどね」

「そうでしたか。昼の様子から考えると、頑張っているのですね」

「はい」

ミラベルさんはもう一度黙礼をすると、ルナを追って入口から離れた。

あまり無理に頑張る必要はないと思うけど、それでも頑張っているのなら応援しよう。

「僕達も寝ましょうか」

「んー、そうね」

返事が僅かに遅かったシビラさんは、やっぱり暗黒勇者ごっこするルナの方が好きなのかな?

気持ちは分かるし、シビラさんならそう思うのも分かる。

「最終的に決めるのは、あの子だと思います」

僕の言葉に、シビラさんは驚いたように一瞬瞠目すると……直後にニッと笑った。

「そーね! ふふっ、やっぱりジャネットちゃんは可愛いだけじゃなくて素敵ねー」

「僕は可愛くはないですよ」

以前もやったようなやり取りを返す。

さすがに自分の表情筋が世界一死んでることぐらいは自分が一番よく分かってるので。

ところが、シビラさんは今度は軽口を返さず、耳元で小さく囁いた。

「それ、本気で言い続けていたら、割とマジでラセルはジャネットちゃんの隣に落ち着くかもね」

……え?

僕が発言の真意を確かめようにも、シビラさんは食器を返しに行ってしまった。

追いかけて聞くのも今更だ。

い、今のはどういう意味だろう。

僕の隣? 最後はラセルが、僕の隣に……いや、でもエミーが……。

って、そうじゃない。そもそも何故僕が『可愛くないと言い続けると』そうなるんだ?

因果関係がまるで分からない。考えて分かるものなのだろうか。

……ああもう、自分のことになると途端に分からなくなるんだもんなあ。

軽口を叩き合って、楽しい愉快な会話相手みたいに思っていたけど、最後はシビラさんに圧倒されてしまった。

さすがにあの人を会話で手玉に取るのは難しそうだね……。

でも、こういう振り回される側になるのって今までなかったから、ちょっと心地良いかも。

ふと窓を見ると、虫が窓の近くを飛んでいた。

そうか、そうだね。

いつまで経っても僕が寝ないと、君はずっと僕を月だと思ってしまうのだったね。

月の女神は、もっと上だよ。宵闇の女神なら、下で追加の夜食を取りに行ってるかも知れないけど。

見てきてもいいけど、火には入らないようにね。

部屋の明かりを落とす。

窓にいた虫は、すぐに離れていった。

僕も、そろそろ休もう。

——セントゴダート、ダンジョン出現。

魔王を倒せば、再び平和が戻るはずの問題。

だけど、事態は誰もが予想できないほど複雑に動いていた。

そのことを僕達が知るのは、もう少し後のことになる。