軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

期待値が大きい時ほど、期待外れの落胆も大きい

セントゴダートの第二ダンジョンに入って驚いたのは、そのガイドの異様なまでの多さだ。

まず、ダンジョンの道脇に光の魔石が一定間隔で置かれている。

ハッキリ言って、ダンジョンでありながら昼間のセントゴダート中心街よりよっぽど道が分かりやすい。

同じようにダンジョンへと朝一で潜る冒険者パーティーに囲まれながら、縦にも横にも広い洞窟をまっすぐ歩く。

分岐点まで来ると壁や天井部分の広い範囲が 仄(ほの) 明るく光っている。

壁には数字がはっきりと書かれてあり、天井には複雑に入り組んだ蜘蛛の糸のようなものがある。

その一番下に赤い点があり、隣には壁と同じ数字がある。

「……地図、だよな」

「見ての通りね」

今来た道から計算すると、この第一層が途轍もなく広いことが分かる。下手したら街より広いかもしれんな……。

同時に、どれほど適当に入口から離れても、絶対に迷うことがないということも。

「このダンジョン、ずっとこの調子なのか?」

「ええ。ダンジョン観光楽しんじゃいましょ」

セイリスの時と同じような言葉だ。

あの時は随分と気楽で大胆な言葉に感じたものだが……。

「ふえー、ほんとに観光ですねー。これ第一層に魔物とかいるのかなあ」

先頭を歩いているエミーも、既に警戒を解いている。

金銭的に余裕はあるし、どうしても倒したいというわけではないが……何にも出会わずに戻って来るというのはちょっとな。

「その心配はないわよ」

「シビラは何かアテがあるのか?」

「そもそも、殆どのパーティーは第五層までしか降りないもの。とはいえセントゴダートには中層にも潜れるパーティーは結構いるわ。下層は……まあ、いないことはないけど、多分いないでしょうね」

「その根拠は?」

シビラが光る数字に手を置きながら、次の分かれ道を右に曲がる。

俺達の方——と、その更に後方——を見て、俺とエミーも同じ道を曲がる。

周りに誰もいなくなったところで、シビラは俺達を見ながら肩をすくめる。

「魔神との戦いを経験してから感覚が麻痺しているだろうけど、普通の人は命の危険がほんの少しでもありそうな事態は徹底的に避けるものよ」

「ああ……」

……それは、そうか。

上層の魔物は、初心者でも戦える……とはいえ、何もせずに棒立ちしていたら当然負けるのだ。人間より弱いとはいえ、敵意がある恐ろしい相手であることに違いはない。

たとえ強い冒険者であっても、それは変わらないはずだ。

俺は、自分が『何があっても絶対に回復できる』という【聖者】の保証があるから戦えている部分が大きい。

正直、【宵闇の魔卿】のみなら黒ゴブリンのような毒使いの魔物相手に相当警戒しなければいけないだろう。ヴィクトリアが黒ゴブリンに出会ったのが仮に第二層だったら、生きて戻って来られなかった可能性は高いんだよな。

ほんの僅かな確率でも、避ける。

それが普通なのだ。

「その未知と死の恐怖を徹底的に取り除き、更にサポート万全にしたのがこの第二ダンジョン。 王都(この街) の 第二(ここ) を選ぶ時点で、人生のメインはみんなダンジョンより街にあるのよ」

