作品タイトル不明
女神教は人間の為に、女神はその子の為に
「それじゃ行ってくる」
「ん」
翌朝、ハープを抱えたジャネットの変わらぬ返事を聞き、俺達は孤児院を出る。
今日はダンジョンに潜るということで、俺達全員も装備を調えてきた。
マーデリンは……さすがに誘うのも不自然かと思ったので、基本残ってもらう方針だ。
ジャネットの後ろから、こちらに顔を覗かせる子供達がわらわらと出てくる。
「シビラ、今日はどこいくの?」
「ふっふっふ、今日のアタシは格好良くダンジョンで活躍するのよ! この天才美少女魔道士シビラちゃんにラセルもエミーちゃんも夢中ってわけ!」
「ほんとー? 後ろで上手いサボり方だけ考えてるんじゃないのー?」
「うぐっ!?」
おお、凄いじゃないか少年。実にシビラのことをよく見ている。
つーかなんでそれが見抜かれてるんだろうな、お前は一体あいつらとどんな遊びをしてるんだよ。
「……あ、ラセルさんも行くんだ」
小さくともよく通る少女の声がしたと同時に、それまでシビラに話しかけていた子らが口を噤んだ。
それから道を開けるように横に避けると、俺の視線の先にルナの姿が現れる。
ルナの質問に黙して頷くが……やはり、あまり皆とは馴染めていないようだな。
「ほらほら! みんなアタシとの約束忘れちゃった!?」
そこで声をかけたのは、やはりシビラだった。
「みんな仲良くよ!」
「でも……その、イザベラ先生は、太陽の女神様を信仰できるようになるべきだって……」
……ここでも太陽の女神、か。
確かに皆と、というよりは世間一般と馴染むためにはこのままでは難しいだろう。
だが、ここまで信仰というものが強い力を持つと、本来の意味から外れてしまっているとシビラが危惧している気持ちも分かるな。
以前シビラは、『女神の書』も人間のために考えられたものだと言っていた。
それが今では、むしろ『女神の書』のために人間の行動を制限している。
「俺は別に構わないと思うがな」
だからか、自然と言葉が出た。
ルナを含めて皆の注目が集まる中、改めて皆の前で言わせてもらう。
……これで他の連中から避けられても、まあその時はその時だ。
「俺は【聖者】だが、正直に言わせてもらうと太陽の女神はあまり信仰していない」
俺の宣言に、当然皆が驚く。
これにはルナも驚いていた。
「えっ……ラセルさん、聖者? 女神教の聖者なの?」
「ああ。だが——」
ルナに答えながら、俺は鞘に入った剣を少し抜く。
黒い刃が朝日を受けて光る、俺の剣だ。
「——見ての通り、俺は前衛で剣を使う。これでもSランクのパーティーリーダーだ」
俺の言葉に乗っかるように、シビラは「その名も『宵闇の誓約』よ!」と満面の笑顔で宣言して見せた。
「だから、女神の教えも大事だが、女神の決定に従う必要もないと考える。選択するのは、自分だからな」
「アタシからも。教義を守るのはいいけど、教義を守るために自分達が正しいと思うことを歪めちゃダメよ。女神様はね、みんな仲良しならそれが一番って思ってるもの!」
「……ほんとにー?」
「本当よ。女神本人に聞いても、絶対そう答えるわ!」
そりゃそうだろうな、その言葉自体が答えみたいなもんだし。
「ってわけで、ジャネットちゃん。アタシらはもう行くけど、みんなのことよろしくね」
「はい」
最後に振り返り、俺の方を見るルナに軽く肩をすくめてシビラの後を追う。
後は頼んだぞ、ジャネット。
-
王都セントゴダートの、第二ダンジョン。
恐らくハモンドが最も近いだろうと思っていたが……。
「これほど、とはな……」
北西部、山へ面した部分に向けて街の壁が門になっており、鉄柵でその全面を覆っている。
僅かでも魔物が溢れる可能性すら感じさせない、厳重な作りだ。
手前側には列があり、タグを提示して数グループずつ入場している。反対側は、門番がいるものの比較的自由に出られるようになっていた。
後ろを振り返ると、何階建てかぱっと見て分からないような武具屋の建物、外観からして金かかってそうなポーション専売の建物、更には食料や魔具の巨大店舗が建ち並ぶ。
——入場門だけで、規模が違いすぎる。
「セントゴダートが王都でいられるのは、ここの存在が大きいのよね。早速行ってみましょ」
入口まで来たが、仕組み自体が他の街とも全く違った。
セントゴダートに入る時にタグを乗せたプレートが、ここにもあるのだ。
シビラがタグを載せ、俺とエミーも載せる。
三つのタグが載った状態でシビラがパネル上部の『登録』と書かれた場所を押すと、タグを取る。
「今のでパーティー登録が完了してるわ。探索時間も分かるので、日没時にはお出迎えがあるのよ。ちなみに帰りは素材回収もやってるから、みんな手ぶらなの。そこから直接、素材の卸売りをしてるわ」
「マジかよ、至れり尽くせりだな」
「ふえー、めっちゃいい環境だあ」
冒険者は、ある程度までギルドに安全に気を遣われているとはいえ、基本的には探索中は自己責任である場合が多い。
しかしここセントゴダートでは、魔物が弱い上に安全の保証まで徹底されているのだ。
「だから、ここで育ったら自分の子供も、と考える人が多いのよね」
「納得だ」
「でも」
鉄柵をくぐりながら、シビラは答える。
「全ての田舎町に、この仕組みを導入したいって王都は考えてるの。そうすれば、今よりもっと安全になるわ」
この規模を、アドリアにも……。
実に気の遠くなる話だが、きっと王都はそれを遠くない未来に実現するのだろう。
自分の知らない職の人が支えている仕組みのことも想像し、タグに触れながらシビラの後を追う。
セントゴダートのダンジョンは規模だけでなく、周りも似たようなパーティーが溢れていて実に賑やかな辺りも違う。
魔物なんて残っているのか、そっちの方が心配になるな。
魔王も今はなく、簡単なダンジョンと聞いているのであまり気負わずに向かわせてもらおう。
ある意味、ダンジョンよりジャネットがどんな様子かの方が気になるな。
ま、あいつのことだから上手くやってくれるだろう。