なるほど、な。

初心者だけじゃない、安定して毎日を送るベテランにとっても第二の上層は選ばれる場所ってわけか。

田舎(アドリア) にいた時では、ジャネットの本の知識でもない限り変わり映えのしない毎日だった。

ダンジョンに潜れば、何らかの変化がある。だから成人して職業授与された後のダンジョン探索に憧れたのだ。

だが、セントゴダートの民にとってダンジョン以上に変化を感じられるものが、街に溢れているのだ。

俺達とは考え方の起点が全く違う。

「そんなダンジョンであるが故に」

喋りながらも黙々と進んでいたシビラの先に、下へと続く階段が現れる。

「下の方は狩り放題、ってね」

俺達はその巨大な階段の前に燦然と光る「1」の数字を見ながら、シビラの後を追った。

シビラの言った通り、第三層からはもう誰とも出会うことはなかった。

出てくる敵は膝までの大きさしかないスライムのみで、遅い体の中心にある核を剣で突けばそれだけで終わる。

誰もいないということで途中から闇魔法を使いながら倒したが、間違いなく過剰魔法だろうな。

安全なダンジョン探索は第四層、第五層と変わることなく続いた。

正直なところ、これなら職業がなくとも簡単に探索できてしまうだろうな。

無論、入るまでに冒険者タグの提示が必要なので、入ることすらできないだろうが。

更に驚いたことに、第五層のフロアボス前には簡易的な建物があり、そこには入口と同じようにダンジョンの管理を行う職員がいたのだ。

こんなところまで徹底制限しているらしい。

「ここから先は、フロアボスとなっています。現在、最低でも【剣士】や【魔道士】等の15が必要となります」

「あら、上がったのね」

ここまで来ると、あまりの手厚さに笑うしかない。

セントゴダートのダンジョンは、誰でもフロアボスには挑めないようになっている。

どうやら以前は要求レベルがもっと低かったようだな。

「失礼ですが、タグを確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ほい」

シビラはタグに触れると、自分の数字を軽く表示させた。

アドリア——【魔道士】レベル39。

無論、余裕でクリアだ。つーか最近活躍してなかった割にちゃっかり上がってんじゃねーか。

しかし男は少し目を見開くのみで、納得したように小さく頷く。

驚きはするが、全くいないというほどではないのだろう。

その反応は分かりきったものだったようで、シビラはプレートにタグを当てた。

俺とエミーも次いでタグを載せる。

「後ろの二人、アタシより強いわよ」

「ならば安心ですね。……シビラ様は通過者ですね」

「そういうこと」

「了解しました。それでは開放します、ご武運を」

丁寧な対応とともに男が下がり、フロアボス前を封鎖していた扉が開く。

エミーが前に出て盾を構え、俺とシビラは後ろから順に入る。

さて、何が出るか——。

セントゴダートでの、最初のフロアボス。

それは…… や(・) や(・) 巨大なスライムだった。

「……こいつがフロアボス、か?」

「ええ。ジャイアントスライム (弱)(かっこじゃく) ってところ。攻撃は体当たりだけど、見ての通り大きさは首元まで。さすがに壁まで吹っ飛ばされたら痛いけど……エミーちゃん、体当たりしてみて」

「へ? えっとわかりました。……えーいっ!」

エミーが気合いを入れたんだか入ってないんだか分からないかけ声を上げて、盾を構えたままフロアボスにぶつかる。

相手もエミーに向かって、勢い良く突っ込んで来るが……。

「……あれ?」

ジャイアントスライムはエミーに衝突した瞬間、天井付近まで超高速で吹っ飛び……そのまま破裂した。

その視線の先にある扉の魔力壁が消え、フロアボスの討伐完了を表す。

「なあ、シビラ」

「ええ」

「あれに【魔道士】レベル15も要るか?」

「アタシもそう思う」

「私もそーおもいま−す……」

頭を掻きながら、エミーも答える。

わざわざダンジョン上層の 最奥(さいおう) に門を建てておいて、こんな肩透かしな内容なのか?

「やれやれ、過保護の一言でも治まらないほど馬鹿馬鹿しいダンジョンだな。……シビラ?」

「……ん? 何かしら」

「いや、何でもない」

何故だろう。

シビラはこの楽勝フロアボスに対して、妙に考え込むようにしていた。

こういう表情をした時、何かしら別の危機を感じ取っていることが今まであったが……また強力な敵でも現れるのか? この場所に?

それとも、別の何かが気がかりなのだろうか。

「中層からは、多少マシな敵が現れるんだろうな?」

「強い魔物は下層からで、中層は青いスライムが少し紫色になるだけよ。毒を持ってるけど黒ゴブリン未満だし、ラセルならすぐ治せるわね」

「……走り抜けていいか?」

俺は二人の了承を得ると、第六層から第十層までを一気に走り抜けた。

全く危機感も湧かない上に、神官がいたらレベル10でも余裕で進めそうな中層だ。

「次も許可を取りそうだな。……ん?」

俺は、そこら中で確認できるダンジョン内の地図を見ながら、中層フロアボスの前まで来た——はずだった。

「……何だ、これは?」

俺の呟きに、シビラは目頭を押さえて溜息を大きく吐いた。

エミーは口を開けて、ぽかーんと目の前の文字を見ている。

先ほどの上層フロアボスと同じような設備。

だが、誰かが来ることを全く想定されていないのか、小屋もなく門の前は無人である。

そのフロアボスへの扉を封鎖している門に書かれた文字はこうだ。

『セントゴダートギルドの職員以外、この先への立ち入りを禁止します』

俺は、今日の探索が終わってしまったことを、隣の「あンの馬鹿……!」という呟きとともに理解した。